恋の試練
本日二話目となります、お気を付けください。
「なんだあれ!」
そう叫んだのは近くに座っていた男性。
指をさす先には......障壁か。しかもあれは、内部からは非常に壊れにくい『壊レズノ魔檻』だったっけ。檻をカンって読むのはこれで知った。魔法文字を組み合わせてこの魔法の製作者はよくもまぁこんな性格の悪い魔法と名前を付けたなぁ。でもこの魔法、相当な知力ステータス要求と術師も中に入っていないといけないという欠陥魔法って紹介されてたぞ。
しかし無差別に檻に閉じ込め、術師が紛れ込めるというこの状況においては、この魔法も間違いではなかっただろう。
魔眼持ちがよりにもよって二人もいなければ。
魔眼というのは基本能力として魔力を見ることができる。俺が紗耶香にばれたのもこれが原因だったなぁ......っと、また脱線してしまった。
「紗耶香、魔法の補助具は?」
「でかい杖しかもともと持ってないのよ。しかも今日はこれ。」
そういってくるっと一回転。くそう、かわいい。っと、それはそれとして。
「それじゃ、この指輪つけとけ。補助能力は低いが、頑丈だ」
そう言って指輪を手渡した。断じてそういう意味での指輪ではない。
しかし顔を真っ赤にしながら、「わ、わかってるわよ、変な妄想するんじゃない!」と大声で怒鳴ると、それを俺が付けていた場所の同じ右手中指にはめた。すると指輪が落ちてしまいそうになるので、慌てて右手を握りしめた。
すると、シュっとなったかと思うと、紗耶香の指のサイズになってしまった。そんな効果があったのか、この指輪。
「それじゃ、健闘を祈る」
「え、えぇ。わかったわ」
何か言いたげな表情ではあったが、混乱した人が縦横無尽に走り回っているので、「今日は起動するつもりなかったのに......」と言いながらも双子座を起動し、本体がポケットから魔弾を取り出し握りしめる。双子座には申し訳ないが射出で頑張ってもらおう。
二人はどちらからともなく、術師の捜索を開始した。
ある思いを胸に。
行ってしまった。
彼には二度とステータスの力を使わないでいてもらうつもりだったのに。
もう彼には、戦わないでいてもらいたかったのに。
しかし、その声は口から発されなかった、のどを振動させなかった。伝えることができなかった。
けど、この思いはきっと気づいてる。でも、拓海はこの想いまでわかってくれてない。
きっと気付いても、わからないふりをしてるんだ。きっと勘違いだって。
今まで正誤判定をずっと使い続けた紗耶香は、限定的ながらも第二段階の能力を開花させた。
魔眼は、進化する。
それは、魔眼の開眼者ならほとんどが知っている話だ。ただ、実際に進化させたものはタダですら少ない魔眼の開眼者の中でもごくわずかである。
あるものは日常的につかっていたらある日突然。
ある人は強い願いとともに魔眼を発動したら。
進化の状況は人によって違うが、紗耶香は日常生活のパターンに酷似している。
まぁ状況はともあれ、紗耶香は第二段階の能力としては異例の能力を得た。
月一度だけ、知りたい時刻の、知りたい場所や人を見ることができる。見るといっても、視点は上から神として見下ろしているようなものだ。
それはすべての情報が随時記される#世界記録図書館__ワールド・レコード__#への限定的なアクセス権限だということなど、誰も知る由はないのだが。
ともあれ、今月使用していない能力を、ここで発動させる。
見るのは、先ほど男性が叫ぶ前の、結界の魔力を放出してるであろう人物。
効率的に中央から展開するのが一番いいという、そこに賭ける。
「―――――――第二段階!『視ルハ真実知ルハ虚実』!起動!」
その瞬間紗耶香の意識は体から離れていった。
私たちがご飯を食べていたころ。
おかしな魔力の動きは......ビンゴ。
中央にある最初に行ったジェットコースターの駅の中から。
目を凝らし、中を見る。
そこで魔法を展開していたのは、昼休憩と言って裏へと回っていたあの特徴的な話し方をする係員だった。
私が絶望を伝えようとしたがシカトしたので頭の中に残っている。
展開場所はジェットコースターの係員向けに作られた簡易休憩所。ジェットコースターの鉄骨を縫うように製作されているその休憩所は、もし鉄骨が倒れても大丈夫なように出口をしっかり作っているようだ。
その中で物理的に魔法陣を書き、展開しているようなので、拓海に頼んで破魔をかけてもらうとしよう。
私は『視ルハ真実知ルハ虚実』を解除すると、拓海に電話をかける。
実は何度も電話をかけようとして、結局かけることができなかったというつらい過去があるのだが、それが今役に立った。
電話帳を探すより早く電話番号を手打ちしていく。
数コールで電話がつながり安堵した。
「もしもし拓海、どっちか最初のジェットコースターへと向かって。そこにこの檻の魔法陣があるわ」
「了解、俺が向かうよ」
「うん、私も向かうから」
「わかった、あとでな」
電話が切れる。一緒にあって話すのは楽しいが、電話もまた違った趣があっていいなぁ......顔のにやけ具合を隠さなくていいところとか楽だし。って、これじゃ彼にベタ惚れみたいじゃない!
