回想と傲慢と
出会いは三年前だった。
―――出会ったのは、教室で。
彼女の顔を見て、声を聴いて、優しそうなその性格に触れて。
俺は、その人から目を離せなくなった。
我ながら純情少年だったな、と今では思う。
「名前、なんていうの?」
「あ、藍染です」
「そっかぁ!藍染くん、覚えたよ!」
そんなやり取りですらも俺にとっては至福の時間だった。
その子が吹奏楽をすると聞いたので、俺はその子を追って吹奏楽部へと入部した。
その子が図書委員をするといったので、俺も図書委員に立候補した。
ずっと、あの子の後を追いかけていた。
吹奏楽では彼女はフルート、俺はトランペットのパートに振られた。フルートの子は可愛いイメージが強く、もう女神様じゃないかと危惧するほどに僕は心酔した。
パートこそ違えど、合奏などで一緒になるし、解散も一緒なので話すことも多くなった。
帰り道も途中まで同じだったらしく、一緒に帰ることも多くなった。
毎日話ができて、毎日笑いあえた。俺にとってはその日々は一番の青春だったと言えるだろう。
だが、二年生のある日。
「彼氏とかっているの?」
意を決して聞いてみた。
もし、いなかったら、告白したいな。俺は、あなたがどうしようもないくらい好きなんだ、って。
「うん、いるよ」
そこまで俺の思い通りになるほど、現実というのは甘くなく、やはり何処までも残酷だった。
隣にいるはずで、俺のほうを見ているはずの彼女の瞳は別の男を見ていた。俺のことなどさっぱり眼中になかったようだ。
その声に、その表情に、その瞳に、そのしぐさに。すべてが俺ではない別の男に向けられている。
俺は世界が砕け散った錯覚を覚えた。
「彼はね、サッカー部でね! ボールを蹴った後の笑顔がたまらなく好きなの! それからね!......
その表情は、まさに恋する乙女だった。
途中から俺は聞くことを拒否していた。
いや、脳が理解を拒んでいた。
確かに、こんなかわいい子を放っておくわけない。
わかっていたが、心のどこかで俺のことをもしかしたら、とか、付き合える、だなんて、幻想を抱いていた。
しかも運動部、俺とは違って運動できる男子がやはり好みなのだろう。
この瞬間、俺はこの人とは釣り合わないし、付き合うことなどできないのだと世界がやっと教えてくれた気がする。
この出来事から完全に砕け散った俺は、休みの少なさ、そして才能の無さに絶望したという理由で退部した。
しかし、あきらめきれない。無理だと分かっていても、視界に入るとそこから目を離せない。
しかし、接点は完全に潰えてしまった。
まれにその子が演奏しているのを見るのだが、部活をやめた手前、以前よりも話しかけるハードルが上がってしまっていた。
三年の時にはクラスも別々になってしまったので、話す機会どころか、顔を見ることも滅多になくなってしまった。
感情が低温やけどを起こしたように起伏を失い、色褪せた世界を毎日ボンヤリと眺めていたある日、噂を耳にした。
その子と彼氏が別れたという。
俺は、背筋に雷が落ちたような錯覚を覚えた。しかし、残酷な現実に涙が止まらなかった。
何も言わずに部活をやめた手前、どの面下げて付き合ってくださいなどと言えるのだろうか。
一度諦めたのに、チャンスが巡ってくるだなんて、俺はどこまで傲慢なのだろうか。
しかし、頭がそう落ち着かせようとも、心は揺れ動くばかりだった。
もう一度、やり直せるなら、もう一度、入学からやり直せたら。
もう一度できたのなら、俺は君に最高のタイミングで告白をするだろう。
もう一度.......もう一度......
