44葉 はじめての花壇
朝だ。
日差しがとても清々しい。
やはりユメちゃんと一緒だと上質な睡眠がとれるね。
ハチミツパーティの日以降、ユメちゃんは俺のもとへ寝に来るようになっている。
彼女がため池に張り付かなくてよくなったことを喜ぶ半面、生まれたばかりの上位眷属に既に夜の垣根の管理を任せてしまっていることに不安も感じる。
マクラの扱い方もあんな感じだし、本当に大丈夫なのだろうか。
ため池に視界が飛ばせないことが悔やまれる。
俺の感覚を垣根外へ飛ばす試みはいままで一度も成功していないのだ。
最近はアレロパシーの訓練を優先してることもあってチャレンジする機会も減ってきている。
もしかすると、いままでのチャレンジが奇跡の失敗扱いになっていて、垣根を越えるための奇跡力必要量がピンポイントであがっているのだろうか?
ひょっとすると、‹感覚の奇跡›が垣根を越えられないことが楽園の常識になっている可能性もあるかも?
これは練習を頑張るよりも宣伝活動した方がよいのかな?
俺の感覚は垣根を越えるぞーって言い続けたら、嘘から出た真になるんじゃないかな。
まぁ、いいや。今日は楽園にとって大事な日。
なんたって<打開の種>を本格的に育て始める日なのだから。
建材の在庫がない問題は意外と早く解決した。
今回の問題は、ケットたちが少なくて蜜蝋の量産できないことだ。
なので、カノンたちにも作ってもらうことにしたのだ。
この提案を最初ノマドは眷属ごとに分泌液の性質が違うため、カノンの蜜蝋は質が低くなると言って反対した。
しかし考えてみてほしい。
花壇の仕切りに巨大モンスターの攻撃を耐える強度は必要ない。
質が下がっても量産できる方がもっと魅力的だと。
俺の説得を聞いて試しに作った花音蜂製の蜜蝋の強度は十分であった。
日常的に使う分には壊れることはないだろう。
俺は失念していたが、実は種を植える場所の問題もあった。
しかし、これはマヤが手を打ってくれていた。
俺の南西の方角に芝生地帯を作っていた。
パンデミック対策でちゃんと距離もそれなりにある場所だ。
ちょっと変わったこともあるが、マヤは本当にいつも頼りになる。
さらには打開の種から生まれた植物の管理をやってくれるらしい。
なんと管理用に新たな眷属まで生み出しているらしい。確かめてみると確かに矢虫に混ざって色味の違う芋虫がいる。その辺はちょっと相談して動いてほしかったが、まぁ結果オーライかな。
マヤの指示で既に必要な資材は運ばれているはず。
それじゃあ、俺も見学にいこうかな。・・・どうやって?
しまった。垣根の外じゃん。俺、お留守番なの? いや、体はいつもお留守番なんだけど。
「おはよう、タイジュちゃん。私の視界を借りればいい。垣根の上を越えていくから」
さすがユメちゃん。頼りになる。
そして、やはりこれってアレロパシーが無意識に飛んでるんだよね。
みんなが心の声を読む力があるんじゃなくて、俺が発信してたんだね。
うわー、死ぬほど恥ずかしい。
「恥ずかしがってるタイジュちゃんかわいい。それで、もう行くの?」
「うぅ、うん。行こうかな」
視界をユメちゃんに移し、目的地まで向かってもらう。
あっという間に到着するとまずはその広さに驚く。
せいぜい飛び地のクローバー畑くらいだと思っていたが、ため池エリアと同じ程の芝生を確保してあった。さらには蜜蝋で出来た小さな蟻塚のようなものまでいくつか出来ている。作業している楽園生物のために仮住まいだろうか。
中央にはむき出しの地面が準備してある。おそらくバンクが耕したのだろう。
現在もバンクは仕事中で、土と芝の境界でせこせこ溝を掘っている。
その溝へカノンが蜜蝋のブロックをはめ込んでいく。
もうすぐで一周しそうだ。
「あっ、タイジュさま、おはようございます。 そしてユメちゃんもおはようであります。お早い到着ですね」
「俺が見てるってわかるの?」
「当然でありますよ。見ての通り、花壇はもうすぐ完成。肥料団子、ため池の水、そして打開の種。すべて準備完了であります。植物が暴走した時のことを考えて、決闘蜂たちも手配済みでありますよ」
「むん、完璧。それにしてもずいぶんと大掛かりだね。こんなに広いスペース必要?」
「育成担当の眷属が羽化したら運用規模を大きくするのでそれを見越してですよ。ここで様々な植物を育てて、有益な植物を発見できた時はタイジュさまの元で増やそうと考えているのでありますよ」
「蜜蝋で鉢なんかを作ったらいいかもね」
「なるほど、ヒトの手法ですか。持ち運びは種の状態でと考えていましたが、確かに土ごと育った植物を運ぶこともノマドの眷属の力を借りれば可能ですね」
「マヤは物事決める時もうちょっと俺に相談してくれてもいいんじゃない?」
