閑葉4 動き出す強者たち
遮蔽物のない砂漠の真ん中で1匹のアメミットが寝ている。
日は既に落ちて今は深夜。月明りが雲の隙間から砂の大地を照らしている。
眠るアメミットの周囲で蠢く影が2つ。
細長い影はアメミットを中心に点対称になるように旋回を始めた。
番の魔蛇・アスプだ。
どうやらアメミットはアスプの持つ眠りの魔法を受けてしまったようだ。
アスプは旋回をやめない。
眠った獲物への距離を詰めるわけでもなく、ただひたすらに2匹で円を描き続けている。
砂が削がれ蛇の轍がくっきりと見えるようになった頃に変化が起こった。
円の内側が黒く染まる。まるでここだけ月明りが届いていないようだ。
そしてその漆黒は小さな波を立てながらゆっくりとアメミットを飲み込み始めた。
その間も2匹のアスプは回っている。
深い眠りに誘われたアメミットは無抵抗で闇へと沈んでいく。
そこなし沼にはまったかのようにゆっくりとゆっくりと沈んでいく。
カバの下半身が飲まれ、ライオンの上半身も飲まれた。
最後にワニの頭が闇に沈む頃に突風に襲われる。
乱れ飛ぶ砂が通った後には、アスプも円もアメミットもそこには何一つ残っていなかった。
「くふふふ。首尾は上々じゃ。供物の収集ペースが予定よりもずっと早い」
暗がりで男の声が木霊する。
しわがれていながらも、活舌ははっきりして覇気を感じさせる声色だ。
「しかしアスプがどれだけ張り切っていたとしてもこのペースはおかしいの。獣どもが騒いでおる証拠じゃ。地上で何らかの事件でも起きたのか? ここが嗅ぎ付けられた? まさかな、場所が割れていれば100年も潜伏できていまいて」
老人は歩き回りながら独り言を呟くいている。
足音は聞こえず、老人の思案する声だけが辺りに響いている。
「しかし地上で事件が起きているならこれは好機。混乱に乗じれば、あの勇者気取りの独裁者への復讐も果たし易くなるというもの。我が友の復活、兵の準備でいろいろ忙しくなるの。ああ、せめてケプリの杖があればの。あれがあれば兵の方は簡単に集まるというのに」
老人の呟きを遮るようにずしんと大きな音が響く。
なにかが落ちてきたようだ。
「今晩も早速来たな。おお、これはなかなか上物のアメミットじゃ。さぞかし上質の魂がとれようて。さぁ、今宵も捧げよう。我が友、アポピスのために。くふふふふふ」
暗がりで男の声が木霊する。
歓喜と狂気を孕んだ声が延々と響き渡った。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
辺り一面、灰黒色の砂の海。
深淵の地の中心に彼女はいた。
「ここですわね。地下から強力な魔力の高まりを感じますわ」
気高さを感じさせる凛とした声で彼女は呟く。
「ここは100年前にかの竜が封印された場所。封印が解けようとしているのかしら。封印が弱かった? ありえない。あいつがそんなヘマするはずないですわ」
大胆な踊り子のような衣装に身を包む。
異性の誘惑する刺激的な衣装だが、彼女の着こなしにより下品さはない。高貴なドレスのような印象さえ受ける。
「何者かが封印破ろうとしていますわね。全く美しくない。どうせ力が欲しいとかそんなところでしょうけど、為すべきことは己が手で成し遂げるべき。そのやり方に全く賛同できませんわ。ワタクシが暴いてみせましょう」
彼女が気配を探ろうと魔力を練り始めた。
魔力を練り始めてまもなく何かを察知し咄嗟に振り向く。
遠くから何から彼女目掛けて飛んでくる。大きさ、スピード共に常軌を逸している。
「早速妨害かしら。不意打ちとは感心しませんわ、美しくない。いいでしょう、これ勝負ですわね。受けて立ちます。そんな攻撃、腕一本で止めて見せましょう。格の違いを見せつけて差し上げますわ」
