7葉 綿幕楽と食物連鎖
*ちょっとショッキングなシーンがあります。ご注意ください。
朝日とともに目が覚める。
枝先でグッと伸びをする。今日も清々しい朝だ。夢婦屯が来てから1週間くらい。最近のイライラ感が減った。快眠効果すごい。ユメちゃんは言動がちょっと意味深なだけで非常に大人しい。そもそも樹と白鳥で間違いが起こるはずないのだ。うむ。
マヤは矢虫のお世話をしている。ユメちゃんは俺に巻き付いてまだ寝てる。芝生をちいさな白い毛玉たちが駆けている。この毛玉たちの名は綿幕楽。ユメちゃんが俺のきのみを食べたことで呼び出すようになった生き物だ。決して間違いの結果なのではないのである。ここ大事。
綿幕楽は子羊の頭にアヒルのような体形をしている。大きな頭が重そうだ。夢婦屯と違って、こちらの翼はちゃんと羽毛である。4~5匹のグループになって好奇心に任せて好き勝手に行動する。あれ、また数増えてない? 昨日は4グループだったと思ったのに5グループになってるぞ。いや、俺の見えないところでもっと増えているかもしれない。
「おはよう。朝から賑やかね」
「ユメちゃん、おはよう。マクラたちだね。羊って大人しいイメージだったけど印象変わったよ」
「生物として歴史が浅いから、ライフスタイルを模索中なの」
「そういうことなの? いろいろ大丈夫?」
「私たちの子だから、きっと大丈夫」
ユメちゃん、間違ってないけど誤解を招く表現はやめて頂きたい。正確には、俺のきのみの力で呼べるようになった子だからね。間違いは起きてないからね。それにしても、
「マクラたち増えすぎじゃない?」
「タイジュちゃんのせい。タイジュちゃんがやる気にさせるから、私、子作り頑張っちゃう」
「その表現はまずいからやめてね。あと、あまり増やされると、芝生足りなくなるから」
「子供たちが増えるだけ楽園は広がる。いざとなったら、タイジュちゃんの奇跡で、ね。私、まだまだ頑張っちゃう」
くっ、奇跡で芝生は治せばよかろうと? なかなか言うじゃないの。綿幕楽は確かに可愛いし、芝生を餌にしてるからそんなに面倒かからないのは確かだ。矢虫たちよりは増やしてもいいかもしれないが。ただユメちゃん、これだけは言わせてくれ。
「仲間増やしの趣味も結構だけど、もっと呼んだ子の面倒も見てくれると助かるんだけど」
「私はタイジュちゃんのお布団。ここにいるのが仕事」
「いいから少しはマヤを見習って面倒みて。マクラたちと遊んであげて。だいたい、まだお昼前だから。お布団は干す時間帯だから」
「タイジュちゃん、いじわる」
ふう、やっと行ってくれた。周りに誰もいないのは困るけど、ここまでべったりされると気が休まらない。その辺の気遣いはマヤの方が得意だ。ユメちゃんがマクラたちを乗せて空を飛んでる。マクラたちは気持ち良さそうだ。
「お疲れ様です、タイジュさま。綿幕楽たちは彼女の眷属のようなものなので、お世話させることはあっても、お世話しないことは珍しいことではないのでありますよ。私の場合は、タイジュさまの妖精への情熱を知ってますから精一杯お世話してるであります。」
矢虫たちのお世話を終えたマヤがいつの間にか来ていた。マヤは俺の気持ちを汲んでくれていたのか。矢虫は俺の枝や葉に確かにいるのだが、乗っかている程度じゃ気付けないため、葉を食べられているとき以外はどこへいるのかわからない。視界を移して探すのもなかなか大変なのでマヤのお世話は非常に助かっている。
「矢虫は順調に育っているであります。最初の4匹は無事に脱皮を終えて弓虫に変態しましたね。弓虫になれば蛹になるのも近いでありますよ。あと、おなか減ったのできのみ下さい。今日は花の蜜を吸いたいので熟れてないやつでお願いします」
「最初はどうなるかと思ったけど、妖精誕生も着々と近づいてるね。俺の実って熟れてない果実の中に花が咲いてるんだよね? 変わってるよね。異世界だからかな?」
「タイジュさま、なんで他人事なんですか? あと、そこまで変わった性質じゃないでありますよ。それより早く……」
ばさばさなさっ。
樹上でなにか暴れてる? マヤ!
「了解であります。確認してきます」
一体、なにがあったのだろう。矢虫同士で喧嘩ではなさそうだ。
「タイジュさま。問題があったので報告します」
「どうしたの?」
「さっきお話ししていた、弓虫の1匹が死にました」
え?
「死因は綿幕楽にかじられちゃったことみたいであります。マヤ、ユメともに管理不行き届きであります」
どうして。まさか呼び出した生き物同士の相性が悪かった? いや、俺の常識から離れた生き物でも間違いなく生きているのだ。鳥が虫を食べる。そんな当たり前なことに今さら気付く。自身の認識の甘さに嫌気が差す。
「かじったマクラたちは今どこに?」
ばさばさばさっ。鳥のはばたき?
どうやら俺の枝先から飛び立ったらしい。俺の枝までの高さは、ユメちゃんの体長の2倍以上ある。こいつらどうやって登ったのよ。
突如、強風が犯人一味を煽る。
羊頭が重いマクラたちはバランスが保てない。
一味はもれなく芝生に叩きつられて動かなくなった。
何が起こったか理解が追い付かない。だが、すぐにわかってしまった。
矢虫を食べられたことへの戸惑いが失せ、喪失感に襲われる。なんで。どうして。このまま、順調に仲間たちを増やせると思っていたのに。なんで。
「タイジュさま、お気を確かに。今のことは不幸な事故であります。仲間が増えてきたのに好き勝手にやらせちゃいましたから。これからちゃんとルールを作
「ごめん。……ちょっと、一人で考えさせてね」
マヤ、俺、そんな簡単に割り切れないや。
だって、いままで順調だったのに。
襲われたならともかく仲間内でなんて。
さっさと対策を立てないとまた同じことが起こるのはわかる。
でも、今は何も考えたくない。
かんがえられない。
失意の俺には、楽園の外へ向かう綿幕楽の一団に気づく余裕はなかった。
*この物語はハッピーエンドを目指しています。