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転生大樹の楽園づくり  作者: 笛音狗
シカモアの友達づくり
57/63

50葉 脱走計画

 今日もため池は変わらず晴天。

 しかし、シカモアの心はあの日から晴れることはなかった。


 楽園だと思った場所は里を脅かす猛威の根城だったのだ。

 今撫でているこの羊頭のアヒルもその周りでお昼寝している無数の仲間たちも一度命じられたらわが身を惜しまず侵攻する兵士となるのだ。


 それでも本心を隠して神獣と仲良くし、綿幕楽たちの面倒をみているのは逃げ出す隙を見つけるため。

 余力があればスカラベの杖も取り戻したいが叶わないだろう。

 綿幕楽が起こした里での事件を思い出す。

 これだけ長く聖域に滞在し、綿幕楽と接した私はもう二度と魔法が使えないかもしれない。

 杖を取り戻したところでもう使えないのかもしれない。

 そういえば、綿幕楽を仕留めた戦士のアビンやエジの魔法は元に戻ったのだろうか?

 これらの効果が一時的なものだと信じたい。

 ネフティーは里で元気にしているだろうか?

 あの子は私の指示以外はほとんど受け付けない。

 シニアたちを困らせていないか心配だ。

 

 シカモアは自分が弱気になっていることに気づく。

 頬を叩いて気を引き締める。

 すぐにでも逃げたい気持ちを抑えてここにいるのは侵攻がすぐに始まらないとわかっているからだ。

 侵軍には新たに生み出す眷属とやらを加えるはず。

 毎日神獣を観察しているが、そんな生き物の姿は見えない。

 今のところは大丈夫だ。今はそれよりしっかりと情報取集を行わなくては。


 綿幕楽の一匹が首を傾げながらのぞき込んでくる。

 敵でなければいますぐ抱きしめたいほど可愛い仕草だ。

 少女は敵だと知って尚こんな感情が湧き上がる自分を腹立たしく思う。


 空気が変わる。

 騒ぎ立つ綿幕楽たち。

 水面が一方に引っ張られ、池の頭頂部が傾く。

 サザナミチガヤの穂が大いに乱れ、カサカサと音を鳴らす。

 ため池の真ん中で蹲っていた夢婦屯が見たこともないスピードで飛び立つ。

 近くにいたマクラたちが空中に巻き上げられるのにも目もくれず、一直線に消え去った。

 あの姿勢の神獣は霧の制御に集中しているらしく、何があっても動じなかった。

 緊急事態らしい。

 

 直後、轟く爆音。

 神獣が飛び立った方向から突風が吹き荒れ、濃霧の壁が少し乱れる。

 薄くなった霧の向こうから得体のしれない影が覗いている。


 まずい。

 今、霧の中の獣に入られれば綿幕楽たちが危ない。

 敵の兵隊にも関わらずこんな感情が湧く自身に戸惑うシカモア。

 いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。自分の身も危ない。

 魔法が使えない今、戦闘手段がない。

 拳をぎゅっと握る。

 頼りの杖がないことを思い出すだけで、心は焦るばかりだ。


 たじろぐ少女の眼前を綿雲が漂う。

 一瞬、飛び散った霧の一部かと思ったが違う。

 濃霧の壁が薄くなっている箇所へ向かっている。

 よく見るとその雲には板のように平たい尻尾があり、横から短い四肢が生えている。それらを必死にばたつかせ空中を泳いでいる。

 後ろからなので顔は見えない。

 その雲は霧にたどり着くと、自らの体を擦り付け、すぐに霧を元通りにしてしまった。

 

 それは間違いなく新たに生み出された夢婦屯の眷属。

 毎日神獣を観察していたはずなのに全く気付かなかった。

 一体どこにいたのだろうか。推察するに神獣の体毛の中だろうか?

 少女は夢婦屯がいた場所を見る。

 そこには神獣の毛で出来た浮島があった。

 そしてその島の上には、なんとスカラベの杖が置いてあった。

 少女は神獣の言葉を思い出す。

 この杖の魔法はまだ消えてない。

 この杖があればまだ戦える。

 シカモアの瞳はまるで獲物を見つけた肉食獣のように輝いていた。


・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

「なにも言わずいなくなってごめんね。タイジュちゃんの所でちょっと急用ができたの。でも、もう大丈夫だから安心してね」

「神獣様、心配しましたよ。何事もなくてよかったです」


 シカモアは冷静かつ慎重だった。

 結局、杖には手を出さなかった。

 夢婦屯の監視がなく、杖も手に入る状況だったがこれだけでは脱走できない。 

 垣根と呼ばれる濃霧の壁。

 これを突破できないければ脱走は叶わない。

 魔法が使えるかわからない今、杖の力に賭けるのは無謀だと判断した。

 しかし、すでに新たな眷属はすでに生まれていた。

 侵攻までの猶予は思っていたより残されていない。


「シカモアちゃん、大丈夫? 難しい顔して心配事? よければ話してみて? 力になれると思う」

「いえいえ、お気づかないなく。大したことではありませんので」


 やばい。顔に出ていただろうか。


「やっぱり里に帰りたいの?」

「・・・神獣様。ここはとても素敵な場所です。里のことも心配ですが、忘れている記憶のこともあります。私の使命を思い出すまでは帰るわけにはいきません」


 当然、夢婦屯には思い出した記憶の話はしていない。

 一瞬、少女のように話す神獣が本気でこちらを心配してくれているような錯覚に陥る。

 しかし、彼女が里の侵略を目論んでいるのは明らかだ。

 油断してはならない。

 本気で心を許してはならない。


「でも、安心して。滝幕楽(タキマクラ)たちが育てば、私は自由に動ける。そしたら、あなたを里まで送っていける」


 侵略の際の道案内? いや、人質に使うということだろうか?


「でももし、シカモアちゃんが気に入ったのなら、ずっとここにいていい。タイジュちゃんから許可をもらったの。もうマヤちゃんに隠れなくてもいいの」


 この聖域から積極的に私を出したくないのだろうか?

 いや、情報漏洩の心配だ。単純に私を監視下に置いておきたいのだろう。

 とどのつまり、私がどちらの選択をして神獣たちには問題ないのだろうという考えにシカモアは至った。


「あっ、今度ハチミツパーティがあるの。でもあのナマケグマが暴れるかもしれない。だからシカモアちゃんは連れていけない。ごめんね。綿幕楽ちゃんたちは連れてくけど、滝幕楽ちゃんたちと楽しくお留守番よろしくね。あっ、そういえばまだ紹介してなかった?」

「今日初めてお会いしました。早速、垣根の修繕に大活躍でしたよ」

「あぁ、ホントにいい子達。これならすぐにマクラちゃん達を任せられる」


 いや、もう猶予はない。

 早くこの聖域から脱出しなければ。

 少女は神獣の会話に合わせながらも顎に手を当てて、いままで隠れて集めてきた物資を確認する。

 杖以外の旅の装備や綿幕楽の毛で作った道具の数々。

 この外出がチャンスだ。

 

 猫獣人の若族長は決意を固めた。

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