顔を一気に赤くしたものの、涼しい風で心を落ち着かせ、ジェットコースターへと走っていく。
先についたのは紗耶香だった。
魔法陣のもとへたどり着くと、そこには魔力を充填していた魔法使いの係員がいた。
「あなた、よくここがわかったわね。大方この魔法陣が目当てだろうけど、そうやすやすとわたさないわよ」
そう言って係員は背中から指揮棒ほどの長さの短杖を構えた。
私も手に付けた指輪を握りしめる。
室内戦、しかも鉄骨の下のため、爆発系統の魔法は控えないといけない。
ここから離れて倒すか、ここで苦手ではあるもののほかの魔法で倒すか。
さて、二つに一つだが、相手もここで戦うことにリスクを感じているみたいで、魔法陣を背にしている。ここから離れたいが、離れられないという心情かな。ここはとりあえずここで戦闘を組み立てよう。
「『鎌鼬』!」
少し苦手だけど、これしかない。
属性魔法 風属性中級魔法 『鎌鼬』
この魔法は、風を操作しているわけではない。
魔力を放出し、それを刃の形へと操作する。そこに属性文字 風を組み込む。
これを複数一気に作り出すのが鎌鼬。
人の体も無防備なら一撃、無理でもある程度のダメージを期待できる。
そしてこの魔法の特徴として、斬撃を放つわけだから、壁などを魔弾などに比べ貫通しにくい。
ここで魔法陣を停止できれば。そう考えていたが、やはり相手もこんなことをしでかす相手。腕には自信があるらしい。
魔力を放出、それを固定させて製作したのは障壁。
いつも拓海の使う魔法刀身と同じ魔法文字を使うものの、若干発動形式が異なる。
拓海もこの魔法、覚えればいいのにって前言ってみたら、「そんなの展開してる間にやられちゃうよ」と返された。ステータス低いのにどうしてそこまで無理をするのだろうか......っと、いけない、先頭に集中しないと。最初は腹の探り合い見たいな感じで小手調べのような魔法ばっかりだけど、いつ仕掛けてくるかわからないし。
さっと意識を切り替え、紗耶香は鎌鼬を三発放つ。
しかしやはりというか。展開された障壁に阻まれる。
しかしどうやら相手は知力ステータスの限界なのか、魔法の維持に必死で攻撃をしてくる気配がない。どうやら時間稼ぎが目的のようだ。
さっさと倒して敵の陰謀を、と思ったが、障壁を展開されているから、私にも打てる手がない。
結局、私は拓海に頼るしかなかった。
もう行かないでと言いながら、いざというときに彼の力を頼ってしまった。
紗耶香は、ふがいなさに顔を曇らせるのだった。
紗耶香から電話があったので、逆方向へ射出していた俺はすぐさま逆方向へと舵を切る。
一気に反対方向を向いたので、ものすごい力が俺にかかったが、無視して進む。
あぁ、こういう時障壁を習得しとけばッて思うんだよな.....魔法刀身と一緒ってのは知ってるんだけど、いまいちピンとこないんだよなぁ。
ともかく、急いで『隠密』を起動してジェットコースター下の休憩室へ。
もういっそジェットコースターごと吹き飛ばせば、なんて考えるも、中に紗耶香がいたら一大事だと気づき手を引っ込める。
そろりそろりと中に入ると、魔法陣を障壁で守る......ジェットコースターの人じゃん! マジかよ! しかも紗耶香いるじゃん、あぶねぇ! っと、行けない、平常心。
後ろに回って魔法陣をぶち壊すと、さっさとその場から撤退する。
「フフ......最低限は......」
感覚強化で聞き取れたその言葉が、俺の嫌な予感を証明するかのように響く。
悪戯に、いたずらに。その言葉と俺の言葉を証明するように、この事件が顔を出した。
俺は予感の伝えるがまま、空を飛ぶと、俺の平均的な視力ですらとらえられるほどのものがこちらへと迫っていた。
魔物だ。しかも結構な上位層のやつまで混ざってる。うっわ、後方にはドラゴンかよ!
