35葉 贈りもの選び
今日の楽園は珍しく静かだ。
マヤはため池へおつかい。
ノマドは城の候補地の探索。
他の楽園生物たちも黙々と自分の仕事をしている。
普段と一番違うのはノマドの行動だ。
前回の芝の調査時にできた芝生を渡そうとしたがノマドからは断られてしまった。
場所にはこだわりたいらしい。
でも、確かにあの場所はちょっと近すぎるか。
最高の場所を探すのだとか言って肥料団子と芝を一掴み握って出かけて行った。
バンク達の現状を考えると正直ありがたい申し出だった。
弱肉強食を謳うノマドだが意外とバンク達のことも考えて考えて……いや、ないか。
あいつは自分の欲望に正直なやつだ。それはないか。
ゆーちょ達は今日はあまりちょっかいを出してこないし、さらにバンク達はノマドが留守の間にやりたい仕事が山積みだ。
つまり、暇。
こんなときはマクラを眺めながら考え事に限る。
飛び地でできた芝生。
どうやって活用しようか。
優先順位で考えれば、打開の種の育成実験だ。
しかし、楽園から近すぎる。
垣根で隔ててあるとは言え、ちょっと怖い。
パンデミックが起こることを考えると鉢か花壇か、そんなもっと物理的な仕切りがあって気軽に廃棄できる育成場所がほしい。
そうなるとノマドに託した建材用の解決の種、あれを植えるのはどうだろう?
どんな城を作る気は知らないが、レンガの代わりになるようなものがあれば花壇を作ることもできるだろう。
問題はあいつのイメージがどれくらい固まっているかだ。
どうやら以前に相談したユメちゃんからはいいアイディアはもらえなかったらしい。
そりゃあ、今ユメちゃんは自分のことで精一杯だよね。霧の制御は大仕事だ。
できれば、サザナミチガヤ並みに使い方を練られた植物を作ってほしいのだけど……思いついてないなら育てられないな。
飛び地の利用はあと回しでいっか。
今一番なんとかしたい問題は別にある。
マヤとノマドの不仲である。
とにかく言い争いが絶えない。
今はノマドが受け流しているがいいが、いつか本気で喧嘩になりそうで怖い。
……ん。自分で言ってて違和感を覚える。
ノマドが受け流す。あんな性格のノマドが?
思い返すとノマドから吹っ掛けたことは意外な程少ない。
いつもマヤから難癖つけて口論が始まる。
実は二人の不仲ではなく、マヤになにか問題が発生してるのでは?
そう思うと心当たりがいくつか出てくる。
最近はずっとため池との往復ばかりだし、きのみもねだってこないし、遊んでいるところも見ていない。
楽園生物たちのまとめ役として忙しすぎて、ぜんぜんストレス発散できなてないんじゃないかな?
マヤは本音を隠すのがうまい。
たぶん、俺に気づかれないように気をつかっているんだろうな。
そうだ。マヤへ何かプレゼントを作ろう。
ストレス発散できるものがいいけど、なにがいいか…
まぁ、食べ物がいいよね。そしてとびっきり甘いやつ。
でもきのみじゃいつも変わらないし、なにかもっと特別なヤツがいい。
一人で暇だし、アイディアでも練るかー。
バンクの警戒の咆哮。
それは突然襲ってきた。
垣根を抜けて戦闘機のような暴音を鳴らし突撃してくる飛翔体。
狙いはゆーちょの一匹。飾り気が少なくまだ新人だろう。
戦闘経験は少ない。なので当然、迎撃は間に合わない。
「させないのだ」
景色が揺れるとそいつは既にいた。いや、事は終わっていた。
ノマドが戻ってきていたようだ。
それにしても普段の振る舞いやその巨体には似合わない俊足。
ちょっとびっくりした。
「ふむ。こいつは初めて見たのだ。タイジュよ、我はここに来て日が浅いから判断できん。この生物はたまにくるのか」
こっちの世界では初めてみた。
黄色と黒の縞模様、本能的警戒心を煽る配色で人殺しすら可能な毒虫の代表。
