39葉 植物の言葉
ハチミツの噂が広がり、楽園内が活気付いた気がする。
特に弽蝶々たちは顕著で、大盛り上がりだ。
垣根が出来て以降、食糧調達が厳しくなったり、働けないバンクの分まで仕事をしたりと大変だった彼女たちにとって久々に手放しで喜べる朗報なのだろう。
ゆーちょ達は喋りはしないが動きで語る。
動きのキレがよくなり、羽ばたきの回数がいつもより激しい。
いや、ハチミツより飛び地のクローバー畑をそのまま貰えたから元気なのか。
ちゃんとお腹いっぱいごはんが食べられるからね。
俺のきのみは先輩たちが独占して新入りの子達まで回らない。
新人妖精の食事はチガヤだが、あれは糖分は少なくほとんど水。
やっとゆーちょ達全員に十分な食事がとれる環境が整ったのだ。
クローバー誕生から数日が経過している。
さすがにまだハチミツは出来ていない。
ノマドは前回の探索時にお城の建設予定地を決めていたため、現在はそこへ移住している。
居住地付近でクロークローバーを増やしつつ、ハチミツ作りをがんばってるそうだ。
クロークローバーもサザナミチガヤ並みに繁殖力が強い。
芝が砂漠を侵食し、クローバーが芝を押しのける。
度々クローバーが芝を押し切ってしまうため、ノマドは垣根のパトロールの度に芝と肥料団子を持って帰っている。
まだ、手探りながらお城の建設準備は順調のようだ。
ノマドもいないのでいきいきとバンクたちが仕事をしてい・・・ない?
どうして? 昨日はちゃんと働いていたのに。
「ガハハ。我、登場、なのだ!」
垣根が爆ぜ、黒い巨獣の隅呑窓が現れる。
バンクたちがいないのはこのせいか。
パトロールの時間にはまだ早いと思うけど、どうしたのだろうか?
「そういえばおまえに伝えなばならないことがあったのを思い出したのだ」
「どうした。 お城のこと? それともハチミツのこと?」
「城ではないのだ。ハチミツもまだ時間がかかる。タイジュよ。我と初めてあったときに我がおまえに言った言葉を覚えておるか?」
「えっ、なんだろ。急に言われても・・・あっ、クマじゃないのだ。獅子なのだ?」
「それではないのだ。言ったろう? 植物の基礎が出来ていないと」
あー。そんなこと言われた気がする。
「最初は植物の神髄を理解し、敢えて行っていないかと思ったのだが、ここに住みだしてわかったのだ。おまえは植物の神髄はおろか基本のきの字も知らない獣の心を持った植物だと」
うん。否定できない。だって元人間だもの。
「まあ、ここいらにはお前のライバル足り得る植物はおらんし、その精霊並みの奇跡力があればすべては事足りるのかもしれん。だが、我と共生する者としてそれは恥かしいことなのだ。教養として植物の基礎能力くらい使いこなしてほしいのだ」
なるほど。ノマドが言いたいことはだいたいわかった。
「もうちょっと植物らしい振る舞いを身に着けてほしいってことかな。それで、その能力はどんなものなの?」
「嘆かわしいのだ。使えないだけでなく、知りすらしないとは」
「ほら、ノマドも言った通り、俺の周りに植物少ないし」
「言い訳はいいのだ。これからは奇跡の訓練だけでなく、そっちの訓練もするのだ」
「あのー、ノマドさん。さっきの話、聞いてました? 俺、その力のことぜんぜん知らないの。だから訓練しようにもやり方わからないんだって」
「感謝しろ。我が教えてやるのだ。報酬もなしでいい。今、我は機嫌がいい。我の価値を理解し、十分な報酬を用意する者には多少サービスしてやってもいいのだ。ガハハ」
「ノマドはクマ・・・じゃなかった、獅子だよね? 植物のことなんてわかるの?」
「以前、植物に転生していたことがある。この体で使うことはできないが教えることくらいは出来るのだ」
