四話
「あのさ、バイトでもしたら?」
通帳とにらめっこしていた僕に向かい春香が唐突に言う。おそらく金の心配をしている僕に見兼ねての発言だろう。
「そんなの…できるわけないだろ」
「なんで?やったことあるの?」
やったことはない。けれど一度も働いたことのない僕にバイトなんて務まるはずがない。
「なんでもいいからやってみればいいじゃん」
「いや、無理だし」
春香のまっすぐな質問に対して逃げ道を探す。
「あんたやったこともないのにできないとか無理とか言ってたら何もならないよ?挑戦はできるんだから男なら当たって砕けろでしょ」
言いたい放題言ってくれる。
「とりあえず適当に仕事探してみようか」
春香が僕のパソコンを使い仕事を探し始めた。
「これは?」
見せられたのはコンビニ。
「無理」
春香はすぐに次を検索する。
「じゃあこれは?」
見せられたのはファミレス。
「無理」
すこし機嫌悪そうに次を検索する。
「じゃあこれ!」
見せられたのはスーパー。
「無理」
春香は激怒した。
「じゃあ何ならいいのよ!」
「僕は…一流の企業に勤めなくちゃいけないんだ。天国の父親にも認めてもらえるように」
「ねぇ、もしかして優一が引きこもった理由って就活失敗ってやつ?」
春香は最近容赦ない。人のトラウマにずかずかと土足で踏み込んでくる。
「とりあえずバイトから始めたらいいんじゃない?慣れてきたら社員になるとか」
「だめだ。父に言われていたんだ。一流の企業じゃないと認めないって。だから僕は」
「あーもう!死んだ人のせいにするのやめたら?死んだ父を理由にいつまであまえてるつもりなの?」
「…なんだよそれ」
「え?」
「何も知らないくせに勝手なこと言うなよ!」
ドタドタと足音を立てて自室へ戻ると布団に潜り込む。
「あの…ごめんね。傷つけるつもりはなかったの」
春香が扉越しに謝る。その声は弱々しく泣き出してしまうのではないか、と思う程だ。
春香の物言いに腹が立ったわけじゃない。何もかも春香の言う通りだと思った。いつまでも就職出来ない理由を父のせいにしているのは僕だ。
いつまでも問題を避けている僕自身を言い当てられたような気がして逃げ出してしまったのだ。
◾︎◾︎◾︎
僕は比較的裕福な家庭に生まれた。
父は街では名の知れた病院の院長をしていて、母も会社経営に携わっていた。両親は仕事熱心で家に帰ってくるのは夜遅く。そのため僕は一人で過ごすことが多かった。
勉強の成績が良いと褒めてくれた。そんな両親に認めてもらうために僕は勉強を頑張り、レベルの高い国立大学に合格。医療の道は進み始めた。でも無理して入った大学の講義の内容に次第についていけなくなり、浪人するようになった。なんとか卒業を迎え、就活が始まった。
ただ両親に認めてもらうためだけに勉強を頑張ってきた僕は就活の志望動機が書けなかったのだ。何社に応募しても働きたいという思いを感じられなければ採用には至らない。
全ての就活の面接で落とされた僕はいつしか自信を失い大学を卒業後自室に引きこもるようになった。
最初は心配していた両親もいつしか僕を目障りだとおもうようになったのか口すら聞いてもらえなくなった。
そして、両親は旅行中に事故に合い他界した。
◾︎◾︎◾︎
ふと、目を覚ます。いつしか眠ってしまっていたようだ。
外はすでに陽が傾いて窓から西日が差し込んでいた。
あの時は気が動転してしまって部屋に閉じこもってしまった。きっと傷つけてしまったに違いない。なんとかして仲直りしないと…そうだ、夕飯は春香が好きなものにしよう。
考えてしまうのは春香のことばかりな自分に気付く。こんなにも誰かを思うのは初めてかも知れない。春香は不思議な女性だ。まだ知り合って何日も経っていないはずなのにこんなにも惹かれてしまう。いや、流石に女子高生を好きになったらまずいだろう。
なんてことをもやもやと考えながら家の中で春香を探す。
居間…いない。
風呂…いない。
トイレ…もいないか。
きっと腹を空かせているから台所だろう。
台所を覗いた僕は絶句した。
春香が倒れていたのだ。
「は、春香!」
すぐに駆け寄ると汗をすごくかいていて、息も荒くただ事じゃないとわかった。
「そうだ!きゅ、救急車!」
と、電話の元へ向かおうとした僕を春香が制止する。
「大丈夫…だから」
「そんなわけあるか!」
春香がやせ我慢をしているのは明らかだった。
「テーブルに、薬があるから」
急いでテーブルを見ると十個程の薬が散らばっていた。どれだかわからない僕はとりあえず全て手に取り、コップに水を汲み春香の元へ向かう。
「これ!どれを飲むの?」
春香は全ての薬を掴むと口は頬張り水で流し込む。
「…しばらく休めば大丈夫だから」
春香を抱え、居間のソファーへ寝かせる。
しばらくすると落ち着いてきた様子でそのまま眠ってしまった。
僕は安心と不安で胸が苦しくなった。