今を見ず、ただ最初からを願ったが故、卒業の日にも想いを伝えることは出来なかった。
否、伝えようともしなかった。
それが、俺の初恋の終わり。俺の中学時代の終わり。ただただあの子に好かれる自分を作ろうと、部活をやめてもなお作りつづげていた外骨格が崩れ去って、後に何も残らなかった青春だった。
――――回想終了。
俺はやはり、あの子を忘れられないらしい。
俺がモテたいのも、この恋を上書きするくらいの女子に言い寄られたいという醜い欲望からだろうな。
そう俺は入学式の日の言動を思い出す。
まぁ、月曜にこいつらと話しているのを見られている時点で俺も陰キャ側確定で近寄る女子は物好きか金目当てなのだろうが。
俺は自身に宿る醜い感情に一旦ふたをした。
「司、たぶん俺は初恋をおわらせないと、次の恋には行けない感じだわ」
俺は司にそういうと、返事も待たずに行く当てもないのに歩き始めるのだった。
「そういえば、装備について説明してないよね!効果は全部書いておいたから読んどいて!」
そういわれ渡されたのは説明書のような小さなサイズの紙。
耐久性などが記された紙を、俺は懐へとしまっておいた。
俺はスキルポイントがたまっていたので、新しいスキルを獲得する。
とはいっても獲得欄は相変わらず少なかったので、いっそのことマイナー中のマイナーを獲得しよう。
習得したスキルは、 狂化。痛みがつらいなら、それでひるむ理性を吹っ飛ばせばいいじゃないの理論。
これを習得したがる人は名前の時点でいないだろう。俺も聞いたことない。
実際その理論で行けるのか試していないので、ウルフの多い十一階層で実験するか。
俺は、いつ目覚めることができるのかなんて考えながら、十一階層へと転移した。
十一階層。
理性が痛みを怖がってなかなか起動できないが、根性でねじ伏せて、俺は起動する。
分体
狂化
その瞬間、俺は意識を失った。
気が付いたら、日付はわからないが夜になっていた。と、すぐに激痛が来たので禁呪をすべて終了させる。
形態の時計を見ると、2時の表示が。
周囲を見渡すと、大量のウルフが爆発四散していた。
痛くはなかったものの、意識がないのは大問題だな......あったらあったで痛いんだろうが。
とりあえずステータスを開く。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
藍染 拓海 人間 男 歩く魔力タンクlv30 (MAX)
HP10/10
MP9000/9000
筋力10
体力10
敏捷10
知力10
魔防10
器用10
幸運10
スキル
魔力譲渡lv2
魔力回復増加lv2
魔力操作lv1
支援魔法lv1
感覚強化lv2
隠密lv2
暗視lv5
狂化lv3
分体 lv6
スキルポイント 61
分体 人間 男
HP10/10
MP3234/9000
筋力10
体力10
敏捷10
知力10
魔防10
器用10
幸運10
スキル
魔力譲渡lv2
魔力操作lv1
支援魔法lv1
感覚強化lv2
隠密lv2
暗視lv5
狂化lv3
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
二次職をカンストするほどに戦闘を繰り広げていたことよりそれほどのウルフがこの層にいたことのほうが驚きなのだが......
と、それよりも、分体と 狂化のレベルが上がっている。新効果の通知は 狂化中で聞けなかったので、また今度確認するか。
そう考えながら、ウルフの魔石をかき集め、迷宮を脱出するのだった。
今日はバッグいっぱいに魔石が集まったので、探索者ギルドに売ることにする。
ギルド内部へと行き、総合カウンターへと足を運ぶ。
総合カウンターでは、魔石の買い取りのほかにも特定の層を間引く依頼なども出ているらしい。
俺は受付を済ませると、すぐに順番が回ってきた。
「いらっしゃいませ、魔石の買い取りということでよろしいですね?」
「はい」
そういわれたので、バッグいっぱいの魔石を取り出す。
って、そういえば司が唯一なのバラされたのここの探索者ギルドだったな。面倒ごとにならなければいいのだが......
そんな期待もどうやら水の泡らしい。
「なんなんですかこの量!」
やっぱり、叫びやがった。
周辺にたむろしていた数人の探索者がこっちを注意深く見ている。
唯一の救いは迷宮帰りで未だ仮面をつけっぱなし、ということだろう。
俺の心の荒れ模様を無視して受付の女性はなお叫ぶ。
「ウルフのこの量の魔石! どうやったんですか! ソロですよね! 犯罪に手を染めたんでしょう! 正直に言いなさい!」
はぁ、そこまで詳細叫ぶとか、どこまで無能なんだ。
俺はもうめんどくさくなったので、一言、大きな声で話す。
「 狂化使ってる間のことを、俺が知ってるわけないじゃないですか、それよりも、早く買い取りしてもらえません?」
そういうと、周囲の探索者は俺を怖がるような視線を送ってからそそくさと立ち去って行った。
前を向くと、受付の女性からは怒りの表情がうかがえた。
「 狂化なんて、パーティー前提なのに使えるわけないじゃないですか! は、まさかパーティーメンバーを殺したんですか!」
何処までも妄想癖の強い人のようだ。
俺は言いたいセリフだけ吐いて帰ろうと決めた。
「言っておくが、俺はソロだ」
キリッという効果音が付きそうなトーンで言うと、俺は置いていた魔石を回収して、「買い取れないならもういいです」と言うと、探索者ギルドを後にするのだった。
そのあと、仮眠をとり、俺は三時間ほどかけて迷宮都市のほうへと向かうのだった。
「魔石の買い取りですね。こちらに入れてください」
漏斗のようなもののついた大きな機械があったので、俺はそこに容赦なくウルフの魔石を注ぎ込んだ。
ここのギルドは簡単に大声を上げない優秀な人のようだ。
そう感嘆していると、査定が終わったようだ。
「すべて合わせて五万三千円です。よろしいですね?」
と聞かれた。俺はそのあたりわからないので信用するほかないだろう。「はい」と答えるとすぐに現金で渡してくれた。
それを財布の中にしまっていくと、受付の女性に声をかけられる。
「そういえば、仮面の人ってあなたですか?今日もっぱらの噂でして」
やはり、あいつのせいだろう。
「たぶんそうですね、ちなみに噂の内容って聞いて問題ないですか?」
「そんなに秘密なわけではないですよ?ただ、ソロで 狂化してウルフを大量に倒した人がいる、というだけです。ご丁寧に受付嬢の話題が一切絡まずに」
「全部じゃねぇかコンチクショウ! あの受付マジ許さん!」
「あの人、前もやらかしてたみたいで、こっちで実習やり直しって今日こっちに来たばかりですよ」
そう聞くと、嫌な予感がした。俺のこういう場合の予感は大抵当たるんだ。さっさと帰ろう。と席を立ったところで、ギルドの裏からカウンターにそいつがやってきた。
「あ! あんた、昨日のやつでしょ! あんたのせいで私実習やり直しなんだけど! 私心配してあげただけなのに、全部あんたのせいよ!」
もう運の悪さを嘆いていいと思うのだが。
しかもこの声が大きく、あたり一帯に聞こえてしまった。噂が俺個人しか流れてないのに加えて向こうは容姿も整っているほうということもあり、悪者は完全に俺となっている。
「自業自得だろ」
もう悪者なのをあきらめた俺はそいつにそう吐き捨てると、探索者ギルドを後にした。
今日は迷宮都市の迷宮にもぐるか。
そう決めた俺は、都市の中心にそびえたつ巨大な門へと向かった。
敵の情報を見ると、さっさと門へと入ってしまう。
しかし、いつもならもう内部に入っているのに、ここは光の道みたいなものがあった。
ここは門超えたらすぐにつくんじゃなくて、内部まで少し距離があるのか?
