34葉 縁の下の力持ち
思い立ったらすぐ行動。
俺とマヤは芝の調査を始めた。
ノマドが近くにいるとマヤいちいち怒って仕事にならないので、ノマドにはユメちゃんと解決の種の植物案を考えるように言ってため池へ向かわせた。
ノマドは決して悪い奴じゃないんだけどね。
俺の傍をあまり離れないのは、用心棒としていつでも動けるようにするためだと言ってたし。
ちょっと言い訳くさいけど。
俺が暇なときには積極的に話し相手になってくれる一方で、奇跡の練習やみんなの食事の準備をするときは決して邪魔しない。
まわりを見ていないわけではないのだ。
ただちょっぴり周りに合わせるのが苦手なだけなのだ。
そして、仕事増やしてごめんね、ユメちゃん。ただでさえ忙しいのに。
以前にマヤに持たせた差し入れは喜んでもらえただろうか。
垣根に遮られると<感覚の奇跡>による視界ジャックが飛ばせない。
なので、最近のため池の様子はマヤから聞いたことしかわからない。
最も情報漏洩を防ぐ意味ではありがたい。
こちらの様子が分からなければ、この間のメジェドのように群れで強襲する計画は立てにくいはず。
おっと脱線失礼。
今は芝の調査だ。と言ってもどうやって調べようか。
「とりあえず、抜いてみましょう」
地上に降り立つマヤ。
彼女の袴の半分が芝に隠れている。
芝ってこんなに長かったっけ?
どうも人間時代のサイズ感覚が未だに抜け切れていない。
以前に万能動植物図鑑である巻物の情報からマヤの体長を推測したことがある。元の世界の単位を使うとだいたい1メートル。
ちなみに推測の判断材料にしたのはバンクで、頭からしっぽの先まで50~70センチ。
俺の目線ではとてもちっちゃい妖精に見えるマヤだが、人からは翅の生えた小人に見えるんだろうな。
と言うことは、この芝の長さはだいたい30センチくらいかな?
俺が思っていたより大分長い。芝生というより草むらだ。
今思うと芝を歩くバンクたちは耳しか見えないこともにあった。
どうやら普段俺に見てほしいときは芝をわざわざ寝かせていたんだみたいだね。
バンク達の意外な努力が明らかに。
何気にマヤの次に付き合いが長い芝だけど、俺はいままでぜんぜん気に留めてなかったことがわかるね。
もっと周りをよく見ないとね。反省。
きれいに根っこまで引き抜いた芝を掲げるマヤ。
弽を着けた手をかざして何かを感じ取っているようだ。
「どうやら奇跡力は根に集中しているみたいでありますね。ここに特別な能力がありそうです」
根に特別な力か。なんだろ?
奇跡の芝。俺の奇跡力に合わせて広がる芝。楽園の範囲を決める芝。
む。ちょっと気にあることがある。
「マヤ。芝の抜けた後ってどうなってるの?」
「はい。草を抜いた後ですから、地面があるでありますよ」
「その地面はなにかな?」
「どういう意味です? 地面は地面でありますよ」
「ここは元は砂漠だったんだよね? その地面は砂地? それとも土?」
「そういうことですか。土でありますよ。芝は砂地からは生えませんからね」
楽園の地面は土である。
これはいままでも認知していた。
俺が根差すにも、バンクが巣を掘るにも砂地にはとてもできない。
しかしいままで考えたことがなかった。
その土はどこからやってきたのか。
「よし。抜いた芝を砂漠に植えてみよう」
「タイジュさま、それは流石に枯れちゃうのではないですか?」
「肥料団子を使うよ。芝の奇跡の力がわかったかもしれない」
肥料団子とは砕いた‹成長促進のきのみ›と楽園の土をため池の水を使って混ぜ固めた泥団子だ。
バンクがサザナミチガヤを育てる様子みてひらめき、常にバンクの巣に作り置きがある。
マヤの指示で1匹のゆーちょが肥料団子を取りに行く。
そういえば、ノマドがいないのにバンクたちが出てこないのはなんでだろう?
