46葉 濃霧への進軍
「ふう・・・。これだけ集まれば問題なしにゃ」
スカラベの杖を片手に持ち、シカモアは満足げにそう呟く。
すでにネフティーの姿はない。少女は落ち着きを取り戻している。
しかし、その様子とは反対にアンデッドたち達の様子は禍々しい。
グールやゾンビのような肉体を持つアンデッドはすべて聖布を巻かれミイラ化している。
また、骨型のモンスターの額や非実体型アンデッドの中央には目のような模様の宝玉が付けてある。
その数は霧への到着時に比べおおよそ3倍。
1つの町を壊滅出来るほどの戦力だ。人里付近でこの集団が現れたならば国家が動くかもしれない亡者の大群。
それが余計な動作は一切せずに待機している。
主人たる少女の指示をひたすらに待ち続けていた。
「それにしても、まったく襲撃を受けませんね。どうやら野生動物からアンデッドまでこの霧の中に意識が向けられているようです。道中からその傾向にありましたが、目視できる距離でも無視するのはここが魔境であることを考えると異常なことです」
遠くで霧へと侵入するセジャの姿が見える。
こちらには目もくれず、霧へと一直線へと向かっていった。
「水がほしいだけなら外から舐めればいいはずなのに、一体何が彼らをそうさせるのでしょうか? もしかするとメジェドによる未知の魔法かもしれません。これだけの戦力を集められましたが改めて気合を入れ直さないと。今回はネフティーもいません。油断は禁物なのです。さぁアンデッドさん達、隊列を組んでください。そろそろ出発しましょう」
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順調だ、私はそう思った。
濃霧の中は外で受けた印象よりは視界はあり、3列先のアンデッドまで見える。
現在はひたすらに前進している。
瞳を持たせたアンデッドを先頭にしているので濃霧の中でも方角は大丈夫だ。
帰り用の道しるべ用に影変化の魔法【シュトアジャスト】によって外に待機させているアンデッドと自分の影を結んでおいた。万が一迷っても、これをロープ代わりに手繰っていけば霧の外へ出られるはずだ。
自分に言い聞かせるようにそう思う。
不安だ。なにか大切なことを忘れてしまっている気がする。
思い出せないもどかしさでさっきから胸騒ぎがやまない。
杖を握りしめ、気合を入れ直したときそれは視界に入った。
あいつだ。村に現れた新種の動物。
隊列の先頭のはるか前方にいるはずなのになぜかはっきりと見える。
羊の頭にアヒルのような体をしている。
書物でしかみたことないので間違っているかもしれないが、いずれも白の大地に生息する生き物だったと思う。
しかしこの組み合わせのキメラ種なんて文献では一度も見たことがない。
いたとしても黒の大地に来るには離れすぎている。
足元をいじってなにかしている新種生物。
一見するとおとなしそうな生き物だが油断してはいけない。
里の歴戦の狩人たちが交戦後に魔法を使えなくなる症状を訴えていた。
しかも、誰一人として攻撃を受けた自覚がなかった。
きっと知覚しにくい魔法に違いない。
まずはよく観察して見ないと。
私は周囲のアンデッドたちに合図を送る。
すでにアンデッドたちは厳戒態勢で新種の生物を警戒していた。
私より後列のアンデッドですらそちらを確認している。
おかしい。この後列の子たちには後方の警戒を頼んであるはずなのに指示が守られていない。
ダメ。
まだ戦闘指示は出していない。もっと引き付けて観察しないと。
待って。
他の子も着いて行かないで。命令を守って。
咄嗟に杖の魔力を引き絞る。
全力の魔素を使って支配下のアンデッドに命令を飛ばす。
視界内のアンデッドたちは止め、平常時の状態に戻った。
しかし、視界外から聞こえる布の擦れる音やアンデッド特有の酸っぱい匂いがなくなっている。
私の従えているアンデッドたちのほとんどがその羊頭のアヒルの元へ行ってしまったようだ。
既に私の視界にはあの生き物の姿を捉えることはできない。
さて、これからどうしようか。
お供が減ってしまった以上、このままの探索を続行するのは危険だ。
特にこの魔法で調べることの適わない謎の霧の中にいる時間は少ない方がいい。
選ぶは撤退だ。命綱にした影を手繰って元の場所へ戻ろう。
・・・ん?影の形が戻っている。どうして。
う。
どうして、どうしてこんな大切なことを忘れていたのだろうか。
魔法が効かない霧に入るのになぜ私は魔法で作った命綱を使った。
間抜けでは済まされない致命的なミス。
私は確かに浮かれてはいただろうが、そこまでひどかったのだろうか。
そもそもこの探索は私の私欲で始めたことで引き際は弁えてるつもりだった。
しかし、結果はこの通り。絶体絶命の大ピンチ。
こんなことなら・・・ってあれ?
