表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

7話


あれから何時間経っただろうか。


集中治療室に運ばれた春香は治療を受けている。

僕は処置室の前の椅子にずっと座っていた。


ただ、待っていることしか出来ない。


ただ、待つことしか。


前兆はあった


大量の薬、やっぱり春香は風邪なんかじゃなかった。ひどい病気だったんだ。一緒にいたはずなのに春香のことを気付いてあげられなかった。


むしろ、僕は僕のことしか考えてなくて


カツカツと数名の足音が聞こえたと思ったら僕の前で足を止めた。

ふと顔を上げると平手が俺の頬をぶった。

「あんたが春香をッ!」

「お母さん落ち着いてください!」

すぐにスーツの男性が女性を抑えるようになだめた。

この女性が春香のお母さんだという事がすぐにわかった。

「優一くんだね?ちょっと話を聞かせてもらうよ」


連れてこられたのは警察署だ。

30分程質問攻めにされたあと、有罪になる可能性があると刑事は言った。それもそのはず、春香はまだ未成年。僕が誘拐したと思われても仕方ない。


そんな話をしていた時、一人の警官が部屋に入ってきて刑事に耳打ちをした。刑事は頷くと話し始める。

「春香ちゃん、意識戻ったと連絡が入りました。それで、優一くんのことを呼んでいるらしい。普通なら絶対にあり得ないことだけど、これから彼女に面会させます」

「本当ですか!春香が…よかった」

安堵した僕に向かい刑事が言葉を足す。

「春香ちゃんは一命は取り留めたと言っても非常に不安定な状態らしい。彼女を刺激するような発言は控えるように。いいね?」

「はい!」

僕はただ春香に会えるだけで良かった。


パトカーに乗り込み病院に向かう。

移動してる最中、貧乏ゆすりが止まらなかった。春香に会ってどうする?なにを話せばいい?いざ会うとなったら戸惑っている自分がいる。そんな僕をよそに車は進み、いつのまにか病院にたどり着いていた。


病院の前には春香の両親がいた。視線が刺さる。まるで汚物でも見るかのような冷たい視線。でもそれは親として当然だ。きっと僕は誘拐犯だと思われている。深々と頭を下げてから病室に入る。

病室に入ると大きな窓ガラスから光が差し込み室内がとても明るく感じた。中心にあるベットに春香がいた。沢山の管がくっついていて、なんだかドラマのワンシーンのようだと思った。

医師が僕に近づくと告げる。

「5分だけです。何かあれば扉の外にいますので声をかけてください」

医師が退室すると部屋に2人になった。


声を掛けようと口を開けるが、春香の様子を見るとなんと声を掛けたらいいかわからない。

「優一、ごめんね。心配したよね」

春香は謝る。

「そんな!僕は春香がいたからまだここにいるんだ。謝るのは僕の方だ」

「違うの。私ね」

春香の声は細く消えてしまいそうだ。ベッドの脇に座り顔を近づける。

「最初あなたに会った時、本当は自殺しようと思っていたの。私、よくわからない病気になったみたいで、もう長くないって。病院の中で薬を飲んで一生を終えるなら、いっそ自分で命を絶とうって思った。でも、そこに貴方がいた。病気でもないくせに意味もなく自分の命を断とうとしている優一をみて私はすごく腹が立ったの。なんで私はこんなにも生きたいのにこの人は簡単に命を捨てるんだろうって」

春香が手をあげる。思わず手を握った。

「その時、私ね、絶対この人を死なせないって決めたの。どんなに辛くても、惨めでも、この残酷な世界を生き続けさせてやる。簡単に死なせてたまるか、って。だから、優一は簡単に死ぬなんて考えないで」


「わかった。わかったから。春香も頑張れ、死ぬなんて言うな」


春香は首を横に振る。

と、刑事が入室して来て僕を春香から引き離すように連れて行く。


「また、会いに来るから」


春香はすこし笑ったような気がした。



※※※



あれから2週間後、拘置所にいた僕に一通の手紙が届いた。春香の両親からで簡潔な文字が書かれていた。

内容は


春香が他界した、と


簡潔に記されていた。


それからの事はあまり覚えていない。

春香の両親からの提訴は無く、警察も事件性はないと判断した為すぐに保釈された。

行くあてもなくふらふらと彷徨い、気づいた頃には春香のいた病院にいた。


病院に入りエレベーターに乗り込む。一度しか来たことがないのに僕の足は春香のいる病室へ向かっていた。

ここにはもう春香はいない事はわかっていたはずだった。でも自分の目で見るまでは信じられない。もしかしたら春香の両親が僕を諦めさせるために嘘をついたってことも考えられる。もしも春香に会える可能性がまだあるのなら、それを信じたい。


病室を覗くと知らない誰かがベッドにいた。


わかっていた事だ。ただ自分が理解したくなかっただけ。脱力感とでも言うのか。全身の力が抜けた気がした。目的を失ったのだ。俺にはもう…何もない。

「もしかして、春香ちゃんの…?」

話しかけてきたのは若い女性の看護師だった。頷くと「ちょっと待ってて」と言い、ナースセンターに戻ったと思ったら小さいメモ紙を僕に渡した。

「本当は私から渡すのは、規則違反になると思うんだけど。あなたと春香ちゃん、とても仲が良さそうだったから。ちゃんとお別れをした方がいいと思って」

それだけ言うと看護師は頭を下げて仕事へと戻っていった。


◇◇◇


病院から電車で1時間。

「豊島霊園」と書かれた門を抜けて中へ進む。中は比較的きれいに整備されており、なかなか良い墓地だと思った。

階段を登り丘の上を目指す。メモにはだいたいこの辺りと印が付けられているが…

一つ一つ確認をしていくと、一番上のところに墓はあった。花を飾り線香を供える。


「約束通り、会いに来たよ」


なにを言えばいいか、言葉が続かなかった。

と、墓の横を見ると真新しい文字で春香の名前が刻まれていた。

春香は4月22日に他界したのか…


ふと腕についた鍵に数字を入れていく。カチッと音がして、簡単に鍵が外れた。

自分の命日を番号にするなんて、意地悪だな。


ほんとに…


僕には死ぬなと言いながら


一人で先に逝くなんて


ほんとうに…


意地が悪い





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