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【行き違い③(misunderstanding)】

 お好み焼きを食べた後、メェナードさんの得意なベースボールを楽しむためにスポーツバーに行ってお酒を飲んだ。

 とても楽しかったけれど、もし私たちの人生がここで終わってしまうと考えたとき、やるせない気持ちに苛まれた。

 もしここに核ミサイルが飛んで来たら……。

 いや、核ミサイルではなくとも、通常弾頭のミサイルや砲弾であろうとも確実にこの場所に落ちてさえしまえば私たちの人生は一瞬にして終わってしまう。

 一度きりの人生が、誰が放ったとも分からない物体の爆発により失われてしまう。

 そう思ったとき、私は“死にたくない”と神様に祈りたいくらい哀れな気持ちに支配された。

 哀れな私。

 自分のやりたいことは何でもやってきた。

 誰にも負けないくらい勉強をして知識を蓄えて、その成果をビジネスにもつなげた。

 会社でも私は幹部候補生と言う研修員の立場だけではなく、主任研究員の2つの肩書を持っている。

 そしてこの夏休みが終われば、私は15年近く住み慣れた中東を離れ東欧に向かう。

 おそらくメェナードさんも、そのことは知っている。

 研修期間が終わった幹部候補生が派遣される先は、国ごとのマスに収められるのが普通で、しかも最初の役職は幾つかあるプロジェクトのサブリーダーとしてリーダーや主任の下に着くのが当たり前。

 しかし私に用意されたポストは東ヨーロッパそのものの担当。

 肩書も主任から係長を飛び越えてDeputy Manager(デピューティー・マネージャー:課長代理)。

 研修期間中既に研究員とはいえ主任の肩書をもらっている私の動向には、いろいろな人から注目が集まっていることは知っている。

 当然今回の人事も既に噂になっていることだろう。

 子供の時から、どんなに偉そうな大人を前にしても自分は引けを取らないと信じて生きてきた。

 でも2つの被爆地を訪れて、被災した彼らと同じように、何の前触れもなく今ここで核爆弾が爆発したと考えたとき底知れぬ寂しさが私を襲ってきた。

 死を前提に考えてみたとき、すべての自信は吹き飛んでしまい、我儘な一人の惨めな孤児がポツンと一人荒野に立っていた。

 そう。

 私の人生は、常に独りで歩んできた。

 誰の力も借りずに……。

 いや、でも、ひとりぼっちじゃなかった。

 たとえ離れていても、私の傍にはいつもメェナードさんが居てくれた。

 メェナードさんの温かく広くい背中に背負われていると、否応なしにそのことを思い知らされる。

 大切なことは知力や体力の優秀さではなく、人を思いやることのできる優しい心だと言う事。

 メェナードさんの背中の上だと言うのに、次から次へと溢れ出る涙を止めることが出来なかった。

 おそらくメェナードさんは私の涙に気付いたはず。

 でも、何も言わずに私をそのまま優しく負ぶっていてくれた。

 ホテルに着いたとき、私はそのことが恥ずかしくて眠ったふりをしていた。

 なんとなくだけど起きているとメェナードさんから涙を流していた理由を聞かれそうで、そしてもしメェナードさんが何も聞かなくても自分から白状してしまいそうで、それを避けるために寝た振りをしていた。

 まるで年頃の女の子がパパに隠し事をするように……。

 でもいきなり服を脱がされそうになったときは正直驚いた。

 ハレンチだとは思わなくて、本当にただただ驚いた。

 確かにこの日本の夏独特の高温多湿で汗で汚れた服を着たまま寝ることには抵抗が有ったけれど、大人だからそのまま朝を迎えるまで眠っている予定はなく、メェナードさんが眠ったころ合いを見て起きて着替えるつもりでいた。

 ついでにシャワーも浴びて。

 なのにメェナードさんったら、まるで子供にそうするように。

 嬉しかった。

 原爆資料館で見た資料の数々に引き裂かれていた心が癒される。

 メェナードさんの事だから、眠っている私を襲うなんてことはあり得ない。

 だからホンの少しだけれど、体の力を抜いたり逆に力を入れたりして脱がせやすいように協力したつもり。

 けれどもそのメェナードさんに胸を触られた時に私は反射的に体を動かせて、なんと亡き恋人ローランドにそうしたように腕をメェナードさんの首に巻き付けてキッスをせがんでしまった。

 “体は正直!”

 ドキドキが止められなくて、今にもメェナードさんに聞こえちゃいそうで焦っているのに、肝心のメェナードさんったら少しも気付く素振りもないのは何故?

 不意に巻きつけた腕のせいで、メェナードさんの顔が近い。

 ふーっと息を吹きかけてみると、その息は直ぐに跳ね返って戻ってきた。

 チョッと唇を尖らせれば直ぐにでも触れてしまう。

 思い切って薄目をあけてみる。

 これでお互いの目と目が会えば、お互いに心からの抵抗に無理に抗うことは出来なくなり体に正直になれるはず。

 ところが目を開けて驚いた。

 どうりで動きがギコチナイト思った。

 でもなんで目隠しをする必要があるの?

 男と女だから?

 ジャグジーに浸かるときって裸になっていても、恋人同士や家族であれば目隠しはしないでしょう?

 クーラーの効いた部屋で汗を落としそうになるくらい奮闘してくれているのだから文句はないけれど、まるで年頃の娘に手を拱いている新米のパパさんみたいなメェナードさんの紳士な行いに免じて許してあげる。

 私は首に回した腕を解くと、脱がせやすいようにワザと寝返りをうって俯せになった。

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