俺はそう推測しながら歩いていく。その時、
「傲慢の大迷宮へようこそ」
そう聞こえたのは、俺だけなのだろうか。
やっと一階層へと到着する。
傲慢の大迷宮、か。
それを聞いて俺の推測は確信に変わった。とはいっても、百階層のことは何もわからず、昔から抱いていた疑問のほうだ
とりあえずその疑問を片隅に置いておいて、俺は攻略を開始する。
傲慢の大迷宮は、遺跡型であり、罠も多く設置されているが、一番の特徴はいまだに一階層しか見つかっていないことだ。
一階層の中に複数強ボスがいることから、ここは一階層しかないとまで言われている迷宮である。
周囲には倒れて砕けた石の柱などが散乱している。俺はその柱を飛び越えて先に進む。
少し進むと、敵の反応が。どうやら、ゴーレムみたいだ。
人型の動く無機物、ゴーレムは、材質によって強さも変わるという性質を持っている。
今回エンカウントしたのは石なので、俺でも十分倒せるだろう。
俺は心臓の位置に魔力を100ほど込めて魔弾を撃ちだす。
以前は3しか込めていなかったために威力も低かったが、魔法は魔力を込めれば込めるほど強くなる。
ではなぜみんな使わないかというと、属性魔法のほうが、威力の上昇率が高いのだ。
しかし俺は属性などを使えないので、魔弾でごり押しているというわけだ。
100の魔力を込めた魔弾は石のゴーレムはコアを破壊し、活動を停止させた。石はすべて霧となり、その場には魔石しか残らなかった。
俺は戦利品であるウルフより少し大きい魔石を拾うと、さらに深くへと潜っていく。
奥へ、奥へ。
俺は足を進めていく。
等間隔に並んだ柱とたいまつで大まかなマップを頭に刻んでいく。
と、ここで部屋を見つけた。ボス部屋のような荘厳な扉があるわけではなく、ただの木と言っても過言ではないくらいに質素で小さかった。
その部屋に入ると、そこにあったのは金で装飾された宝箱だった。
宝箱は、どの迷宮でも発見されるのだが、人工物のマップの発見例が多くを占める。
この迷宮はずっと遺跡なので、迷宮装備なども多く見つかるのだ。
俺は宝箱を開封する。そこには、何も入っていない......ように見えて、何か透明なものが入っていた。
この形状......コンタクトの迷宮装備か?
そう思い、一度両目に着けてみる。
しかし、何も効果がなかった。
効果の中には、魔力を通すことで有効化できるものもあるので、両目のコンタクトに魔力を通してみる。
その瞬間、両目に激痛が走った。
両目がはじけ飛びそうだ、最近痛い目に会いすぎだろう!
そう思いながらも、俺は痛みに耐える。
数分後、痛みが引いたので、探索を再開する。
毎回現れる石ゴーレムに対して、俺は魔弾を撃ちだしていると、今度は鉄......ではない。この少しピンクがかった銀のような光沢は、魔銀だろう。軽量である程度の強度と同時に魔力電伝導性が高いこの金属は、魔法使いを中心に好まれて使われている。
しかし、魔弾をボール状から本物の銃弾レベルまで小さくし、固定をかけ、射出する。
ボールよりも貫通性の上がった弾丸が、魔銀のゴーレムの魔石を貫通した。
これからは多少消費が増えても、銃弾の形のほうがよさそうだ。
そう考えているうちに敵は霧となって消えていて、そこに残ったのは魔石と......、これは魔銀か。握りこぶし一つ分だが、結構な値段で売れるだろう。が、装備が少ない俺は司に装備依頼することしか頭にないのだが。
とりあえず二つをカバンに詰め、これ以上欲を出して罠にかかるのを防ぐためにも、来た道を戻るのだった。




