9葉 外敵の足音
朝の日差しが鬱陶しい。
昨日のショッキングな事件から、まだ立ち直れていない。
マヤやユメちゃんと話す気になれず、あれからほとんど話せていない。樹だから動けない。動けないから気晴らしも出来ない。気晴らしも出来ないから、陰鬱な気分だけ溜まっていく……
だめだ。このままじゃ、どうにかなる。
気分を晴らす奇跡などないだろうか。
「緊急事態です。タイジュさま。大変であります」
マヤが真剣な態度やってくる。悪いことはまだ続くようだ。
「芝生の外に置いていたマクラたちの死体がなくなっています。砂漠にまだ足跡が残っていたので分かりましたが、外敵に持ち去られたようです」
「砂漠に生き物なんていたんだね。それのどこが緊急事態なの?」
「味を覚えた外敵が楽園にまたやってくる可能性が高いです」
むん? そこまで問題ないように思える。俺は巨大な樹である。外敵の大きさは分からないが、俺を切り倒せるとは思えない。地上のマクラたちをユメちゃんに頼んでみんな俺の枝に避難すれば、やり過ごせるのでは? その提案にユメちゃんが首を突っ込んでくる。
「ダメ。外敵とタイジュちゃんが接近することは避けないと」
「タイジュさま、外敵は魔法生物と言って奇跡の対となる魔法の力をもっている生き物であります。この魔法生物が楽園内に入ると奇跡の力が弱くなってしまうであります」
「さらに魔法を浴びたりなんかしたら、タイジュちゃんの命も危険。タイジュちゃんは自身の奇跡の力があるからこそタイジュちゃんなんだから」
初耳である。いままで外敵の存在すら知らなかったのだからしょうがないが。つまり、俺の奇跡力は命と直結していて、楽園に踏み込まれた時点でダメージ+奇跡力減少、さらに接近されて魔法を使われるとアウト……か。俺、もしかしてかなり弱い? 動けない以上、強い弱いで測れる戦闘力そのものがないけども。 というかいままで無防備すぎない? これはちょっと本気で対策を立てなきゃ。落ち込んでる場合じゃないな。まず、やること。それは……
「マヤ、どうすればいいかな?」
人に頼ることだ。いままで回りに流されてきた人間だ。まず、何をすればよいかかなどわかるはずもない。いままで対処してきた専門家に任せた方がいいに決まってるのだ。
「防衛手段を整えるのが一番大事であります。まずは外敵の正体を明かしましょう。相手がわからないと効果的な防衛手段がわかりません。」
「偵察だね。ユメちゃんじゃ大きすぎるから、マヤが行くのが一番良さそうだね。何か手伝えること、ある?」
「武器が欲しいであります。特に弓だと嬉しいであります」
「わかった。奇跡で作ってみるよ。初めての奇跡だから考えをすり合わせるのに後で時間ちょうだい。ぱっと思いつく方法だと俺の枝を変化させるかな。イメージつく?」
「タイジュさまっ!? 自らを素材にするなんて。いつものきのみから生み出すのではないでありますか?」
「俺のきのみは店脇のガチャか何かかな。そのやり方でも出せるんだろうけど、こっちの方が強い弓矢が出来そうだし。」
マヤに危険な仕事を任せるのだから、せめて装備くらいは今の最高のモノを渡したい。
俺の枝からどれ程の弓ができるかはわからないが、この物資少ない楽園内では最も弓矢づくりに適した素材だとは思う。
ふぁさーっとユメちゃんが翼を広げる。
「マヤちゃんが留守の間は私がタイジュちゃんを守る。もっと子作り、頑張っちゃう」
「それはダメだよ。マクラを盾にするつもり? だいたいユメちゃんはマクラたちが可哀想じゃないの?」
「私たちの子なんだから、とても可愛いわ。アホな子ほど可愛いってタイジュちゃんも思わない?」
