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10話「大型ドローン」

 浜之助が自警団団員2名の救助のために入ったシェルターは、まるでショッピングモールのようだった。


 中央通路がうねりながら続き、視線を上げると吹き抜けから3階まで見える。

 壁際にはガラス張りの店内が見え、それぞれスポーツ用品や工具など多くの品物が飾られていた。


「単純に物資の捜索だけならこっちの方が収穫ありそうだな」


『そうだね。ただそこも警備ドローンが多数目撃されているから、誰も手を付けてないんだよねえ』


『イデアにも近いしな。警備ドローンに侵入される危険を考慮すれば、そうなるだろうな』


 浜之助の目の前には店舗と品物の数々だけではなく、通路にたむろしているオニギリや小型の空中ドローンも見られた。


 その小型の空中ドローンの方は、<フォールンギア>の<ミミズバチ>にそっくりだ。

 そいつは名前の通り蜂のような4枚羽と、ミミズのように細長い機体が特徴的な偵察用のドローンだ。

 こいつに見つかれば、搭載された極小の銃に攻撃される他、近くの警備ドローンを集めてしまうのだ。


「こいつにはよく苦労させられたな。戦闘中に乱入して他の警備ドローンを集めるし、発見もしづらい。嫌な敵だよ」


 ただ今は、オニギリもミミズバチも浜之助に反応していない。

 これなら、さっきと同じように破壊は簡単だ。


 浜之助は近くのオニギリを捕まえて爆薬をセットし、空中のミミズバチはツールガンのネット弾を使って捕獲した。


 捕獲したミミズバチの方は、浜之助の電熱ナイフで破壊し。

 破壊の際は、特に抵抗もなければ、他の警備ドローンが反応する様子もなかった。


「見える限りは、これで全部か」


 浜之助が最後のミミズバチを破壊したところで、周りで動く警備ドローンはいなくなった。


 次にすべきは、行方知れずの自警団団員2名の発見だ。

 できることなら、早々に終わらせたい。


「大型の警備ドローンは、今のところいないか……」


 浜之助がアサルトレールガンを構えて足早に進んでいくと、不安が的中する。


 浜之助の正面、しばらくまっすぐ行ったところから叫び声と共に、大きな機体の影が見えたからだ。


「おいおい、勘弁してくれよ」


 浜之助は歩みを速めて現場に向かう。

 距離はそれほど遠くなく、目的の場所にはすぐについた。


「なんだ、こいつ……!」


 浜之助の前に現れたのは、巨大な警備ドローンだった。

 機体の大まかな外見は、扇のような背びれのある二足歩行の肉食竜のような形だ。

 大きさは体高3m、尾の長さを入れた横幅は5mだろうか。

 その機体の口元に牙はなく、代わりに大型のノズルが取り付けられ、肩の部分には二連装機関銃が装着されている。

 更に腹部の下には、ジェネレーターの排熱口のような光も見えた。


 しかも、そんな肉食竜のような機体は、浜之助に見覚えのない警備ドローンだった。


「背びれはレーダーか? 見た目はラプトル型の<ランドエスケープ>に似ているが、大きさが違いすぎる……! 派生は共通なのか?」


 浜之助が肉食竜型の分析を行っている最中も、そいつは動き続ける。

 どうにも対面している店舗の中を、背負っている二連装機関銃で斉射しようとしているようだ。


「っ! まずい」


 おそらく行方知れずの自警団団員達はその店舗の中に隠れているのだろう。

 中からは泣き叫ぶような声と慌ただしい雑音が聞こえてくる。

 このままでは、肉食竜型の機関銃の餌食だ。


 浜之助は、構えていたアサルトレールガンを発砲した。


『ダメだ! 迂闊だよ。はまのん!』


 ユラの静止もむなしく、肉食竜型の背びれに銃弾が吸い込まれる。


 ただし攻撃のわりに、背びれへのダメージはほとんどない。

 ほんの少し、銃痕の後から帯電が漏れるだけで、肉食竜型はいまだ健在だ。


「――あっ!」


 肉食竜型がこちらを向いた。

 そのうえ、二連装機関銃の一門が浜之助を狙い、火を噴いたのだ。


  ――ズガガガッ!