飛翔物に対して華奢な右手をピンと伸ばす。
その他は特に構えることなく自然体だ。
程なくして衝突。
彼女は吹き飛ばされも潰れもしない。
しかし、飛翔物の威力は凄まじい。
砂を盛大に巻き上げ、彼女を砂に押し込まんと前進を続ける。
彼女も負けていない。
8本の足と2本の鋏、そして一本の巨大な尾を使い、踏ん張りの効かない砂地で粘る。
褐色の柔肌が眩しい踊り子の上半身と違い、腰より下はまるで戦車のような化けサソリ。
もはやそれは化けサソリの頭部から美女が生えていると言った方がいいかもしれない。
艶のある外骨格が徐々に砂に埋もれながらも確実に地面との摩擦で激突物の威力を削いでいく。
サソリ部分が半分埋まる頃にようやく飛翔体と彼女は停止する。
踏ん張り引きずられた跡が長々と残っている。
「まるで隕石ね。その威力だけは本物と褒めて差し上げますわ。しかし、ワタクシは見事腕一本で止めて見せましたわ。この勝負、ワタクシ誉美針の勝ちですわ! さぁ、姿を現しなさい。竜の復活を企む者よ」
飛翔体を優雅に投げ捨てると半人半サソリの踊り子が高々と宣言する。
しかし、砂漠には動く者はいない。空しく乾いた風が吹き抜ける。
「美しくない。負けを認めないとは。やはり、他者の力を奪おうと企む者は心在り方が歪んでいますわ。いいでしょう。こちらから探し・・・あら?」
先ほどの投げ捨てられた飛翔体、それは珍妙な姿だった。
黄金色に輝く球体から巨大なネコの頭と足が生えている。
ネコは気絶こそしているもの苦しそうな呼吸音が聞こえる。まだ生きている。
おそらく周りの球体が圧迫してうまく呼吸できていないのだろう。
「生きたままスフィンクスを大砲の玉にでもしたのかしら。なんて悪趣味な。しかし、こんな仕打ちを受けても生きようと足掻くこの子は美しいですわ。助けてあげたいけれど、下手に球を割ると止めを刺しかねませんわね。ここはあの子を呼びましょう。来なさい、ハグサリムカデ」
砂から数匹のムカデが湧いて現れる。
「このスフィンクスを纏っているものを壊しなさい。もちろん、中の子を傷つけないようにですわ」
ムカデは球体にしがみつくと、牙と足を高速で回転させ始めた。
しかし、回転させ方がおかしい。自分の胴体を軸にして節ごとの足同士をスライドさせるように回転させている。全身をチェーンソーの刃のように変化させてムカデは球体内に侵入を試みる。
黄色がかった透明感のある飛翔体。
表面は削れはするものの、なかなか内部へと掘り進むことはできない。
「この球、思ったより硬いですわね。これは私も少し手伝った方がいいかしら」
誉美針は少しかがむと尾針を構える。
空気が揺れる。それは誉美針の後方。
既に事を終わっていた。
彼女は動いたようには見えなかったが、球には小さな穴が開いていた。
巨大な尾針で空けるには小さすぎる穴だ。
「ムカデたち、この穴から掘り進めなさい。お膳立てしてあげたのだからあまり待たせないでちょうだい」
球の解体作業を眺めながら誉美針は思案する。
「これは普通の物質じゃありませんわね。魔法とは違う強い力を感じます。ここはヒト社会から離れた砂漠。魔法と別の力の法則が生まれても不思議じゃないけれど、その力が強すぎますわ。もしかしてまたアイツですの? アイツですのね。」
誉美針は怒りに震える。
ムカデたちはその覇気に怯えるように、作業の手を速めた。
「遠くの地にいるお兄様、どうか見ていてください。あの裏切り者、姫浜矢に正義の鉄拳を食らわせて見せますわ」
飛翔体が飛んできた方向を睨みつけながら誉美針はそう呟入った。
4章は10月最終週から始めます。
来週は設定を1回投稿するつもりです。




