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4話「ミッション開始」

 浜之助は拘束を解かれ、ユラにシェルターの内部を案内しようと提案された。


 ユラやクロノが住まうシェルターは、ぱっと見ると巨大ロボットの格納庫のような内観をしていた。


 はるか天井では小さな照明が無数に灯され、飾り気のない無地の壁が続いている。

 空間自体はドーム球場ほどの広さがあり、その場所にシェルターの住人が各区画をもうけているようだ。


 浜之助が冷凍睡眠から目覚めた場所は、倉庫の区画だ。

 食料、衣食住に必要な雑貨、医療品などが背の高い棚に積まれていた。


 倉庫を出ると、そこは配給所だった。

 倉庫内部の物資を住人に配給する他、開放型の3Dプリンターを用いて様々な物体を作りだし、活用しているようだ。


 3Dプリンターの基となる液体も樹脂だけではなく、その原料は金属や特殊合金、セラミックと豊富であり、願いの無機物はほとんど作れた。

 例えば浜之助の目の前には、3Dプリンターから作られた食器類や家具が並び、隣には剣や槍のような物が置かれていた。


「武器に銃はないのか?」


「このシェルターには、銃を作るための造形データがないのさ。ただ、ここから遠くの武器庫には実物の銃が置かれているそうだし、生体認証も必要ないそうだねえ」


「生体認証?」


「このシェルター内に唯一ある銃は、生体認証が必要なのさ。それも、過去人種の人間でなければ使えないわけでね。だから浜之助が必要なワケさ」


 浜之助はユラと話しながら、更に先へ進む。


 配給所を抜けると、そこは居住区画だった。

 おそらく3Dプリンターの建材で造られたらしき建物が立ち並び、浜之助たちを見下ろしていた。


 どの建築物も五階建てであり、高さは均等。

 その姿は学校の靴箱が並んでいるような既視感を、浜之助に与えてきた。


「はまのんの住む場所もいずれ案内するよ。だがまずは用事のある駐屯所に案内しようじゃないか」


 場所は移り、浜之助たち三人は駐屯所の前に来た。


 駐屯所のすぐ傍には外へと通じる出入り口がある。

 その扉は円形で、ダンプカーくらいなら楽々通れるほどの大きさをしていた。


 また、扉には無駄な装飾がない代わりに、厚い鉄板が溶接されている。

 そのうえ、6つある接合部は人の胴体くらい太く、並大抵な衝撃では壊れないだろう。


「<ゲート>は私達の希望だねえ。彼のおかげでこのシェルターは長いこと警備ドローンの進行を防ぎ、安全をもたらしてくれたのさ」


「警備ドローン?」


「シェルターの外を徘徊する狂った機械たちのことさ。未来人種を容赦なく攻撃し、殺戮する。私達の最大の敵だねえ。忌々しい奴らさ」


 ユラはそう言って、眉間のしわに深い谷を作った。

 よほど嫌っているらしい。


「だけど警備ドローンは過去人種に対しては攻撃をしかけないそうだねえ。ただし、古いアーカイブの情報だね」


「当てにならない情報ほど怖いものはないな。もっと確実な情報はないのか?」


「残念だねえ。ほとんどのアーカイブは過去人種のものだから。情報は古いままなのさ。せめて通信範囲が広がれば、新しいアーカイブにアクセスできるのだけどもねえ」


 浜之助はアーカイブというものが少し気になった。

 普段プレイしているゲームでは必ずと言っていいほど、アーカイブには目を通す。

 そこにはゲーム攻略のヒントや、世界観の設定が書かれているからだ。


 情報があれば、対策も打てる。

