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22話「暴走」

 アマリの家は、自警団の駐屯所近くのマンションの一室だった。


 浜之助はアマリの部屋の前に立ち、彼女に何と声を掛けようか考えていた。


 だが、そんなものは簡単に浮かばない。


 浜之助は下手な考え休むに似たりと思い、さっさと部屋のチャイムを押した。


「おーい、アマリ。居るか?」


 何度か部屋のチャイムを押すも、中から返答はない。


 おそらく居留守だろう。

 ただし浜之助は長い間待つつもりはなく、更にチャイムを押し、大声で訴えた。


「アマリ! 居るのは分かってる。アンタが今殴りたい奴がここに来てるんだ! 扉を開けろ!」


 もしここにエクゾスレイヴがあれば蹴り破るところだが、今は整備中だ。


 アマリがいつまでも扉の鍵を閉めているなら、浜之助にも考えがあった。


「大家に鍵を借りてくるぞ! 待ってろよ!」


 浜之助がそう脅しを掛ける。


 すると、しばらくして扉の鍵が開いた。


「……入りなさい」


 部屋の中から扉越しにアマリの声が聞こえた。


 浜之助はならば遠慮は要らないとばかりに、アマリの部屋に入った。


 アマリの部屋は女性らしくもない、浜之助とどっこいどっこいなくらい殺風景な内装だった。


 壁に貼り付けているのは自警団の作戦表やスケジュールといった類で、アマリの生真面目さが出ていた。


「公私混同、って言葉を知らないのかよ」


 浜之助はアマリのワーカーホリックぶりにどん引きした。


 これでは心の休まる時などないだろう。

 自分で自分を追い詰めている。

 浜之助はアマリの部屋にそんな印象を覚えた。


 その後、浜之助はアマリが座っているテーブルの向かいにある椅子に座った。


「……」


「……」


 席に座ったのは良いとして、浜之助もアマリも会話をするキッカケがなかった。


 浜之助はこのまま時間だけが過ぎることに焦りを覚え、突破口はないかと模索した。


 そんな時、浜之助の鼻腔びこうをくすぐる香ばしい匂いがした。


「これは、コーヒーか」


 浜之助の言葉に、アマリが反応した。


「……ええ。代用コーヒーが届いたので、炒れたところです」


「なら、俺が持ってこよう。味はどうする?」


「……ミルクたっぷり、角砂糖5つで」


 浜之助はアマリの注文通りに代用コーヒーをコップに入れ、自分の分と共にテーブルへ配った。


 席に戻った浜之助は、試しにコーヒーを口に入れた。


「……まずいな」


「だからミルクや砂糖を入れるのですよ。代用コーヒーなんて、そんなものです」


「苦い、というより酸味が馬鹿にならないな。そもそも、俺はコーヒーなんてあまり飲まないしな」


 浜之助がそう語る間に、アマリは湯気の立つ白っぽいコーヒーを口に運んだ。


「……あまい」


 アマリは束の間の笑顔をこぼした。


 しかし、それも一瞬のことだ。

 アマリの顔はすぐに曇り空へと変わってしまう。


「私はですね。浜之助のことが、うらやましいのです」


 そして、アマリはとつとつと語りだした。


「私は周りの厳しい視線の中、最年少で自警団団長になりました。亡くなった父親が自警団団長でしたし、クロノのこともありましたから、肉親の優遇があったのではないかと言われました。いつも周りの嫉妬しっと羨望せんぼうを受け、落ち着ける暇なんてありませんでした」


 アマリは、恨み言のように愚痴を吐き出す。


 これは仲のいいユラや祖父のクロノに言えないような、心の暗い言葉。


 だから、嫌いな浜之助にぶつけることができたのだろう。


「浜之助がイデアに来て、活躍しだして、脚光を浴びるようになったのに。浜之助が何の重責も感じてないことに私はうらやみました。浜之助は自由で皆に頼られているのに、私は自警団団長の義務にしばられたまま。誰にも褒められない。

