異世界召喚しまくる人間軍勇者に苦労する魔王のお話。
これは、異世界召喚しまくる人間軍勇者に苦労する魔王のお話の始まりである。
ここは只人族、森人族、鉱工族、半輪族、天使人族、獄魔人族――各々が極めて特異な特徴を有する、多種族が混合する世界。
この世界は善神に仕える者とされ“善良な”人族と、敵対する“邪悪な”魔族に大きく分かれて日々戦いが繰り広げられていた。
魔王城。
それは魔族の総本山と言える場所であり、魔族を圧倒的な力で統治する魔王【シリウス】が居を構える城である。
魔に溢れた瘴気、直接対峙せずとも常に圧し掛かる魔王の重圧。
並大抵の者は足を踏み入れただけで発狂するような、魔王城のとある二名しかいない一室にて。
「そうか、勇者が召喚されたか」
「はい」
魔王シリウスは側近である【リゲル】から勇者召喚の報告を聞いていた。
内容は「人類が異世界から勇者の召喚に成功をした」というもの。
異世界勇者召喚。
それはこの世界に、別世界から“勇者”と称される力を持つ者を、文字通り“召喚”する儀式だ。
召喚された勇者は、元の世界では力が無かった者でも、この世界に適応するにあたって、高い実力や異様な能力を持つとされている。
勇者召喚は、成功すれば召喚した者達にとって大いなる戦力となる儀式なのである。
「ふふふ。そうか、勇者が……」
儀式が人類の間で成功し、魔王軍の耳にまで届く事態に、魔王シリウスは不敵に笑う。
それは強大な力を持つ勇者が召喚されたと知ってもなお、己には対応出来る力を有しているからと、上に立つ者として迎え撃つ覚悟があるという度量を示す不敵な笑み――
「アイツらこれで召喚するの何度目だ!」
――ではなく、人類に対する「いい加減にしろ」と言う感情を込めた乾いた笑いであった。
むしろ憤りすら感じ、つい座っている椅子の肘掛に対し拳を叩きつける程であった。
「ええと、通算二十八度目です。内三回が【クラス召喚】と称される三、四十名程度の集団召喚でしたので、勇者の合計は今回で百三十名ですね」
「アイツらどんだけ余所の世界に迷惑をかければ済むんだ」
「それだけ切羽詰まってるんですよ。あと、その椅子の修繕代は魔王様の資金から引いておきますので」
「あ、ゴメン」
肘掛にヒビが入った部分を摩りつつ、魔王シリウスは溜息を吐く。他の者達の前では威厳のある姿を保っている魔王シリウスだが、側近リゲルの前だけはこうして素の姿を見せているのである。
そう、今回の異世界勇者召喚は、人類にとって初めてではないのだ。
側近リゲルが言ったように、人類側の勇者召喚は通算二十八度目。数は百三十名。
最初の頃は文字通り一騎当千の勇者の力に心を躍らせたりした魔王シリウスであるが、流石に二十八度目にもなるとウンザリ感が出てくる。
対応するにも並の魔物では歯が立たない上に、相手の能力によっては魔物が寝返る。召喚が二桁を超えた辺りから、如何にして最小限に留めて勇者を抑えるかを考える事に注力していた。
「で、今回の召喚人数は?」
「一人です」
「公表はされたか? アイツら大々的に異世界召喚し続けると、民衆に不満が溜まるからって、大抵は秘匿しているだろう」
「秘匿しています」
「そうか……秘匿するくらいなら、余所の世界に力を借りるなよ……」
「まぁ、魔王様相手だとそのくらいしないと勝てませんからね」
なお、魔王シリウスは人類の一個師団並みの力を持つ勇者相手に十回程度戦っているが、全て勝利している。
ならば勇者召喚以外に方法をとるべきだと意見もあるのだが、その際に魔王に負傷を負わせて魔王軍の侵攻を止めてもいるため、勇者召喚を止めないのである。
「で、どうしましょうか」
「あー……そうだな」
側近リゲルの言葉に、魔王シリウスは背もたれに寄りかかり部屋の天井を見上げる。
本来であればこの態度に側近リゲルも咎めはするが、気持ちも分かるのでここ十回程度の勇者召喚の報告の際には黙認するようにしている。
「ハダルに対応させろ。アイツなら冷静に対応して、捕える事も出来るだろう」
【ハダル】
それは魔王軍四天王の一柱である男の名だ。
静かな物言いに、岩石を覆ったかのような鎧を身体全体に纏い、同じく顔にも身に纏う鉄壁の男。
厳格な性格と統率力を有する巨大な身体が特徴的な、魔王軍一の武闘派と名高い地を冠する四天王だ。
その男なら、今回召喚された一人の勇者も捕える事が出来るだろう。そう魔王シリウスは判断した。
「あ、駄目です。今回の勇者は女なので」
「女かー、じゃあアイツ照れてなにも出来なくなるから駄目だな」