なんだか会話が噛み合ってない。白鳥って子煩悩なイメージ合ったんだけど。子の扱いが哺乳類や鳥類より両生類や魚類のようだ。まるで動物の進化の生存戦略から逆行してる。そもそも、綿幕楽は精霊の眷属なんだっけ? なんとか説得できないかな。
「ユメちゃん、それはまずいでありますよ。数が増えすぎると園外にマクラたちが出る可能性があります。園外へ出て行ったマクラたちがいい獲物だと思われると、他にもたくさん外敵たちが集まってくるでありますよ。まさかすでに園外へいったマクラたちはいませんよね?」
「た、たぶん大丈夫。でも、減った分のマクラちゃんたちは増やしていいでしょ?」
「今はダメであります。問題が解決するまでの辛抱でありますよ」
「むー」
ユメちゃんがうなだれる。マヤさん、グッジョブ! ひとまずマクラたちが暴走する問題は少しは先送りに出来そうだ。ただ、俺の防衛力が少ない問題はまだあるが。……マヤの偵察次第では増やす必要もないかもしれないし、とりあえず、マヤの武器を作ってあげよう。
その後は、マヤと弓矢のイメージの擦り合わせをした。奇跡によって枝を変化させるのはこれが初めてだ。失敗しないようにイメージのギャップをちょっとでも減らすために何度も何度も繰り返し奇跡の発現方法や弓の形状などについて語り合った。マヤはその装いの例に漏れず、和弓がほしいみたいだ。寝る前に<枝変化の奇跡>の発現を試みる。
枝先に意識を集中する。
……自然と弓虫をかじったマクラが飛んだ枝に意識が向く。
強引に半日練った弓のイメージで思考を塗りつぶす。
この弓はマヤを守るんだ。余計な事を考えるな。
大丈夫。発現するのはマヤのイメージだ。俺じゃない。
嫌なことを考えるな。大事な考えはマヤを守ること。
細かいことはマヤに任せればいい。
打ち合せ通り、俺の枝が変化して和弓が仕上がった。マヤが弓を抱えて大きく楕円を描いて飛びまわる。思えばマヤへの食べ物以外の贈り物はこれが初めてかもしれない。はじめての贈り物に充実感を覚える影に何故か罪悪感を感じている自分に気づく。俺はマヤに弓を贈ったのではなく、押し付けたのでは? 押し付けた。何を。
そして翌日。マヤは体長の2倍近くもある弓と体長ほどの矢を背負い、砂漠へ出掛けていった。話し合ってこの形にしたけど、ちゃんと引けるんだよね? 正直、心配。昨日足跡を見つけた時点で、追跡用の奇跡を使ったそうでだいたいの場所は分かるらしい。マヤってちょいちょい単独で俺の知らない奇跡を使っているよね。ずるい。俺も自分のイメージ通りの奇跡を使いたいものだ。
というよりマヤは誰に観測されて奇跡を使ってるんだ? ユメちゃん? 女神様? 奇跡の発現にはまだ隠された法則があるのだろうか?
ユメちゃんはテンションが低い。新しくマクラたちを呼べないのがストレスみたいだ。ほらっ、足元や背中にマクラちゃんいるよ。ぐめぇ、ぐめぇって変な声で鳴いてるよ。……目もくれない。やはり、一度呼んだ子にはあまり興味が持てないのかな。精霊の考えはよくわからない。
ふいに体に小さな違和感を覚える。
麻酔でも打ったみたいに感覚がなくなっているような感じ。範囲はすごく狭いけど。気配を感じたユメちゃんが滑るように違和感の先へ向かう。外敵か? 俺は最近マスターした奇跡<感覚共有の奇跡>を使う。楽園内だけだが、他の生き物の視界と聴覚をジャックできるのだ。さらに共有している相手と会話もできる。ユメちゃんの視界を借りて侵入者を観察する。動けないからとせめて<視界移動の奇跡>を鍛え続けた賜物だ。
「これが外敵の正体?」
「違う。マクラちゃんより、いや、マヤちゃんより小さい」
そこには、小さなキツネみたいな動物がボロボロになって倒れていた。