 私はどうせ、そんな不自由な生き物なんです。だから、ほっといてください」


 アマリが言葉をそう締めると、完全にうつむいてしまう。


「義務だとか、不自由だとか――」


 浜之助はアマリの苦労を知らない。

 それでも短い人生の中で、これだけは知っていた。


「そんなもの。最初からありはしないんだよ。人間は生まれた時から自分で選択できる自由な存在なんだ。アマリは勝手に、自分には自警団団長として縛られるしかないと決めつけている。嫌なら、辞めればいいんだ」


「それは、無責任過ぎます。私にはできません」


「もしかして自分しか自警団団長をできないと、うぬぼれているのか? そいつは大間違いだ。アマリは自分で思うほど有能じゃない。自分の責務さえ、まっとうできてないじゃないか」


 浜之助のその挑発的な発言に、アマリは机を叩いた。


「私が低能だとでもいう気ですか!? 確かに私の心も力も、イデアの住人をまとめられるほど優秀ではありません。それでも、私は私なりに献身してきたつもりです。昨日今日にやってきた浜之助に、何がわかるというのですか!?」


「分からないな! 俺にはたったひとつの大事なことしか分からない」


 浜之助は、アマリの両目を睨んだ。


「アマリはアマリらしく、生きるんだ。自警団団長でも、長老の娘でもない。アマリ自身なんだ。いつまでも自分の役割に縛られて、自分らしく生きるのを諦めるなよ」


「自分らしく、生きる……」


「そうだ。自分のためなら重荷を他人に分け与えろ。利益もリスクも他の皆と分かち合うんだ。そこからできた余裕を、自分自身のために使え。自分らしく生きるってのは選択をせばめる妥協じゃない。周りを巻き込む無責任な展望なんだ。

 そして誰もが重責なく生きられる。それが自由なんだよ」


「誰もがですか……」


 浜之助の言葉を噛みしめたアマリは、突然ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。


 それは涙と共に落ちる肩の荷だ。

 アマリはやっと自分の辛さを認められたのだ。

 認めて、自分が責務を達成できないことを、ゆるしたのだ。


 ゆるすという、自分を愛する優しさを自覚したアマリは懺悔ざんげのように言葉を口にした。


「私は、私の辛さを、他人に分け与えていいのですか?」


「当然だ。それどころか当たり前だ。人間は分かち合う生き物なんだよ」


「私は、弱くてもいいのですか?」


「社会性の生き物は弱いのが当たり前だ。弱いからこそ、強くなろうと結びつくとができる。それは強くなるキッカケなんだ」


「私は、私らしく生きてもいいのですね」


「その通りだ。何度も言わせるなよ」


 アマリは自分の涙をぬぐった。

 そこにはもう、重圧に潰されそうな少女はいない。


 アマリは、本当の意味でアマリとして生きようと決心したのだ。


「私、頑張ってみます。上手くいかなくても、失敗しても、皆と分かち合う、自由に生きる方法を」


「その調子だ。他人に与えられた責任なんて全て捨てちまえ!」


「すべては、難しいですね。でもその意気でやってみます!」


 アマリは元気よく浜之助に同意したのだった。




 浜之助はアマリを説得するのに成功し、自警団の駐屯所に向かっていた。


 その時、無線が入ったのだ。


「げっ、ユラのこと忘れてた」


 浜之助はおそるおそる通信に出ると、その声は女性の物ではなく男性のものだった。


「浜之助かのう。ちょっと困ったことになったようじゃ」


「クロノか。こちらはアマリを立ち直らせたけど、どうした?」


「おお、それはよかった。しかし少し遅かったかもしれぬのう」


「……何があった?」


 アマリも気になったのか、浜之助の無線に耳を傾けた。


「駐屯所の自警団に伝えたところ、彼らが発起したのじゃ。今は駐屯所に立てこもっている。私は別室に隔離され、運よく控えの回線を開けたところじゃが、どうしたものかのう」