 浜之助の僅か1m横で、大理石の床がぜる。

 硬度にも関わらず、大理石はいとも簡単に噛み砕かれ、破片が浜之助の顔にも当たった。

 これは、直撃すれば肉体など容易たやすく四散させられる威力だ。


「警告。民間人はこちらに発砲しないでください。次は警告発砲無しで対象を破壊します」


 肉食竜型が冷徹に宣告を終えると、再び目前の店舗に銃口を向けようとしていた。


 ――くそっ! くそくそくそっ!


 浜之助は自分の脚が恐怖に振るえ、膝があざ笑っていた。


 浜之助は震える膝を叩き、根性を入れなおそうとするも、動揺は握りしめた拳にも表れていた。


「これが、現実か」


 身体を熱くする脈動、ほてった頭、鼻腔を支配する硝煙の臭い、肌に張り付いた床の破片。

 どれも本物だ、どれも現実だ。

 嘘偽りは一切ない、浜之助の生きる世界だ。


 浜之助は自分に問う。


 コンテニューのない世界で、自分と他人の命の選択はできるのか? と。


「そんなの初めから決まってるだろ」


 浜之助は義務と言う言葉が嫌いだ。

 義務は自分を縛り付け、運命を呪わせ、選択を自縛じばくさせる。


 だから自由は好きだ。

 たとえそれが困難に満ちていようとも、後悔は自分のせい。

 他人を恨む要素は、ひとつもないのだ。


 義務ではなく自由として、決定事項ではなく選択として。

 ゲームも同じだ。

 進めるのも、諦めるのも選択だ。

 右へ避けるのも、左に避けるのも。

 助けるか、殺すかの選択も。

 全てはプレイヤーに任された、世界ゲームなのだ。


「俺は義務としてではなく、俺の意思で人を救うんだ!」


 自分の最適解を出力しろ。

 敵の詰みをシュミレートしろ。

 活路は必ず、ここにある。


 浜之助は攻略の2文字を脳内に巡らせると、足の震えは自然と収まっていた。


 浜之助は残り5つの爆薬に信管を取り付け、全て肉食竜型の背びれに投げつける。


 肉食竜型は今まさに射撃をせんとしていたが、浜之助の投擲を攻撃とみなしたらしく、動きを中断した。


 肉食竜型は浜之助の方に頭を向けると、ためらいもなく二連装機関銃の弾を発射した。


「ちいっ!」


 浜之助は大きく舌打ちをしながら、階段の陰に隠れて大口径の銃弾を避ける。


 それからその場で、浜之助は起爆のスイッチを押し込んだ。


 ――ズウンッ!