 なおかつゲームを楽しむといった点でも、浜之助は努力を惜しまない方の人間だ。


 浜之助たちが駐屯所に到着すると、そこは小さな居住地と言った感じだった。

 ただ住んでいる住人は屈強な者が多く、剣や槍の武器を所持している。

 とは言っても、誰もが浜之助よりも背が低かった。


 浜之助が未来人種の特徴は背の低さだとやっと気づく。

 けれどもそれも束の間、初めて浜之助と同じくらいの身長の人物が、こちらに向かって歩いて来るではないか。


「ユラ、おかえりなさい。それにクロノも。そいつが眠っていたという過去人種ですか」


 浜之助と同じ身長の人物は、女性だった。


「私は自警団隊長のアマリ。アマリ・ソルジャーです。よろしく頼みます」


「俺は浜之助。杵塚浜之助だ。よろしく頼むよ」


 アマリは浜之助に手を差し伸べ、握手を求めてきた。


 浜之助がアマリの手を握り返すと、固い。

 かなり鍛えているようで、軽く握られただけでもアマリの握力の強さがうかがえた。


 アマリは身長に加えて、女性を象徴する部分も強調されている。

 服装は作業服のような軍人のスーツのような、紺色の制服だ。

 他の団員たちと同じような服である。


 アマリは体格に加えて、顔立ちも良く、粉雪のように細かい銀の長髪はうなじの近くで結んでいた。


 そして何よりも、燃えるような紅い眼の目尻はとても険しいものだった。


 まるでそれは、浜之助を敵視して睨んでいるかのようだ。


 アマリの物腰の丁寧さからして、その印象は気のせいだと思いながら、浜之助はここに来た理由を訊くことにした。


「それで、俺を迎えて歓迎会でも開いてくれるのか?」


「そんな暇はないねえ。おそらく浜之助が思う以上に、このシェルターは危機的状況なのさ。早速、仕事に取り掛かってもらうよ」


 ユラの言葉に、アマリは後方の兵士に合図して、何かを持ってこさせる。


 持ち運ばれた物は、大小の二丁の銃、それと機械の抜け殻のような金属の節々があるスーツだ。


「おい、こいつは」


「見覚えがあるのかい?」


「見覚えがあるも何も。<フォールンギア>の装備一式じゃないか? レプリカか? ファン垂涎すいぜんものじゃないか!」


 浜之助はよだれをこぼさんばかりに、銃とスーツに跳びつき。近くでまじまじと眺めた。


「タクティカルレールハンドガン、TH01。それにアサルトレールライフルのMBP21。極めつけにはアクティブアシストエクゾスレイヴスーツ、初期後発型工作作業用エクゾスレイヴじゃないか。作りが半端はんぱないな!」


「急に早口になるなんて、気持ち悪いねえ」


 フォールンギアとは、世界中でプレイされるシングルアクションオープンワールドゲームだ。

 そのどぎつい世界観故にコア層止まりのゲームだが、作りこみはすさまじい。


 浜之助はこのゲームの黎明期れいめいきから、英語を翻訳しつつプレイしたやりこみ勢だ。

 おそらく日本で最もフォールンギアに詳しい人間だと、自負している。


 だから浜之助は武器の細部やエクゾスレイヴの機能まで、全てを網羅していた。


「銃の方はどちらも電磁誘導式、つまり電気と磁力で弾丸を射出する銃だ。弾丸は弾倉の金属を3Dプリンターで生成する超テクノロジー。

 また外骨格パワードスーツのエクゾスレイヴに至っては、高機動高応答大出力の駆動システム。パッシブ型の駆動機構に、不整地ふせいち踏破とうは能力の高いバランス制御技術。着脱性や安全性、もちろん防水防塵性も完備している。こいつはすごいよ!」


