36葉 クロークローバー
朝の陽ざしとともに飛び起きる。
昨日は勢い任せに解決の種を使ってしまった。
夕方の時点ではまだ芽吹いていなかったが、どうなっただろう。
気になる。今だけは時間を睡眠に使うことが惜しく感じるくらいに。
ノマドの発案で夜でも成長できるように‹光るきのみ›を太陽代わりに作ってみたが、うまく機能しているだろうか。
飛び地を見てみると芝とは色味が違う。
なんと飛び地全体が新植物に置き換わっている。
しかし、その植物は遠目にみても芝と変わらないくらいの背丈しかない草だ。
やっぱりやらかしたみたいだ。
昨日はハチミツの話題で盛り上がってその勢いでノマドを通して種を使っている。
建材としての利用がやっぱり頭から抜けていたか。
ワンチャンあるかと思っていたが駄目だった。
強く止めれないなかったし、それよりも久々にマヤの喜ぶ姿を見た気もする。
まあ、やっちまったもんはしょうがない。
ノマドが起きたらハチミツ作りの様子でも見学させてもらおうかな。
いろいろと考えていると弱弱しく飛んでくる妖精が一匹。
「タイジュさま、おはようございます。そして昨日はノマドの口車に乗り暴走してしまって申し訳ありませんでした」
「おはよう。昨日も言ったけどそれはこっちのセリフだよ。元はと言えば俺からのアイディアだし。それにマヤに元気を出してほして考えたわけだから、そうやってしょんぼりされると罪悪感が……」
「でもでも、貴重な解決の種を嗜好品などに使ってしまったであります」
「ゆーちょ達の食糧問題もあったしまあ結果オーライじゃない? それよりノマド作の植物を観察してみようよ」
遠目からじゃよくわからない。
マヤに飛び地へ向かわせての目を借りる。
「これはクローバーかな? 三つ葉だし」
「ただ、棘のようなものが葉の間から出ています。うかつに触るは危険でしょうか?」
「どうだろうね。でも、ハチミツ作りにはわりとメジャーな蜜源だった気はするよ。クローバー」
その植物は3枚の葉と3本の棘を持つ草だった。
膨らんだハート型をした葉を持ち、葉の間から湾曲した棘が突き出している。
その棘は獣の爪を連想させる。
また、既に花をつけているものもあった。
白くて球型の花。それは元の世界の路肩でよくみた花だった。
あっちでは花の下から爪は生えてなかったけどね。
というかこれ、クローバーの花だったんだね。
同じ植物だって認識なかったわ。
「ノマドはまだ寝てますね。よし、せっかくだから味も見ておきましょう」
視界が地上にぐっと近づき、白い花と接近する。
近づいたことで先ほどより細かいところまで観察できる。
球形に広がる花弁だと思っていたものは実は1つ1つが花であった。
その一つをマヤが掴み口元へ運ぶ。
一瞬、口の中に甘みが広がる気したが、この視界がマヤのものだということを思い出し錯覚だと気づく。
ん。マヤのサイズから考えてこのクローバーめちゃくちゃでかくない?
このクローバー、うちの妖精よりも背が高いんだけど。
もしかしたら建材に使える可能性が……ないか。
ノマドはとても大きい。2足で立った時の目線はユメちゃんと同じくらいだ。
下手したら象より大きいかもしれない。よって、サイズが足りない。
そもそもサイズの前に草って時点で柔らかくてダメだった。
くっ、吹っ切れたつもりがネチネチと終わった建材への可能性を考える自分が情けない。
「ふむふむ。なかなかに甘いですよ。タイジュさまのきのみ比べたら大味ですが。ゆーちょ達にはそのまま吸ってもらってもいいのではないでしょうか。しかし、1つじゃわかりませんね。品質にムラがあるかもしれないので、確認のためにいくつか吸ってみないと」
マヤさん。それ味見なんですよね? ちょっと吸いすぎではないですか?