 5つの爆薬が、腹にずしりと来る爆音で爆発する。


 これは流石に効いたのか、肉食竜型は嫌がるように、鉄骨の曲がるような叫びを上げて、たじろいだ。


 その間に、浜之助は1階から2階へ、2階から3階へ駆け上がった。


 肉食竜型は、浜之助を追って二連装機関銃を動かす。

 だが、二連装機関銃は浜之助が3階に上がってからそれ以上動かなくなった。

 これは上に銃口を向けるだけの仰角ぎょうかくが足りていないからだ。


「狙い通り!」


 敵は大型の警備ドローン、ならば自分より大きな場所への攻撃は想定されていない可能性が高い。

 だから浜之助は敵よりも上に陣取ったのだ。


 そして何よりも、上からの攻撃の方が効果的な打撃を与えられる。


 浜之助は3階から身を乗り出す形で、肉食竜型の頭部を集中射撃する。


 更に具体的に言えば、頭部の視覚カメラ狙いだ。

 おそらく背びれのセンサーは壊したので、後は視覚カメラを壊せば、肉食竜型は完全な盲目状態になるはずだ。


 浜之助の銃撃は、目論見の通り左側に付いていた視覚センサーのひとつを破壊する。

 これで残りは右側の視覚センサーのみだ。


「――っ!」


 浜之助は直感的に背筋が寒くなるのを感じて、乗り出していた身体を隠す。

 すると同時に、大きな衝撃と揺れがショッピングモール全体を揺らした。


 衝撃の重さと近さから判断するに、どうやら肉食竜型は2階にすがりついたようだ。


「まずいっ!」


 浜之助は走り出す。

 その後を追いかけて、3階の床からどでかい銃弾が貫き、天井に穴をあけた。


 どうやら肉食竜型にも多少の知恵はあるようだ。

 今の状態では角度が足りないと判断して、身体の前側を2階に乗り上げ、射角を上へと広げたのだ。


 更に攻撃は、銃撃だけではない。


「わわっ!」


 突如として階下からせりあがる形で、火炎が吹き上げてくる。

 これは自然な火災ではない。

 火炎放射器の類だ。


「スキル、ブーストパック!」


 浜之助は慌てながらもスキル名を口にして、右腕のスキルスロットのひとつを選択する。

 それと共に、浜之助の脚部と腰から蒸気が噴き出した。


 浜之助は急激ななスピードで加速し、火炎の脅威から難を逃れたのであった。


「やばい、やばいやばいやばいっ!」


 浜之助は転がった勢いで素早く立ち上がり、走り出す。

 この場にいては、良い的になってしまう。


『はまのん、聞こえるかい?』


「何だ? こっちは忙しいんだ!」


『戦闘はもういいよ。あまりんが救助対象の自警団団員2人を確保して、もう出口にいる。はまのんも早く逃げるんだ』


「――! まじか。助かるよ」


 浜之助はそのまま階下へと駆け降りる。

 救助対象が修羅場を抜け出したとなれば、もうここに居る必要はない。

 残りは、肉食竜型との追いかけっこだ。


 浜之助は1階まで下りると、肉食竜型の居場所を探す。


 肉食竜型は1階に下りてきた浜之助を見つけたらしく、上体を1階に戻して直進の構えを取った。


 浜之助はきびすを返すと、出口を見定め、もう一度ブーストパックをかす。


 その背中を追う形で迫る肉食竜型の足音は、浜之助の耳にも届く。

 さながら、恐竜映画の逃走シーンだ。


 浜之助は後一瞬で扉の外、というところでついに追いつかれる。

 肉食竜のその巨大な機体が浜之助の身体を巻き込んだのだ。


「ぐえっ!」


 浜之助は潰されたカエルの鳴き声みたいな嗚咽おえつを漏らし、シェルターの外に吹き飛ばされる。


 身体はまだ五体満足だが、接触部分の背中と、胸が熱い。

 もしかしたらどこか骨折したのかもしれない。


 それでも、浜之助はアサルトレールガンだけは手放さなかった。


「大丈夫ですか!」


 浜之助に駆け寄る人影があった。

 それはアマリだ。


 他の自警団団員の姿がない所を見ると、彼女ひとりだけがこの場所に残っていたようだ。


「馬鹿野郎! さっさと逃げろ!」


 浜之助がアマリを突き飛ばした瞬間、肉食竜型が扉を破壊して飛び出してきた。


「ちいっ!」


 浜之助は咄嗟とっさの判断で飛び退き、肉食竜型に再びかれるのを回避する。


 その肉食竜型の方は脚部をクッションにしながらバウンドして、浜之助たちの前で止まった。


「脅威対象及び害獣を発見、駆除を開始します」


 肉食竜型は無慈悲なアナウンスを浴びせ、浜之助とアマリを二連装機関銃でにらむ。