「蜂だね。もしかしたら、垣根の存在が遠くからも生き物を呼び寄せてるのかもしれないね」
「垣根は地上から離れるほど薄くなるのだ。砂漠には飛行する生き物が少ないが、遠くから来るとなると少し厄介なのだ。空中戦力が姫浜矢の眷属だけじゃ心もとないのだ」
ノマドは掌の蜂をしばし観察すると口へ放り投げた。
蜂って美味しいのだろうか。ハチミツならともかく……
お。そうだ。
「ハチミツだ!」
「ヴェッホ、ゴホ。喉にトゲが。いきなり大声だしてどうしたのだ」
「ノマド。蜂だよ、ハチミツだよ。養蜂してハチミツ作ろう!」
「ハチ……、ハチ……ミツ、なるほど、そういうことか。タイジュ、さてはおまえ天才だな」
「いい考えでしょ」
「確かに一石二鳥なのだ」
むん。ゆーちょたちの食糧問題も解決するし、マヤもきっとハチミツに癒されて心のゆとりを取り戻してくれるはず。一石二鳥ないいプレゼントだな。
でも、よく考えたらハチミツの原料の花の蜜があれば、ハチミツにしなくてもゆーちょ食糧問題解決だよな。まぁ、結果的に一石二鳥だから問題ない。大義名分は我らにある。
「蜂も捕まえなきゃだし、花畑も作らないとだね。」
「何を言っているのだ? 我の眷属を蜂にすれば問題ないし、花畑は解決の種があるだろう。おあつらえ向きに近場に芝生もできている。全部おまえが下準備してくれたのだろう。据え膳食わぬは男の恥なのだ。さっさと始めるのだ」
ノマドが俺の幹に軽く爪を立てると奇跡力を流し込んできた。
ノマドの言い分にピンとこず戸惑っているところへの不意打ち。
体がだんだん熱くなっていく。
いつも生んでいるきのみの生え際がチクチクと痛い。
まさか俺の意思に反して勝手に生まれてる?
急速に膨らむきのみは黄色がベースに黒や茶色が混ざっていて、いつもより丸みを帯びた形状だ。
まるでスズメバチの巣のようだ。
きのみが落下し、空中でパカリと開く。
中からは大小2匹の蜂。
螺旋を描く様にノマドの元へ降りていく。
大きい蜂はノマドの首元の鬣もどきに、小さい蜂は腹部の腹巻模様にそれぞれ潜っていく。
いつもとは違う脱力感を覚える。
「まずは数を増やさないとな。次は種まきなのだ。タイジュ、解決の種を寄こすのだ」
「ちょっと待って。何の植物を育てる気?」
「ただいまであります。お二人ともどうしたのでありますか?」
「おう、姫浜矢よ。タイジュとハチミツ作りをすることになったのだ。あとは解決の種をこないだの飛び地に植えるだけなのだ」
「今なんといいましたか? ハチミツですか? ハ・チ・ミ・ツですね。なんて甘美な響きでありますか。これはタイジュさまの計画なのですね! なら素晴らしい。なんて素晴らしいであります! 急いで種とってくるであります。あぁ、ハチミツ」
「我は先に行って待ってるのだ。勝手に植えるなよ。それを植える権利は我が報酬としてもらったものなのだ」
「わかってるでありますよー」
ちょっと二人ともっ!? 何の植物植えるのよ?
それ、建材用の植物の種なんだけど。
一旦、冷静になって考えてから……ああ、行ってしまった。
というか、二人ともめっちゃ仲良しじゃん。
いや、仲良しというより目的が合致してる故に利用し合ってる感じかな?
仲はともかく互いのことはよくわかってるみたいだしね。
ともかく、マヤとノマドは共通の問題があれば協力して頑張ってくれることはこれでわかった。
緊急時に足の引っ張り合いなんてみたくないからそれはホントによかった。
ノマド、建材のこと、覚えててくれてるかな?
発案は俺だし、ノマドに文句は言えないね。
しかし、ハチミツに眷属と種、両カード切ったか。
やはりクマはハチミツに目がないんだな。
暴走しすぎないかちょっと不安だが、出来上がりが今から楽しみだ。