既に何本も花が潰れてる気がするんですけど。
「こらぁあ。やめるのだ。それはハチミツ用の花であってお前のごはんじゃないのだ」
いつの間にか起きていたノマドが猛スピードで飛び地へ怒鳴り込む。
4足を使って大地を滑るように駆けていく。
「おはようございます、隅呑窓。大仕事を控えているのに相変わらず寝坊でありますか。安心してください。マヤが味見してあげたところ、花蜜の品質は問題ないでありますよ。いつでもハチミツ作りを始められます」
「嘘をつけ。味見ではないであろうが。こんなに食い荒らしおって」
「違うであります。蜜の品質にムラがないか確認したのであります。1本だけでは確認できないでありますよ」
「これ以上吸ったらハチミツはお預けだぞ」
「う……それは困るであります。それでは後はノマドに任せるであります」
マヤがクローバー畑から離れるとノマドがたてがみもどきを立てて抗議してくる。
「タイジュよ。なぜこいつの暴走を許していたのだ。危うく眷属へ渡す花蜜がすべて吸い尽くされるところだったのだ」
「ごめんね。最近マヤにお腹いっぱいきのみを振る舞えてなかったから、ちょっと止めるのに気が引けちゃってね」
「まったく、しっかりしてほしいのだ」
「じゃあノマド。作業を始める前にこの植物の紹介をよろしく頼むよ。どうやらクローバーみたいだけど」
「クローバー。ガハハ、そうなのだ。巻物にあった異界の植物を参考に作ったのだ。名付けてクロークローバーなのだ」
ノマドが上機嫌にわらうと長い爪を器用に使ってそのクローバーを1本引き抜いた。
「このクローバーはただのクローバーではないのだ。我の眷属の力と合わせることで強力な奇跡を起こす草なのだ。葉、爪、花粉、蜜などなど、部位ごとにそれぞれ違った奇跡が詰まっているのだ。これらを掛け合わせることで無限の可能性を生みだすことができるのだ。ガハハ」
おお。思いつきのやっつけ仕事だと思ったら意外にいろいろ考えてたようだ。
しかし、肝心の中身が全く伝わってこない。それって結局なにができるの?
「それでは御覧に入れようなのだ。行け。花音蜂」
ノマドが腹部の腹巻模様をポンと叩くと、その中からぞろぞろと何かが飛び出してくる。
ノマドと同じく黒と黄色の生き物。全体的に丸みを帯びたフォルムにふさふさの体毛。
羽音を無遠慮に響かせながらクローバー畑を飛ぶのはどう見てもミツバチにしか見えない。
花音蜂と呼ばれた生き物はクローバーの花に止ると花弁の中に針のような口を突っ込む。
むん。ミツバチだ。
どっからどう見てもなんの変哲もないミツバチにしか見えない。
あ、でもクローバーが大きいことを考えるとこの蜂もそこそこ大きいのかもしれない。
改めてみるとバンクくらいの大きさはありそうだ。
「続いて行くのだ。決闘蜂」
ノマドが水浴びの後の犬ように体をぶるぶると震わせると、鬣の裏から勢いよく何かが発射された。
警戒を表す黒と黄色の生き物。先ほどとは打って変わってシャープなボディにてかてかの毒針。
音を置き去りに高速で飛び回るそれはアシナガバチかスズメバチのようだ。
決闘蜂と呼ばれた生き物はクローバーの葉に止ると間の爪をペンチのような顎で切り取り始めた。
そういえば昨日きのみから2匹生まれてたな。種類違いだったのね。
花音蜂に比べて数が少なく体が大きい。
高速の移動力に強靭そうな顎や毒針。戦闘要員として申し分無さそうだ。
そういえばノマドの眷属の戦闘力も当てにしてたんだった。
花音蜂のような非戦闘員っぽい眷属を生むのは予想外だったが、こいつらなら頼りがいがありそうだ。
「ノマドの眷属は2種類いるんだね。マヤもユメちゃんも1種類だったからなんか新鮮」
「ガハハ、そうなのか。1種類の生き物になんでも仕事を押し付けるのは非効率なのだ。適材適所が一番なのだ。なぁ、姫浜矢。ガハハ」
「ぐぬぬ……ノ、ノマドの言う通りでありますね。タイジュさま、マヤはちょっとユメちゃんに用事を思い出したのです。ちょっとため池まで行ってきまーす」
あっ、逃げた。
もしかして眷属は1種類だけだと思い込んでいたのかな?
マヤもユメちゃんも2種類目の眷属は作ろうとしてなかったし。
ノマドが勝ち誇ったように笑っているし俺が見てない間になにかやりとりがあったのかな?
「なんかいろいろ脱線しちゃったけど、今やっていることはクロークローバーの奇跡の力の確認だったよね。結局、どんな力なの?」
「それは我の眷属たちがこのクローバーを原料になにか作ったときに発揮する力なのだ。」
「つまり?」
「ハチミツが出来上がるまで解説はお預けなのだ。しばし待つのだ」
ノマドくん、けっこう引っ張るね。