一直線にこの遊園地を目指して、魔物の大群は進軍する。
まるで、敵国の城の中の姫の首を、と考えているようなその野蛮な目は、ただ、ただただ一点を見つめている。
こいつらは何を見つめているんだ......?
しかし、今は関係ないと頭の隅に置いておく。隅に置きすぎてもはや隅じゃなくなっていそうなレベルで思考がそっぽを向くからな......
よし、とりあえず殲滅してから考えるか。
俺は魔弾を構える。ただひたすらに空中に魔法陣を。
俺だけだとどうしても展開速度には限界があるので、ちゃんと二人でやっている。もちろん双子座だ。
ゲートをくぐって、侵入を図る魔物を片っ端から魔弾で貫く。
もうこれ技でいいじゃん、ってレベルまで完成したこの魔弾の連射。
名付けるとすれば、何だろう。ずっと続けるのだから、インフィニット? それともアンリミテッド? それを加えずに技名にするか?うーん、考えれば考えるほど楽しくなってきた。よっしゃ、このまんま撃ちまくるぜ!
経験値も三人パーティーの二人分をもらっているので、結構レベルが上がっている。
魔力だけはレベルアップによる回復(とはいっても全回復ではなくレベルアップ時の上限上昇分)が今は速さ的に上回っている。
行けんじゃね、
それが恐らくフラグだったのだろう。
俺だって油断していたわけではない。
しかし、空からワイバーンみたいなやつが火を噴いて俺を殺しやがった。
幸いというか双子座から復帰できたのだが、ほかのやつだったら即地獄か天国か異世界だろうよ!
それほどに高火力だった。
「双子座、お前、空のほうがいいよな?俺陸行くから、空行っていてー』
「あぁ、わかった」
俺たちは結構な量の魔物を倒した。
倒して、倒して、倒して......
千を超えたころから数えるのをやめた。
夜が更け始めてから時計を見るのもやめた。
眠らず、いや眠ることを許されず、ただひたすらに魔法を撃ち続ける。
集中が切れればそこが命の切れ目、魔力が切れても命の切れ目。
いつの間にか入場ゲートは形を失い、ただ壁に阻まれた魔物が内側を通り抜けるだけと化していた。
しかし、俺は防衛ラインを下げない。
ここから下がると、どこまで拡散されるかわからない。
今集中して倒せるならそれに越したことはない。
撃ち続け、撃ち続け、撃ち続けた。
火曜日、昼。
ステータスを持たない人たちが非常用の食料を食べていた。が、俺はまだ食えない。ここから離れると誰かが死ぬ。それは避けたい。
紗耶香が学校に電話をしようとしているが、つながらないらしい。
そもそもなぜ探索者ギルドはこんな状況になってもここの救援へと入らないのだろうか。
探索者ギルドへの不信感が募りだしたころ、俺はもう敵の兵が薄くなってきたことに気づく。
もうすぐ、もうすぐで終わりを迎えるのか......
しかし、その程度で敗れる軍隊ならとうの昔に崩壊しているはずだったのだ。
最後に現れたのは、竜だった。
ワイバーンではない、ドラゴン。体表に白いうろこをつけ、頭には一本の大きな角。
そして体に白に近い黄色のオーラ。
十中八九、九十階層ボス級であろう。
一度だけ発見報告があったその魔物は......エレクトロ ドラゴンみたいないわゆる雷属性に突出したドラゴン。
極度の疲労がたまっている中、こんな魔物と戦うなんて......少しどころじゃない、無理がある。
それでも、生きるのをあきらめない。リア充になってそのまま二回目のデートで文字通り爆発するなんて嫌すぎる。
方法を、方法を。
打開策を求め、ただ周囲にあるものを見つけ、しかし浮かんで来ない勝ち目に絶望を隠しきれなかった。