「人質か。クロノ、自警団の連中の要求は何だ?」


「要求は3つの法案の完全撤廃、そして自警団団員とアマリを議員議長にした会議の開催じゃ」


 クロノの言葉に、アマリは驚いた顔をした。


「私が議長ですか!?」


「アマリに自覚があるかは知らぬが、想像以上にしたわれているようじゃの。だがしかし、このままでは衝突は避けられぬ」


 浜之助とアマリが駐屯所近くに来ると、そこはもう人垣ができている。


 しかも彼らは口々に自警団に対して怒りの言葉を述べ、今にも爆発しそうな調子だ。


「アマリ。俺の後ろに隠れてろ。このままじゃあ、袋叩きにされかねない」


 浜之助はアマリを庇うように前へ出ようとするも、それはアマリ自身にさえぎられた。


「これは私の問題です。浜之助は――」


「おい、さっきも言ったろ。責任は他人と」


「ええ、そうですね。だから浜之助は私の傍で、私の話を聞いていてください。もしも押すも退くもできなくなったら、頼みます」


 アマリはそう言うと、堂々と民衆の中を突き進む。


 そうなると、人々はいやがおうにもアマリの姿が目に留まる。


「おいっ! ここに団長のアマリがいるぞ!」


 誰かの叫びに呼応して、人の群れが一斉にアマリを注視した。


 それから、アマリの行く手を遮るように男達が囲みだしたのだ。


「アマリっ! どうしてこんなことを――」


「長老が捕まったと聞いたぞ。そこまでしてこのイデアを牛耳ぎゅうじりたいのか!?」


「このっ。裏切り者!」


 裏切り者、裏切り者。

 人々はアマリに罵声を浴びせ、卑怯だ、馬鹿だ、汚い奴だと口々にはやし立てる。


「ちょ、ちょっと待――」


 浜之助がアマリの前に割って入ろうとした。

 その時だった。




「うるさああああああああああああああああああああああああああいっ!!」




 アマリの遠吠えが、鼓膜を貫き、人々を驚愕させる。


 それはいつも冷静沈着な、彼女らしからぬ発言だった。


「これは自警団団員が勝手にやったこと。私に責任なんてありません! それに何ですか。うちの自警団団員なんていつも指示に従わずに自由奔放に動きやがって! 命令序列という言葉をしらないのですかあああああああ!」


 もう何も怖くないといった気迫のアマリが、その体格を活かして人の海を突き進む。


 そうして、人の群れと駐屯所の間にできた中立地帯に足を踏み込んだのだ。


「団員共、聞こえてますか! いつもいつも命令を無視して動きやがって! 反省のひとつぐらい見せなさいよ!」


 アマリの大声に、駐屯所の窓から自警団団員が顔を出す。


「今すぐ、封鎖を解除して、私の前に集まりなさい。これはアナタ達が聞かない命令ではありません! 脅しです!」


 アマリは拡声器もないのに、いまだに叫び続けている。


 こいつは大した発声量だ。

 これがいつも通りなら、浜之助だって黙ってしまうほどだ。


「今すぐにでも警備ドローンをつっこませ、私と浜之助が完全武装をして制圧しに行きますよ! 覚悟していなさい!」


 アマリがそう言うと、誰が準備したのか、警備ドローンの大群とアマリの装備が運ばれてくる。


 しかも浜之助の目の前にも、エクゾスレイヴが到着した。


「3数えるまでに、駐屯所から全員離れなさい。さもなくば――」


 アマリの言葉に怯えたのか、駐屯所から自警団団員が飛び出してきた。


「ま、待ってください。これにはワケが――」


「3、2、1、0。突撃っ!」


 アマリは先方に警備ドローンであるオニギリを盾にして、駐屯所に突貫した。


「ファッ!」


 駐屯所に残っていた自警団団員達も、次から次へと窓から外へと退避し始めた。


「中に残っている奴は縛り上げろ! 私が許可する!」


 オニギリは頭の頂点にあるランプを赤く照らし、一斉に駐屯所へ躍りこんだ。




 その日、アマリの暴走によって自警団の立てこもりはあっさりと解決した。


 立てこもりを実行した自警団団員達も、アマリの突撃の前に緊急脱出して降参したため、それぞれ降格処分と減給処分だけで済んだ。


 ただ駐屯所はオニギリとアマリが暴れまわって半壊したため、しばらくは使い物にならなくなってしまった。


 そして最後は、中に残っていた人物がオニギリに縛り上げられて、連行されていった。


「どうして私が縛られているんじゃのう?」


 それは人質として捕らえられていた、長老のクロノであった。


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