「そ、そう。じゃあ、装備してみたらどうだい」


「いいのか!?」


 浜之助は白い作業服も同時に受け取り、更衣室で着替えに掛かる。


 エクゾスレイヴは宇宙服や潜水服のような着こむタイプのスーツだ。

 金属の骨格が脚部から腰と背中を通り、腕まで伝っている。

 これにより、各部位の補助だけではなく、荷物などの重量をエクゾスレイヴから地面に逃がすことができる。


 具体的には腕だけでも30kgの重量を軽々と持ち上げ、全身では着用者と同等の重さを担ぐことができる。


 また、長期間の走行を楽にこなすことができ。

 上記の性能も併せ、着用者の疲労を軽減した上で通常に勝る運動パフォーマンスが可能となっているのだ。


 浜之助はものの十分足らずエクゾスレイヴを着て、ユラたちの元へ戻ってきた。


「着やすい! 更に動きも快適だ! こんなに素晴らしいもの、本当に貰っていいのかよ?」


「私達では生態認証の壁があって着れないからねえ。倉庫の奥深くで眠らせておくより、有効活用できる人に使ってもらうのが一番なのさ」


「やった! 一生大事にするよ!」


「じゃあ、そろそろはまのんには他の人たちと一緒に外へ出てもらおうかい」


 ユラが言うように、自警団の団員たちも準備していた武器と共にゲートへ集まりだす。

 いよいよのようだ。


「浜之助にはこちらの荷物をお願いします」


 アマリが指し示すのは、かなり大きな青いポリ容器だ。

 おそらく50リットルほどなら入るのではないだろうか。


「これは?」


「外にある集雨装置と交換するものです。シェルター内では雨時間がないので、定期的に雨水を手に入れる必要があるのです」


「雨時間?」


「朝と夕方、定期的に降る雨の事ですよ。知らないのですか?」


「少なくとも、俺がいた時代にそんなものはなかったよ。スコールみたいなものかな」


 浜之助はエクゾスレイヴに備え付けられた背中の背負子しょいこにポリ容器を担いだ。


 背負子しょいことは、荷物の量によって可動するバックパックの名称だ。

 これなら、物資の多さを気にせず運ぶことができる。


 これは歩荷と呼ばれる職業の人も使うのだが、役に立つ。

 フォールンギアでもよくお世話になった優れものだ。


 浜之助はポリ容器の他にもいくつか荷物を持たされて、ゲートの前に移動した。


 しばらく移動して気付くと、後ろにはアマリしかおらず、ユラやクロノの姿がなくなっていた。


「ユラとクロノはどうしたんだ?」


「クロノは御高齢のため外には行きません。それとユラはオペレーターなので、シェルターに残ります。外には私達がエスコートするので大丈夫です」


 アマリと共にゲートで待っている浜之助の目前で、棺のような音を立てて扉が開き始める。

 どうやら開閉は手動ではなく、電動になっているらしい。


 ゲートの扉は完全には開かず、人間がギリギリ入る隙間で開く。

 その隙間に、武器を構えた自警団団員たちが外を警戒しつつ出ていった。


「扉の外に監視カメラがあると言っても、外が危険であるのは変わりませんからね。安全確認はやはり直で見た方が信頼に足ります」


 先行していた団員が安全を確認すると、後続の浜之助たちも外へ出ることになった。


「おお!」


 金属の扉をすり抜けた浜之助は、外の光景を見て感嘆の声を漏らす。


 外は壁をおう状に、継ぎ目もなしにくり抜いたような通路が、左右へずっと続く未来的な空間だった。


 向かい側には道が続いていないが、そこには地球の様々な環境をごった煮したような景色が広がっていた。


 中央には森、火山地帯、岩場があり、左側には山岳地帯と雪山が見え、右側には草原と砂漠が同居している。

 どれも造り物ではなく、自然のそのまま、アンバランスな世界観を維持していた。


 更に上を見れば、そこには空の映像を映した天井が存在する。

 晴天の空や赫奕かくやくとした太陽、綿のような白い雲が浮かんでいても、たまに起こるノイズのおかげでそれが偽物だと分かった。


 この景色も、浜之助には見覚えがある。

 これはフォールンギアで登場する、惑星改造テラフォーミングのし過ぎで発生した環境と酷似している。


 これも、何らかの偶然なのだろうか。


「まさか未来に来たんじゃなくて、ゲームの世界に入ったわけじゃないよな?」


 浜之助たちは縦に約500メートル、横に何キロメートルもテラス状の通路に集まっていた。