「ですね」
だが、新たな勇者の情報に魔王シリウスは即座に判断を覆した。
四天王ハダルは間違いなく強者なのだが、女性にはとても弱いのだ。
なにせ女性相手だと恥ずかしさから目を合わせられなくなり、女性の胸が揺れるのを見るだけで戦闘中でも動きが止まって、攻撃を喰らう。そして逃げ帰るのである。
一応は寡黙さと普段の態度から、“女子供には手を出さない堅気な男!”という事で部下からの評価は高いのだが、魔王シリウスと側近リゲルは内情を知っているので、女性相手をさせない戦場においていたりするのである。
「だが今回は女なのか。じゃあインキュバスロードを向かわせると良い」
「インキュバスロードならば先日寿退軍しました」
「マジかよ」
唐突に明かされる衝撃の事実。
魔王軍でも希少な存在の唐突な結婚報告&退軍報告に魔王シリウスは驚愕した。
「申しわけございません。この後に報告しようと思っていたのですが……」
「構わんさ。だがアイツついに結婚したのかー……」
「したんですよねー……」
しかしその驚愕は身勝手な退軍に対する憤りではなく、長年見て来た同胞に対する称賛を含む驚愕であった。
夢魔。あるいは淫魔と呼ばれる種族。
男性であればインキュバス。女性であればサキュバスと呼ばれる悪魔族の一種。
生物の性と称されるものを栄養としており、淫夢を見せることでエネルギーを補給する。
彼らは淫夢の内容を自在に操れる。
そのため今回の勇者一行のように力強く特殊なパーティーを崩壊させるために、現実世界のパーティーメンバーを相手にした淫夢を見せ、精を取らずに発情させてパーティー崩壊を誘発させる。という使い方が出来るので、戦闘能力を持たずとも丁重な扱いを受ける存在だ。
これで何度か召喚された勇者パーティーを崩壊もさせていたりする。なお一部はそのまま結婚して引退し、所帯を持つようになったらしいが。
ただこの種族、インキュバスならば童貞を。サキュバスならば処女を失うと夢魔としての能力を失うのである。
さらには一度恋に落ちるとその者以外の事は考えられなくなり、一生を捧げる特徴を持つ。
つまりは結婚した、ということは夢魔としての働きは期待できないと事ある。
「そうかー。じゃあ戦争地域から一番離れた所に、家と充分な退職金を与えてやれ。今までの働きも含めて――うん、この位」
「承知いたしました」
しかし、能力は失っても、彼らから生まれる子供は相手がどのような種族だとしてもインキュバスとなる。
そのため、魔王軍では将来魔王軍にいれる事を条件に丁重な扱いを持って充分な生活環境を与えられたりする。
ある意味勝ち組の種族ではあるが、戦闘能力が弱く厄介な存在のため、積極的に討伐される傾向にあり、数が減少傾向にある。
なので魔王軍としては切り札的存在なのだ。それを失うとなると魔王軍としては痛いのである。
「私もいい加減結婚したいです」
「お前結婚願望あるのか」
「ありますよ。夫と爛れた生活を送って息子の初めても奪いたいです」
「お前絶対所帯を持つなよ」
「冗談ですよ」
本気ではなかったのかと思う魔王シリウスだが、それを今考えるよりは目先の勇者について考えようと頭を切り替えた。
「アークツルス……は、アイツ相手が誰でも、敵なら容赦せずに殺すからな……」
【アークツルス】
それは炎を纏った装甲を全身や顔に纏う、炎を冠する四天王だ。
気が短く全てを焼き尽くす戦闘を愉しむ戦闘狂の男であり、四天王の中では最も気性の荒いモンスターを纏める、魔王軍一の武闘派と名高い軍団の長だ。
その者を向かわせると、魔王シリウスの言葉を無視しても勇者を問答無用に殺してしまうので、向かわせるのは得策ではないと魔王シリウスは判断した。
「あ、そうです。アークツルス様から秘匿申請がありました」
「なに? ……もしや重大な作戦に関わるモノか?」
アークツルスは気性は荒いが、戦場以外では理性的に作戦を練る事が出来る男である。
その男が秘匿申請をするならば、余程の内容であると魔王シリウスは申請の内容に対し気を引き締める。
「いえ、最近入った、高身長ゴスロリ好き引っ込み思案な料理上手女子に、似合う布を譲ってくれという申請です」
「ああ、あの極秘に入った聖女召喚に巻き込まれた子か。……うん、この布なら構わんから送ってやってくれ」
「承りました」
アークツルスの申請に魔王シリウスは快諾した。
アークツルス部下の前では気性の荒い男だが、実は可愛い者が好きで甘い物が好きな男だ。自身が可愛いものを身につけたいというよりは、可愛い者を愛でたいタイプである。
