6葉 精霊・夢婦屯
今日も太陽が昇ってくる。
最近、睡眠の質がひどく落ちている。原因はわかっている。俺の葉を貪る青い波。矢虫の大群だ。
あいつら、なんなの?
そんなに俺をハゲにしたいのか?
おかげで最近は<葉を再生する奇跡>や<葉を生やす奇跡>を息をするようにできるようになりました。何が悲しくて育毛の奇跡なんて覚えなきゃならんのか。いきいきとした様子のマヤが飛んでくる。彼女の元気が羨ましい。
「おっはようございます!タイジュさま」
「おはよう。マヤ。ところできみの子たちの胃袋は底無しなのかな」
「タイジュさま。とっても不機嫌でありますね。矢虫たちも早く大人になってタイジュさまの役に立ちたいのでありますよ。いっぱい食べて早く大人になってほしいでありますね」
ホントにね。早く妖精さんに会いたい。ただ、マヤを見る限りに妖精になっても食欲は衰えない気がする。そこだけは不安だ。
「今日はタイジュさまにやってほしい奇跡があるであります」
「はいはい、今日は何のきのみがいい? また甘酸っぱいやつかな?」
「タイジュさまはマヤのことを食欲の化身かなにかと勘違いしてませんか?」
「別件なの?」
「タイジュさまに精霊転生をやってほしいであります」
精霊転生。なんか異世界っぽいワードきたこれ。
「タイジュさま。マヤは女神さまに仕える精霊であります。そして、世界には全部で12柱の精霊がいるのでありますよ」
「マヤみたいなのがあと11人いるってこと?」
「ゆるく言えばそうであります。精霊は女神さまの世界と、この世界とを行ったり来たりするのであります。そして、私の1番の親友が今、女神さまの世界にいるのであります」
「つまり、ここに友達を呼びたいから、奇跡で連れてきてってことかな?」
「タイジュさまは話がわかるタイプの樹でありますねー」
「精霊を呼ぶって大事じゃないの? 俺の奇跡力足りる?」
マヤが詳しく説明してくれた。確かに精霊転生は大きな奇跡だそうだ。しかし、女神様によって既に奇跡発現の実績があること、精霊が女神世界から移動する関係で女神様自身が観察者に含まれること、この二つで奇跡の発現難易度は低くなっているそうだ。この事実を知ってることが奇跡力緩和の肝らしい。
マヤは転生した友人の<成長を早めるきのみ>や、マヤがこの間食べた<仲間を増やすきのみ>など、いろいろ要求してきた。呼んだ後のおもてなしは大切だね。いつまで居るか知らんけど。ああ、奇跡使いすぎでちょっとつらい。樹上も齧られて痛いし。転生の奇跡、明日でいいかな?
翌日、マヤが芝生に魔方陣を描いている。隣には昨日頑張って産んだ奇跡のきのみの詰め合わせ。ちゃんと一つも欠けず残っている。マヤがつまみ食いしないなんて。それだけ本気ということだ。
「タイジュさま。精霊は女神さまの世界では体を持ってませんので、この世界での体が必要であります。どんな体がいいか一緒に考えましょう。これから、長い付き合いになりますからよく考えて下さいね」
「長い付き合いって、遊びにくるんだけじゃないの?」
「言ってませんでしたっけ?一緒に暮らすでありますよ。というか、わかっててこれだけ強力な奇跡のきのみを用意したのではないで?」
早速、意識の差がある。これから大きな奇跡を起こすのに。まだ発現前、ノーカンだ。笑ってごまかそう。
「はは。で、お友達はどんな体が気に入るのかな。どう思う?」
「これから私と一緒にタイジュさまをサポートする訳ですから、好みというより実利で選びましょう。現状の不満を解決できそうな姿が望ましいと思うであります。なにか、ご不満はございますか?」
「睡眠」
俺は食い込みに答える。そう睡眠、いや、快眠だ。
ベッドだ。布団だ。枕だ。この異世界には体を包んでくれるもふもふが圧倒的に足りない。睡眠時間は太陽に支配され、二度寝などは許されない。そんな苛酷溢れるこの世界で、木葉を齧られるストレスを癒してくれる、そんな精霊に俺は会いたい。ああ、抱き枕がいい。俺が動けないから、抱きついてくる枕。それはきっと、俺を幸せな夢に誘ってくれるに違いない。
