33葉 打開策は未完成
朝の日差しを強く感じる。
楽園が広がって垣根が少し遠のいたからかな。
新たな仲間を迎えて久しぶりに広がった芝生。
垣根もちゃんと楽園の端に合わせて移動できている。
むん。ユメちゃんもうまくやってるようだ。
でも、目覚めたときに彼女の温もりがないのは淋しい。
垣根の操作をできる生物を増やすべきだな。
メジェドのおかげで垣根の維持は比較的楽だが、今回のように楽園の形が変わるときには調整が必要だ。
ユメちゃん一人しかできないのは問題だろう。
これも課題だな。
ああ、また課題に追われてるなぁ。
理想は課題のために頑張らなくていい場所を作ることだ。
でも、今の楽園にはそんな力はない。垣根が作れたときのような幸運はそう何度も来ない。地道に頑張るしかないのだ。
数匹のゆーちょが垣根の近くで何かしている。
半数は俺の葉を持って垣根の表面を撫でている。
もう半数はその真下にきのみをくりぬいた壺を持って待ち構える。
何をしてるのかと言うと水の確保だ。
煽った葉は濃霧を集め、雫を落とす。それを回収するのだ。
本来であれば壺持ち係はバンクのはずだが、ゆーちょたちがやっている。
それどころか、垣根を見張る黒い円も物資を運ぶ黒い列も見当たらない。楽園にカーバンクルの影も形もない。
はっきり言って異常事態だ。
原因はもちろん俺の根本で仰向けに寝ているコイツ、ノマドだ。
なんと蟻が大好物らしい。
バンクたちは蟻っぽい狐であり、本物ではないのだがノマドにとっては些細な問題らしい。
しかし、楽園にとっては死活問題だ。
なにせ楽園の重労働のほとんどを担っているバンクが、ノマドを怖がって仕事が出来ていないのだ。
いつもきれいだった芝生の上には、マクラの抜け毛や矢虫の食べ損ねた葉などで散らかり放題だ。
隅呑窓の仕事は垣根の中のパトロール。
しかし、ずっと霧の中を巡回しているわけではない。
日に2~3回垣根に潜るくらいで、後は俺の根をベッド代わりにゴロゴロしてるだけだ。
このタイミングでしかバンクたちは巣穴から出てこれないのだ。
これはさすがにまずい。
バンクたちを救う手立てをなんとか考えねばならないな。
「おはようございます! タイジュさま。今日もサザナミチガヤをもらってきましたでありますっ」
満面の笑みで飛んできたマヤだったが、俺の根元でいびきをかいて寝ているノマドを見た瞬間、憤怒の形相に早変わりした。
「このナマケグマっ! 一体いつまで寝てるでありますか! さっさと働くでありますよ」
「ぬ。もう朝か。タイジュよ、おはようなのだ。姫浜矢、我はクマじゃないのだ。獅子なのだ」
「もう朝かじゃないでありますよ。自分の仕事をちゃんとするでありますよっ」
「ガハハ。垣根の獣たちはタイジュの肉壁にするのに適当に生かせなければならないのであろう? 朝昼晩に顔を出せば十分なのだ。ずっと張り付く必要ないのだ」
「その朝の仕事をさっさと始めてほしいのですが。あと、あなたがそこにいるとバンクたちの仕事の邪魔なのですよ」
「我がいても仕事はできるのだ」
「じゃあ食べようとしなくでください」
「それは美味しそうな蟻狐たちが悪いのだ」
「じゃあせめてバンクたちができない分、タイジュさまのまわりの掃除くらいやりなさいよ」
「我の仕事は用心棒であろう? いやなのだ」
また始まったよ。
マヤさん、仲良くする努力するって言ったじゃない。
毎日毎日喧嘩ふっかけないでよ。
こういう相手はおだててその気にさせなきゃ動かないのにな。
真っ向から叱っても逆効果だよ。
1歩進んで2歩下がるって感じだ。
問題解決のための一手を打ったことで余計に課題が増えている。
これじゃあ、出てきた課題をこなしていても状況は改善していかないだろう。
ここは以前から練習中のあの奇跡の完成を急ぐ必要があるだろう。
打開の種の完成だ。
打開の種とはマヤと俺が構想しているランダムな奇跡の力を持つ植物を生む奇跡だ。
多種多様な植物を生み出すことで行動の選択肢を増やし、これから起こる課題に予め備えることができる。
動植物ともに種類に乏しい今の楽園にはぜひともほしい種である。
しかし、実用化の道のりは長い。
着実に前進はしている。
実を言うと種の発現には成功している。
でも実際に育ててみると、こちらにもに新たな課題が現れるのだ。
ノマド転生の前に、マヤと俺は完成させた種を砂漠に植えてみたことがある。
芝生ではなく砂漠に植えたのは楽園に有害な植物が生まれることを考えてのことだ。
食虫植物が生まれてゆーちょやバンクが引っかかったりしたら大変だからね。
以前に俺が指摘した発育スピードの問題は解決済み。
ため池の奇跡力を含んだ水を与え、成長促進の奇跡を込めたきのみを肥料としたことで迅速な植物育成が可能となっていた。
その結果生まれたのはサボテンを中心とした砂漠に生える多肉植物たち。そして、あろうことか奇跡の力を持っていなかった。
その後、幾度か実験を重ねて二つの仮説を立ててみた。
一つ、打開の種は育成環境にあった植物にしかなり得ない。
二つ、植物の奇跡の力は育った大地の奇跡力に依存する。
この二つの仮説が正しいとすると、楽園の土地で実験するしかない。
しかし、それは大きな賭け。
最悪、植物型モンスターが楽園生物を襲ったり、邪魔な植物が大繁殖するかもしれない。
俺が回想を交えながらうんうん悩んでる間も2柱の精霊は言い争いを続けていた。
マヤがなにやら早口で捲し立てているが、ノマドは気にする様子もなく俺に問いかけてきた。
「なぁタイジュ。力を持つ植物づくりに執心してるようだが、すでに生み出した植物もあるのだろう。我に教えるのだ。例えば、この芝はどんな力があるのだ?」
「これは別に生み出したわけじゃなくて、俺の奇跡力に合わせて増減する芝生だよ」
「ほんとかぁ? まさかそれだけではあるまい。 この芝のことをもっと教えるのだ。コイツはふかふかでなかなか踏み心地がいいのだ」
よくよく考えたら俺はこの芝のことを何も知らないかもしれない。
楽園のテリトリー兼俺の奇跡力パロメーターって認識だったけどなにか他に力を持ってるのかな?
正直、気にとめたことがなかった。
この際だしちょっと調査してみよう。
ほらマヤさん、ぷんすかしてないでお仕事だよ。