『はまのん、応答してくれないかい』


 浜之助の左手首に巻いたリストバンド型の端末から声が聞こえてくる。

 それは声色が通信のせいで変化しているけれども、ユラの声だった。


「こちら浜之助。聞こえているよ」


『うん。通信は大丈夫なようだねえ。装備の調子はどうだい?』


「上々だよ。ただし銃の方はまだ使ってないから分からないな」


『装備のステータスはこちらのデータとフィードバックするから、後で体感も教えてくれるかい?』


「ステータスもあるのか!?」


 浜之助はゲームの際、プレイによって上がったステータスを見るのも好きだ。

 スキルのカスタマイズや、新規の装備による変化には心が躍る。


 だからユラの言葉には強く惹かれたのだ。


「じゃあ、ステータスをそちらに送ろうかい?」


「頼む。見させてくれよ」


 浜之助の願いはすぐに叶い、ユラから送信されたステータスが左腕の端末に映し出される。

 そこにはエクゾスレイヴの状態によって変化するサスペンションの出力や負担、銃の弾速や反動の予測が描かれている。


 浜之助はホログラム上の画像や数値に目を輝かせた。


「まるでゲームの中にいるみたいだ……。まさか、ここはVRの世界なのか?」


『ここがゲームの中なら、私たちはプレイヤーかノンプレイヤーキャラクター(NPC)になるねえ。だけど、リアルはリセットできないのさ。現実を無視するんじゃないよ』


「分かってるって。少し興奮しただけだよ。ところで、これから何をするんだ?」


「はまのんには1つのメインミッションと4つのサブミッションを達成して欲しいのさ。詳細を説明しようじゃないか」


 ユラはミッションについて次のように述べ始めた。


 メインミッション1:シェルターに供給される電気を復活させるために、近場のシェルター内の配電盤を修理。


 サブミッション1:集雨装置の設置と回収。


 サブミッション2;監視装置の設置


 サブミッション3;警備ドローンの配置や物資の確認。できれば警備ドローンの破壊と物資の確保。


『以上の4つが、今回のはまのんの任務だね。質問はあるかい?』


「電気が復活しないと、どうなるんだ?」


『今はバッテリーの電気だけで換気装置や冷暖房装置、さっき通ったゲートの扉の開閉。どれも使えなくなるねえ。それはすなわち、私たちシェルターの住人の死だよ。はまのんには文字通り、私たちの命運がかかっている。それを忘れないでくれよ』


「じ、尽力するよ」


『サブミッションは達成してもしなくてもいいさね。監視カメラやセンサーはある程度揃っているし、物資もまだ余裕があるさね。無理はしないでくれよ』


「できれば、だな。頑張ってみるよ」


『無茶だけはしないでくれよ。どれも、1人でするミッションだからね』


「はっ? 1人?」


 浜之助が周囲を確認すると、いつのまにかアマリを含めた自警団の皆がいない。


『警備ドローンの関係で、自警団は見送りしかできないのさ。巻き込まれることを考えると、浜之助1人のほうが安全だろうしねえ。まあ、頑張っておくれ』


「おい。いきなりチュートリアルも無しにソロプレイはきつくないか。練習ぐらいは」


『ないねえ。言ったはずだよ。これはゲームじゃなくリアル。試行錯誤は実戦で試しておくれ』


「む、無責任なこと言うなよ」


 浜之助は急に心細くなった。

 初めての世界、コンテニューのない未来、安全かどうか不確かな場所。

 どれも浜之助を不安にする要素ばかりだった。


 浜之助は怯えるハツカネズミみたいに辺りをキョロキョロする。

 そして、言いようのない恐怖が浜之助を襲ってきた。


「じょ、冗談じゃない! 中に入れてくれ!」


 浜之助はゲートの扉を外側から叩く。

 しかし扉は無慈悲に固く閉ざされ、返答はなく、鐘を小突くような虚しい音しか返ってこなかった。


『諦めるんだねえ。もう、はまのんの選択肢は1つだけ。任務を完遂しない限り、扉は開かないよ』


「お慈悲を! お慈悲をくれよおお!」


「ダメだね」


 浜之助の悲痛な哀願にも、ユラはためらいない。

 これが人間のやることなのだろうか。


 浜之助は扉の前でうずくまり、自分の境遇を呪ったのであった。


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