「大切なことはいつもそうさせてもらってますよ。タイジュさまのお時間を頂くほどでもない些細なことはこちらで処理してしているだけであります」
この言い分はちょっと怪しい。マヤは結構好き勝手にやっていると思うのだけど。
「ガハハ、我、参上っ! 作業は進んでおるかー」
「おはよう。タイジュちゃんより遅く来るとはいい度胸ね」
「ガハハ。タイジュと我は共生関係。つまり、win-winで対等な関係なのだ」
「ノマドちゃんがまだ変なこと言ってる。お仕置き、もっと必要?」
「何も悪いことは言ってないので不要なのだ」
「必要ってことね。試したい必殺技がたくさんあるのだけど、どんなのをご所望?」
ノマドは来て早々にユメちゃんとやり合っている。
こいつの煽りは本人が無意識なのが厄介なところだ。
「はい、エスカレートする前に終了ね。ユメちゃんの必殺技は今回のメインイベント潰しかねないからやめてね」
「ガハハ。夢婦屯が怒られてるのだ」
「ノマド、君に対しても言ってるからね。もっと考えてから発言しようね」
ノマドが鬣と言い張っている喉元の毛の中には決闘蜂たちが住んでいる。
つまり、今回のイベントに必要な役者は揃った。
いつの間にかブロックも積み終わったみたいだし、早速種蒔きを始めよう。
ゆーちょ達が肥料団子の中に<打開の種>を埋めていく。
細かい作業は彼女たちの得意分野だ。見回りや戦闘には頼もしい後輩ができたので、これからはこのような場面が彼女たちの活躍の場になっていくだろう。
埋め終わった種入り団子をバンクが等間隔で花壇内へと埋めていく。
楽園一の有能集団だが、一緒に暮らしていくうちに弱点も見えてきた。彼女たちがのびのび仕事できる環境を作るのが俺の解決すべき課題の一つだ。
カノンたちが6つの足全てで水を抱きかかえて飛び、上から撒いていく。
ハチミツを作れる上にこのなんでも掴める能力、音速飛行できる相方のケットたちのような派手さことないが非常に優秀だ。彼女たちが楽園をより豊かにしてくれると既に約束されていると言っても過言じゃないだろう。
今日用意した肥料団子は特別製。
効き目がかなり強いのですぐに育ち始めるはずだ。
おお。言ってる傍から、お。
俺は爆発が起こったと錯覚した。いいや、錯覚ではない。
命の爆発だ。
様々な形の芽が燃え上がるように萌え上がっていく。
芽はすぐに伸びその形を変える。茎、草、蔓、爪、口。
明らかに植物にはない部位まで発生している。
あっという間に大地は緑に覆われ、名もなき植物たちは絡み合い支え合い上へ横へと放射状に伸びていく。
ブロックの境界はあっさりと越えられて、花草は伸び進む。
いけない。美しい光景だが見とれてる場合じゃない。
ケットたちは既に動いていて、境界を越えた植物たちを剪定している。
しかし育成スピードが速すぎる。
「マヤ、中止だ」
すっ。
花壇に一矢刺さると植物たちの成長が鈍る。
鮮やかな緑色は徐々に土色へと変わっていき、その植物の塊は乾いていく。
やがて未知の植物たちの命は燃え尽き、花壇には消し炭の塊のようなものが残った。
マヤがさきほど放った矢には矢じりの代わりにケットの毒を濃縮した塊を使っている。
空気で分解されるため持続力はないが、その効果は絶大だ。
「タイジュさま申し訳ありません」
「いや、こっちこそごめん。育成促進のきのみ、強すぎたね。この花壇じゃ低すぎて機能してなかった。ただ、急成長させなちゃこの問題は大丈夫だし、ブーストなしでゆっくり育てていこうか」
「そうするであります。ちょっとヒヤリとしました」
うーん。最初からうまくはいかないか。
こんな日もある。
でも大丈夫。焦らなくても時間はゆっくりあるさ。
みんなで後始末をした後、そのまま解散となった。
この地の管理はマヤが行うことになり、種蒔きは後日改めて行うことになった。
種蒔きは失敗に終わったけど俺としては残念な気持ちはあまりない。
なぜなら、楽園とそこに住む生物たちの成長を実感できたからだ。
失敗しながらもゆっくりと前進していければそれでいいだろう。
そういえばユメちゃんが解散後に急いで帰っていった気がする。
やはり生まれたばかり上位眷属が気になるのかな。
いや、ないわ。ユメちゃんだし。
きっとペットの猫の方だろう。
ため池の様子も変わったみたいだし今度ユメちゃんに連れて行ってもらうとしますか。
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・・・・・・
・・・
夢婦屯は大空を優雅に羽ばたく。
その姿は流れる雲のようだ。
彼女は笑みをこぼしながら独り言を呟く。
「ふふ、私のこと待ってるかな。シカモアちゃん」
3章完結です。
4章はため池の様子が中心のおはなしになります。
お楽しみに。