 浜之助は死を覚悟しながらも、アサルトレールガンを手に取った。


「こっちだ! 怪物め!」


 浜之助は肉食竜型に突進する。


 ただ、これは闇雲やみくもな突撃ではない。

 上手く肉食竜型の腹に潜り込めば、排熱口がある。

 そこに電磁グレネードを放り込めば、破壊することができるかもしれない。


 問題は、そんなチャンスを肉食竜型はくれるかどうかだ。


 近づく浜之助に対して、二連装機関銃の射線が頭部に近くて遮られる。


 だから、肉食竜型は大きく口を開けて火炎放射のノズルを浜之助に向けたのだ。


「南無三!」


 浜之助がそんな祈りを神か仏かに祈った時、奇跡が起きた。


 肉食竜型に残っていた右側の視覚カメラが突如とつじょとして火花を上げ、破砕はさいしたのだ。


「アマリかっ! よしっ!」


 浜之助はそのチャンスを逃さない。

 クールダウンの終わったブーストパックを再度さいどかし、膝を滑らせながら肉食竜型の腹に潜り込む。


 そんな浜之助の動きを察知できず、肉食竜型はむやみやたらに火炎放射を吐き出す。

 しかし、その程度の火炎は浜之助に当たらない。


 浜之助は通り過ぎざまに、排熱口へ安全ピンの外した電磁グレネードを投げ込み、そのまま滑って尻尾側から出た。


――ドンッ! ドドドウッ!


 排熱口の爆発により、連鎖的な爆発が肉食竜型の体内から響く。


 肉食竜型はもがきながら、最後に悲痛な叫びを上げ、ゆっくりと横へ機体を投げうった。


 ズンッと足元を鳴らす倒壊とうかいが止むと、浜之助はアマリの元に戻っていった。


「助かったよ。アマリ。最後のあの攻撃が無かったら、俺は死んでいたよ」


「? なんのことですか?」


「とぼけるなよ。残りの視覚カメラを壊したのは、お前が何かを投擲とうてきしてこわしたんだろ」


「私は何もしていませんよ」


 浜之助とアマリは顔を見合わせて、不思議な顔をする。


 浜之助が答えを探すように周囲を見回すと、崖下の小高い丘から光が差すのを感じた。


 それは、反射光だ。


「っ! 狙撃か!?」


 浜之助はアマリの身体を巻き込んで、伏せる。

 このまま身体をさらしていると、自分かアマリの頭に風穴があくと思ったからだ。


「な、何をするんですか! 放してください!」


 浜之助に組み伏せられたアマリは、抵抗する。


 それもそうだ。

 突然叫びを上げた男の身体の下敷したじきになり、拘束されているのだ。

 抵抗しないわけがない。


「落ち着け、アマリ。今は身体を低くしてじっとするんだ。お互いのために大人しくしてくれ」


「馬鹿ですか! 第一、男が女に乗りかかっていいと思ってるんですか! いいですか! 私は断固抵抗します。私は浜之助を拒絶きょぜつします。それと、胸に顔をうずめないでください!」


「こ、これは不可抗力ふかこうりょくだ!」


 浜之助がふっくらとした胸の感触を確かめていると、股間の辺りに衝撃を感じた。

 大変なことに、それはアマリから浜之助への膝蹴りのプレゼントであった。


「くっきゅううう!」


 浜之助はアザラシが悶絶するような声を上げて、横に転がる。


 その隙に、アマリはすくっと立ち上がってしまったのだ。


「ア、アマリ。立ち上がるな。止めろ。それと男の大事な場所への攻撃もやめてくれ」


「先に仕掛けてきたのは浜之助の方ですからね! 帰ったら、ユラにもこのことを報告しますからね!」


 たぶんその必要もなく、無線でこの会話は聞かれているだろう。


 それよりも、問題は狙撃だ。

 このままではアマリが撃たれてしまう。


「アマリ! 丘の上から反射光が見えるだろ。それは銃による狙撃のためのスコープの反射光だ! 避けるんだ!」


「……それが言い訳ですか? それに反射光なんてありませんよ」


「えっ?」


 浜之助が大事な股間を抑えながら、おそるおそる立ち上がる。

 すると銃撃されることも、反射光もない。


「まさか。俺達を援護してくれただけなのか?」


 浜之助はその意図を測りかねて困惑した。


 どうして援護をしたのか、助けてくれたのか、そして誰がやったのか。皆目見当かいもくけんとうが付かなかったからだ。


「ちょっと、聞いてますか! 浜之助」


『はまのん、言い訳は後でしっかり、私に説明してよ』


 浜之助は女性2人に追及されて、狙撃の謎は胸にしまい込んだのであった。


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