女王バンクが定期的にバシバシ叩いてくるからみんな元気のはずなんだけど。
マヤが団子を受け取ると、団子に芝を植え付け、葉だけが地表に出るように垣根の外側の砂地へと埋めた。
ギリギリ目視できる位置でマヤが斜めに楕円を描いて飛び回る。
どうやら植え終わったらしい。
あとは芝が育つのを待つだけだ。
肥料団子の効果は絶大だ。数時間もすれば結果がわかるはず。
芝が育つまでマヤとお喋りをして待つこととなった。
「垣根が出来てからずっと楽園の運営の話しかできてないし、たまにはゆるーくおしゃべりしようか」
最近、マヤは常に忙しそうだ。こういう時間も必要なはずだ。
楽園以外のこととなると、魔法のことや精霊の話が聞きたい。でも厳禁だ。
以前にそういう話題を振ったことがあるが、のらりくらりと躱されてしまう。
それでもしつこく話を聞くと、何故かゆーちょ達が集まり出し、創作ダンスの発表会が始まってしまう。
そして俺は策略だと知りつつも、それを見入ってしまうのだ。
妖精たちに釣られてしまう自分が情けない。
俺がどの話題を振ろうかと考えてるうちに、マヤは既に喋り始めていた。
あのきのみの味がどうだの、ゆーちょ達に流行っているファッションがどうだの、俺は相槌を打つだけで精いっぱいだった。
女の子はお喋り好きだからね。わざわざ俺が考える必要なかったね。
ただその中でゆーちょ達のユニット間の繋がりが強くなりすぎて、派閥化しているという話が気になった。確かに最近はゆーちょ達は決まったグループで行動していることが多いし、俺でも見分けのつく最初の3匹が一緒にいるところを見てない気がする。この話、もうちょっと詳しく聞くべきか?
って、お?
「マヤ! マヤ、見て。 さっき植えた芝がもう増えてるよ」
「よ? ホントでありますね。ちょっと確認してくるでありますよー」
植えた場所へと一直線に飛んでいくマヤ。
到着するとさきほどと同じ楕円で合図する。
「ぎっしりと生えてるでありますよー」
「むん。じゃあ、地面を確認してみて」
「どれどれ……お、土であります。タイジュさま、さっきまで砂だったのに土に変わってるでありますよ」
確定だ。
確認できた芝の奇跡の力は二つ。
1つは自身が生えている場所を土に変える奇跡、もう1つは奇跡力に応じて増殖する奇跡だ。
増殖に関しては何を今更と思うかもしれないが、いままでの認識とは明確な違いがある。
それは俺の奇跡力の増加以外にも意図的に芝を増殖させる方法があるということだ。
つまり、楽園の広げ方を調整できるということだ。
いままで俺の状況に応じて円状に広がっていた楽園だが、必要に応じて形を変えることもできる。
以前に楽園が広がりすぎて大変だったこともあったが、練習次第で芝への奇跡力を絞ることで楽園の広がりすぎも防止できると思う。
突如、垣根が爆ぜる。
真っ黒な巨獣がご機嫌な登場を決める。
「ガハハ。我、帰宅!」
「思ったより早かったね。植物のいいアイディアは思いついた?」
「ガハハ。水でできた小山はなかなかの迫力だったのだ」
質問をスルーし興奮気味にノマドは言った。
小山? そんなのため池にあっただろうか?
マヤからは順調に水の貯蔵が出来ているという話しか聞いてない。
もっと詳しい話をきくべきだったか。
「タイジュよ。我も夢婦屯のように自分の土地がほしいのだ。これから我の城を作るのだから当然土地も準備しているのだろう?」
確かにずっとここにいられてもバンク達に悪い。
引っ越してもらった方がいいだろう。
俺はマヤが飛び回る飛び地の芝生を見る。
ちょうど今いい引っ越しアイテムができたことだしね。
芝付き肥料団子。
これがあれば好きな場所を楽園に変えられる。
芝の力のおかげでいろんな問題の解決の糸口が見つかりそうだ。
いままで楽園生物を文字通り支えてきた縁の下の力持ち。
いままで目立たずにいた奴らのポテンシャルはとっても高かったようだ。