最近は聖女召喚に巻き込まれ、「お前は聖女ではない!」と放り出された女の子を極秘に側近にし、着せ替えを楽しむのが趣味なようである。
魔王シリウスとしては、四天王が新たな趣味を見つけて嬉しいので喜んで申請を許可したのである。
「うんうん、戦闘方面では勇者に近付けられんが、戦闘後であれば大丈夫だと分かって良かったよ、うん」
「あの……ところで以前から疑問だったのですが」
「なんだ?」
「魔王様は勇者と話す機会を必ず設けますが、別に設けずとも良いのでは?」
魔王シリウスは、今までの召喚された勇者全員と出来る限り話すようにしている。
道中の事故や、暴走や裏切りなどによって話せない勇者も居るだが、魔王シリウスは“出来る限り生きて捕え、私と話す機会を設けよ”という方針を持っている。
側近リゲルの疑問は単純に「勇者は敵なのだから、被害が増える前に殺すのが手っ取り早いのではないか?」という疑問なのである。
「馬鹿を言うな。私達の世界の問題は私達の世界で解決するモノだ。なのに無理矢理召喚され、無理矢理戦っているのならば、それは敵ではなく被害者だ」
「被害者……ですか」
「そうだ。被害者を潰しては私の魂が死ぬ。だから話し合って敵でないと判断したら、元の世界に戻す方法を探ってやる。それだけだ」
「ですが敵対するなら問答無用で殺すんですよね」
「それはそうだろ。だって人類だぞ?」
「ですね、愚問でした」
なお今まで話しあって、被害者と判断して元の世界に戻した勇者は三十五名。
現在も方法を探している者は四名。
元の世界に戻らず魔界で所帯を持っているのが十三名。
魔王軍に入って魔王軍として人類を蹂躙しているのが五名である。
「その方法で四天王入りした者も居ますからね……」
「スバルだろう? やっぱり話し合いは大切だ」
「魔王様って偶に魔王様っぽく無いですよね」
「そうか?」
【スバル】とは、黒いロープを纏った元勇者の男であり、女嫌いが有名な現魔王軍四天王の一柱だ。
魔王シリウスがしたスバルとの話し合いによると、彼は【クラス召喚】で召喚された内の一人だったそうなのだが、能力が邪悪なモノであると一人追い出されたそうだ。
そして復讐を誓い、力を付けようとしている所を魔王シリウスがスカウトしたのである。
現在は生きている者は魔王以外には信じられないと、死霊を操って軍団を率いており、それらが戦闘面でとても強いため、魔王軍一の武闘派と名高い軍団の長となっている。
そしてその死霊は全て男であるため、“人を、特に女を信用できなくなった復讐者”として人類軍だけでなく魔王軍からも恐れられている。
「ところでアイツ、いい加減女の死霊を作るのに成功したのか?」
「してません。先日訪れた所、“なんで女が出来ないんだ! 早く理想の美少女死霊を作って理想の嫁にしたいのに!”と叫んでいたので」
「そっかー」
なお、事実は童貞を拗らせ、「裏切らない純情な女の子を作って僕だけのハーレムを作るんだ!」などと言っている残念な男である。
しかし能力である、【魂反応】――魂を合成して新たな存在を生み出す――では、男しか出来ないのでいつも苦悩している男でもある。
「裏切られた女が好きだったんでしょうね……別の女をモデルにすればいけそうなんですが」
「まぁその女が次に勇者召喚で来た男に惚れた挙句、一緒に元の世界に帰れば色々複雑にもなるさ」
「帰したの魔王様ですけどね」
「スバルも知った上で帰したから良いんだよ」
「……最後の“僕とその男、どっちが良いんだ!”という言葉に対し“そもそもキミの事よく知らないんだけど”は、知ったからこその衝撃だったと思うんです」
「……別に良いんだよ」
結果的にスバルは「人類許さねぇ!」となっているから別に良いかと魔王シリウスも思っている。同時に同情もしている。
「まぁアイツなら私の命令には従うし、殺しはしないだろうし、スバルに任せるか」
「いえ、実はスバル様なのですが、私が行った時に“お、女、あ、あわ、あわわわわわ。はっ、そうか。僕の魅力に気付いたようだが、生憎と僕は理想の嫁以外には女に興味ない!”と言われたので、つい」
「つい?」
「ムカついて殴りました。なのでいつものように向こう一ヵ月は女を見たくないかと」
「そうか。なら仕様が無いし、先に失礼をしたのはスバルだからな。スバルはやめておこう」
「分かりました」
余談だがスバル自身の強さは四天王一弱い。
能力が強いだけで、実力は貧弱なのである。
なので側近リゲルの一撃で軽くKOされる。