「タイジュさま。溜まりに溜まっているのでありますね」
「マヤさん、勝手に心読まないでって言ったよね」
「ここはマヤにお任せするのであります。下手に精霊の姿を想像するより、その願望を叶える精霊をマヤが想像してみせるのであります」
確かに姿のイメージが俺とマヤでかけ離れていると奇跡は失敗する。しかし、姿をイメージをしないと必要な奇跡力は上がる。ただ、俺の願望をマヤとしっかり擦り合わせたので力の緩和は多少期待できる。むん、きっと大丈夫。魔方陣に意識を向け、心を落ち着ける。ほのかに光る魔方陣にありったけの願望を乗せる。そして視界が暗転する。
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日の光を感じる。しかし方向がいつもと違う。昼過ぎくらいまで気絶してたかな。感じるのは、おひさま、微かな風、葉を食らう青虫、そして根元を覆うもふもふした感触。硬くも、しなやかなそれは触れていて気持ちいい。むん、成功したみたいだね。
視界を向けるとそこには巨大な白い毛玉が俺の体に巻き付いている。片方が太く、もう片方は細長い。俺の幹を一周するには長さが足りず、ちょっと隙間が開いている。仕方ないだろう。俺はかなり大きい。人間時代のセンスを参考にするなら、マヤは手の親指くらいのサイズに感じる。5又に分かれる俺の葉ですらマヤの3倍は大きい。まあ、マヤは小さいだけかも知れんが。妖精だし。
「タイジュさま、タイジュさま。目覚めたでありますねー。なかなか起きないから心配したでありますー」
羽虫めいてマヤが突っ込んでくる。比較対象が出来ただけで小さく感じる。
「ユメちゃーん。タイジュさま起きたでありますよっ。起きて起きてっ」
「んんっ」
やけに艶っぽい声がする。この毛玉から? 細い方の先端がゆったりと持ち上がる。
「はじめまして、タイジュちゃん。夢で婦女子と屯すると書いて、夢婦屯。今日からタイジュちゃんの布団としてがんばるからよろしくね」
発言が色々と危うい。とろんとした瞳でこちらをまっすぐ見つめてくる。改めて姿を確認しよう。
夢婦屯は巨大な白鳥のような姿をしている。しかし、羽毛ではなくもこもこの毛で身を包んでいる。体と首でいままで巻き付いていたらしい。しかし、頭部には鳥類のものではなく、羊の顔がついていた。口元が物欲しそうに動いている。……反芻だよね?
「よ、よろしくね。えっと、マヤと同じでユメちゃんって呼んでいいかな」
「もっとリアクションもらえると思ったのに残念。ユメちゃんでいいわ」
「まぁ俺、樹だし。どっしりと構えてないと」
「そういう考え方好き」
ユメちゃんが翼を広げ抱き付いてくる。俺はマヤに視線を移す。なぜか満足げだ。解せない。また芋虫騒動の時のように勘違いがありそうだ。
「マヤさん、あの子、ちょっと言動がセクシー過ぎませんか?」
「タイジュさまも気に入ってくれてるみたいでなによりであります」
「いやいや、俺が欲しいのは快眠だから。あんな子そばにいたら眠れないでしょ」
「もこもこ。抱きついてくる枕。妖精不足で溜まりに溜まる感情。全要素をあの魅惑ボディに突っ込んだであります」
「3つ目ェ! 余計なもの混ざってるよ」
「我々精霊の生格は肉体に引っ張られます。羊の体を万年発情期にすると、あんなのになっちゃうでありますね。でもタイジュさまご安心ください。夢婦屯はとても真面目な子であります。体に慣れたらすぐに落ちついてくれるはずですよ」
マヤさん、それ本当?ユメちゃんは首を俺の幹に擦り付けている。翼で抱き付く姿勢がキツくなってきたらしい。もふもふしすぎで足が見えていない。おしりで立ってるように見える。現実の白鳥じゃまず出来ない姿勢だろう。翼を畳み、首と胴体で俺に巻き付く。あったかい。まぁ、もこもこは確かに悪くない。太陽が出てる間は眠れないけど、このまま何も考えず、ぼっーとするのもありだなあと俺は思った。