「それは頼もしいね。ご教授よろしくお願いします、ノマド師匠。それで、その能力とは?」
「師匠とはいい響きなのだ。ガハハ。ガハハハハハ」
ひとしきり笑うと、ノマドが一旦間を置き改まる。
静寂。あたりに緊張感が走る。
「植物の基礎能力、それすなわち他の動植物への挨拶なのだ」
「あいさつ? 俺はみんなによく声をかけてるつもりだけど」
「動物の声で行うものではない。植物の声で呼びかけるのだ。その力をアレロパシーという。繁栄極める植物は高度のアレロパシーを使うものが多いのだ」
「アレロパシー? テレパシーみたいな? ああ、伝わらないか。テレパシーっていうのは、思念を直接相手に飛ばす奇跡みたいなものなんだけど」
「思念を飛ばすという表現は面白いな。それに近い性質の力なのだ。しかしこれは植物の持つれっきとした身体能力。奇跡など使えなくても普通は使える力なのだ」
奇跡で代用しようかなって真っ先に思ったけど、今回のノマドの主張を考えるとちゃんと身につけなきゃダメかな。うん、ダメだよね。
「タイジュ、おまえはよく植物だから動けないなどとほざいておるがそれは違うぞ。植物は動けないのではなく動かないのだ。どうやらお前は動き回る動物の体に憧れ、無意識下に植物のことを馬鹿にしておるように思えるのだ。植物は動かない、いや、動かなくていいように情報収集や動物の行動を誘導する術に長けておる。自分の代わりに周りを動かす、それこそ植物の生存戦略。そして、その基礎中の基礎がアレロパシーなのだ」
いつの間にか説教を食らっているが、心当たりがないわけではない。
自覚はなかったけど、やはり人の体に俺はまだ未練を感じているらしい。
自身ではもう吹っ切れたつもりだったのにな。
「詳しいことは動物の言葉で説明してもしかたない。とりあえずやってみるのだ。意図的に発信するのは難しい。最初は受信からなのだ。おまえの眷属たる芝の言葉を聞いてみるがよい」
「ちょっと待って師匠。まだやり方を習っていません」
「言ったであろう。動物の言葉では説明できない感覚なのだ。だから気合でなんとかするのだ。相手の植物そのものだけでなく、その周りの空気や土にも意識を配ってみるといいのだ」
最初のレクチャーからすでに根性論かい。
まあ、ノマドだし仕方あるまい。
ノマドに言われた通り、俺の周りに生える芝とその周囲に意識を向けてみる。
・・・確かに何かを感じる。
しかし、それが意味するところが分からない。
無理やり例えるなら、音と光と感触が混ざったモールス信号のような。
今の俺には解読不能な暗号だった。
「師匠。確かになにかを感じるけど、全く意味がわかりません」
「植物なら本能で理解できるはずなんだがな。きっと獣の心を持つおまえにはその辺のセンスが壊滅的なのであろうな」
「じゃあ、アレロパシーは使わずに今まで通り奇跡を使ってみんなとコミュニケーションを
「許さん」
「え」
「許さん。我の認めた植物としてその行動は許さん。毎日、植物の声を聴いてアレロパシーを習得するのだ。報酬はサービスといったな。あれはなしなのだ。報酬はおまえのアレロパシー能力を生かした我の城への防衛セキュリティー強化なのだ。なので、支払いにはお前がアレロパシーを習得しなければならないな」
「そんな。後付けでめちゃくちゃな」
「めちゃくちゃなのはおまえの方なのだ。獣の木。我の共生者として早くまっとうな植物になるのだ」
その後、めちゃくちゃ訓練した。
途中で戻ってきたマヤに助けを求めたが、意外にノマドの案に賛成した。
ハチミツの件でちょっと仲良くなったところをこんな時に発揮しないでほしい。
これ、大学時代のレポートなんかよりずっと頭使うんだけど。
その日は答えの見ない感覚のパズルを解く作業を日が暮れるまで延々とやり続けることとなった。