本来なら四天王に対する無礼であるが、女性に対する配慮のかけた言葉という事で魔王シリウスは不問とした。
余談だが、こういった事は以前もあったので慣れていたりはする。
「じゃあ最後の四天王は……アダラかぁ……」
「アダラ様ですね……」
魔王シリウスはスバルに対する対応はさておき、最後の四天王。つまりは勇者に対応出来る力を持つ四天王の名前を呼ぶ。
【アダラ】
露出が多い、水のような服を身に纏った青い肌をした四天王唯一の女。
九割以上が女性で構成された魔王軍を率いる、男を弄ぶ性格をした水を冠した四天王。
実力もさることながら、その統率力は四天王の中でも最も高く、魔王軍一の武闘派と名高い軍団の長である。
「アイツ、今どうしている?」
「アダラ様は男に慣れるため、最近来た少年に手を出そうとして拒否られたので、心が傷付き部屋に籠もっています」
「そうか」
「そうです」
「…………」
「…………」
「アイツ、いい加減男に慣れないかなぁ……」
「ですよね……」
なお、男を弄んでいるような性格は文字通り性格だけであり、男と会話するだけで内心ビクビクな女である。
他の四天王前では余裕を保ってはいる上に、部下達の多くには「男を手玉に取る我らがアダラ様!」と思われてはいるのだが、実際は手を繋がる事すら恥ずかしいと思うような純情乙女である。
そして現在は最近入った少年から慣れようとしているのだが、それすらもままならないようだ。
「……ここまで来ると、もう私が直接行くしかないのかなぁ」
「ですね……」
魔王シリウスは溜息を吐くが、誰かがしなければならない以上は、適する者が自分だけと分かれば行動はする。
放っておけば間違いなく魔王軍にはダメージを受けるのだ。ならば最低限に抑えようとするのは長として務めであるからだ。
「そうと決まれば、その女勇者の情報を聞かせてくれ。実力や能力、後は……まぁ分かるモノを教えてくれ」
「承りました――しかし、申し訳ございません。実力や能力はまだ判明していません」
「ん……仕様が無いか」
実力や能力はただでさえ特殊な上に、勇者自身も自覚していない事が多い。
なにせ異世界勇者召喚された勇者たちの中には、
『弱い能力だと思ったら実は強かったんだぜ!』
と言って、スバルの様に強い能力を有していたり、
『あれ、俺のスキルがなにかやっちゃったて、弱くてやっちゃったという意味だよね?』
などと言いながら軍隊を滅ぼす威力の魔法を行使する、敵対する者からすればたまったものでは無い事をする勇者が多いのだ。
ただでさえ敵の本拠地で召喚される勇者の情報など、召喚されたという事を知るだけでも上出来というものだ。
「ん? だが、女だとは分かっていたのか?」
「はい。外見だけは間者によって情報が得られ、送られてきています」
側近リゲルはそう言うと、懐から水晶を取り出した。
それは魔力を込める事で様々な情報を送受信できる代物であり、今回の場合は写真と呼ばれる景色を切り取った物を映し出すものであった。
「今回の勇者の名前は【彗】と呼ばれる、人間の十代程度の女です」
「相変わらず若いな。……そんな奴らを戦場に立たせてどうするというんだ」
「ですね。――では、こちらです」
魔王シリウスは憤りを感じながらも、その映し出された今回の勇者を見て、この者と会話をしなければならないと思いつつ、スイと呼ばれた少女を見て――
「…………………………可愛い」
「は?」
――魔王シリウスは一目惚れをした。
「なんだこの子、凄く可愛いじゃないか」
「は、え、あの、魔王様?」
「可愛い、それでいて美しさも兼ね備えた素晴らしい少女じゃないか!!」
「魔王様、なにを仰っているのです!? 彼女は勇者ですよ!?」
「そうだな、勇者なら早速話し合ってこれからの事を話しあわないと駄目だな! そして性格も良ければ私の嫁として迎え入れようではないか! では私は行ってくる!」
「魔王様、お待ちください、準備がまだ――」
「ああ、私が帰って来るまでに準備をしておいてくれリゲルよ! そして高らかに宣言するのだ――王妃の誕生であるとな! ふふ、ふふふふふ、フゥーハハハハハハハハハ!!」
「魔王様、そんな三段笑いをしながら行こうとしないでください魔王様――!!!」
魔王シリウスは部屋を飛び出していった。
側近リゲルは止めようとして止められなかった。
「魔王、様……!」
そして魔王シリウスが去った後。
側近リゲルは項垂れたのであった。
これは、異世界召喚しまくる人間軍の勇者への、想いを伝える方法に苦労する魔王のお話の始まりである。