どうしてこの霧に入ったんだっけ?
里の使命とは全く関係ないことだったとは覚えるのに。
なにか探し物があったんだっけ?
不安から、強く杖を握りしめる。
熟考により現実感を失いかけた感覚が現実に引き戻される。
いつの間にか、他のアンデッドたちともはぐれ一人きりになっていた。
ふと、一つの仮説が思い浮かぶ。
この霧には忘却の魔法がかかっているのではないか。
私は自分のうかつさを呪う。
しかしここで焦ってはだめだ。
歩き回って体力を消耗するのは下策だ。
敢えて動かずにじっと相手の出方を見よう。
きっと先ほどのアヒルのような動物を差し向けた者がいるはず。
先が見えないと分かりつつも、真っ白な世界で私は必死に目を凝らし続けた。
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・・・
どれくらい経っただろう。
ほとんど動かずに他の生き物の気配を探るも何も引っかからない。
如何に普段から魔法に頼り切っているかを痛感する。
魔法がなければ何もわからない。
不安で押しつぶされそうだが、スカラベの杖を握っているとなぜか落ち着く。
まるでこの霧から守ってくれてるみたいだ。
一刻も早くこの忘却の霧から出なきゃいけないが闇雲に歩き回るのは相手の思う壺だ。
姿の見えないなにかはそれの時を待っているのだ。
今はじっと耐え忍ぶしかない。
もう何も忘れてないといいけど。
残念ながらなにを忘れ、何を覚えているかさえ今の私にはわからない。
この霧を出たら、真っ先に自身に解呪の魔法を使わないと。
・・・! なにか動いた。上空。
遠すぎて姿はよくわからない。
多分、私のお供でも攻撃してきた敵でもないだろう。
しかしこの機を逃せない。
あの迷いのない動き。
ついて行けば霧から出れるかもしれない。
まずは霧から出てその後のことは考えよう。
ひらひらと優雅に、それでいてそこそこスピードでその影は移動する。
私は砂に足を取られながらも必死にそれを追う。
既に疲労困憊だがここで足を止めるわけにはいかない。
ここで死ぬわけにはいかない。
躓く。
一瞬、何が起こったかわからなかった。
自分が倒れていることに気づき後、顔と手で感じる感触によって何が起こったか悟る。
足元の感触が違う。そう、地面が変わったのだ。
砂よりしっかりしている。それでいて感触は柔らかい。
何かが当たってこそばゆい。
改めて上半身を起こしよく目を凝らして地面を見る。
草だ。
それも信じらないないほどぎっしりと生えている。
砂漠では決して自然にこんな生え方はしない。
里のみんなで育てている作物ですらこんなにない。
貴重な資源なはずなのに、その現実感のない生え方から薄気味悪さを感じる。
悪寒が走る。幻覚? この光景も攻撃?
杖を改めて握りしめると、生温い金属の感触を感じる。
いや、現実だ。
これは現実。しかし、ここはどこ?
ゆっくりを視線を上げて見えた光景。
それは文献、いや創作の物語ですら見たことのない驚くべきものだった。




