32葉 精霊・隅呑窓・下
転生させて早々に問題発生。
俺目掛けて襲い掛かってきた隅呑窓。
格下認定されて襲われる。
打ち合せ後に想定していた最悪のパターンだ。
そう。この展開は想定内。
この世界にきて多少は修羅場を潜ってきたつもりだ。
この世界には魔法や奇跡はあっても、アニメや漫画のようなご都合展開はない。
あるのは大自然の中の生存競争。
生き抜くには少し臆病なくらいに危険の匂いには敏感にならなくてならない。
それにしてもこのクマ、人が気にしてることをずけずけと言ってくれる。
案山子を自称する分はいいが、面と向かって指摘されると腹立つな。
誰が、虚仮脅しの奇跡力タンクじゃい。
いいだろう。垣根の外敵狩りを通して向上した戦闘能力を見せてやる。
戦うのは楽園生物たちなんだけどね。
がんばれ、みんな。いのちはだいじに。
「ゆーちょは陣を展開。バンクは罠を起動」
葉の陰から弽蝶々達が飛び出し、弓を構える。
装備は俺の枝で作った弓と‹模型のきのみ›製の矢だ。
濃霧に住み着いた獣たちの戦いを経て戦闘経験を積んだゆーちょ達は巨大な獅子を統率のとれた動きで陣を張る。
突然の妖精たちの出現に驚くもさらにスピードを上げる隅呑窓。
射撃を受ける前に距離を詰め、ゆーちょ達を先に落とすつもりのようだ。
さすがマヤが認めるだけあって、バトルセンスは抜群だ。
臆せずに攻めてくるな。しかし、その行動はこちらの思うツボなんだよね。
「うおっ、なっなんなのだ。地面が」
ギアが上がり足元お留守になっていた隅呑窓は何かに足を取られる。
落とし穴だ。
かつてアメミットを葬ったバンク達の必殺技だ。
しかし、打ち合わせと違い、バンク達が穴から追撃を仕掛けない。
一見、隙ができたように思えるが、違うのか。
まさかバンク達が恐怖している? それほどに恐ろしい相手ということなのか。
「ガハハ。これはなかなかに策士なのだ。まさか気を獣に寄せることで、自らの中に牙を隠していたとは。なるほどなるほど、ただの虚仮脅しとうわけではないらしい」
体勢を素早く立て直した巨獣からは殺気が消え失せている。
「それでも植物の気を断つのは気に食わんのだ。まぁ総合してギリギリ及第点というところなのだ。前言撤回、共生を望める者として話くらいは聞いてやるのだ」
よくわからんが、なんとか機嫌は直ったらしい。
もしかして試されてただけなのかな? んーどうなんだろ。
正直にいってそんな思慮深そうには思えないけど。
とりあえず、気を取り直して話を進めよう。
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・・・
「つまりは楽園を守る用心棒ということだな。ついに世界でも滅ぼすかと思えば、なんともやりごたえの無さそうな仕事なのだ」
「でも、自由な時間はいっぱいできるよ? くま……ノマドはやりたいこととかないの?」
「そうだな。贅沢は言わんが、好きな時に好きなだけ暴れまわれて、うまいものをたくさん食べられて、メスを大勢囲えればそれでいいのだ」
「欲望に忠実だね。それはとっても贅沢だよね?」
「ガハハ。弱者には贅沢かもしれんが、最強の獅子である我にとっては贅沢でもなんでもないのだ」
「まぁ、欲深い人間ならそれに加えて城か豪邸に住みたいなんて言うだろうけどね」
「聞き慣れない言葉なのだ。タイジュよ、城とはなんなのだ?」
「人間の偉い人やら金持ちが住む大きな家だよ。とても豪華で派手で強固な住処、動物的に言ったら巣かな」
ノマドのまんまるな瞳に欲望の火が灯る。口元が下品に歪んでいる。
おっ、これはなかなか反応。
どうやらうちの用心棒候補はお城がご所望らしい。
今は俺とノマドの二人きりで交渉中。
バンクの一匹すら見かけない。
クマと略したらキレそうだと思い、ノマドと呼ぶことにした。
ちなみにマヤはゆーちょ達を引き連れ俺の枝々の間の奥地へと行ってしまった。
俺を襲おうとしたノマドに対しさんざん抗議したが、相手にされず根負けしまったようだ。
あんなに感情的なマヤは初めて見た。
俺からどんなこと言っても常に笑顔でのらりくらりなのに。
やっぱり、本人の苦手意識は相当のようだ。
おっと、今は交渉に集中せねば。
せっかく興味を持つキーワードを見つけられたのだ。
あとひと踏ん張り、慎重に話を進めよう。
「つまらん仕事の報酬はその城とやらでもいいぞ。ガハハ」
「一回で払えるような対価にしたら、貰った後絶対ばっくれるでしょ。君」
「もちろんなのだ。そんなアホとは共生する価値ないのだ。さらに言うと後払いも嫌なのだ」
「ノマドはホント欲望に忠実よね。お城だけど、俺があげるより自分で作ってみない? 自分で細かいところまでこだわってみてどうせなら地上最高の城を作っちゃいなよ」
「地上最高の城か、素晴らしいのだ……って、バカ言え。それでは報酬ではなく仕事になってしまうのだ。それでは我への報酬がなくなってしまうのだ」
もちろん、その辺は考えている。
ぶっつけ本番の交渉だったけどなんとか準備していた報酬を提示できる状況に持ってこれた。
あとちょっと、あとちょっとで決まる。
「報酬はこれなんてどうかな? ‹仲間呼びのきのみ›。これを精霊が食べると眷属を生み出せるようになるんだ」
「ガハハ。つまり、眷属を増やしてそいつらにやらせると。なかなか植物らしい、いい発想なのだ。ただ、いいのか? それでは先払いになるぞ?」
「俺の与えた奇跡だよ? ノマドが約束を破るならこっちは後から力を取り上げることもできる。形の上はきのみとして渡すけど、報酬の本質は眷属を生み出す力の貸与だ。期限はノマドが楽園にいる限りずっと。どう、これで取引成立でいいかな?」
「タイジュよ。我を嵌める気だな。この原っぱと砂漠のどこに巣の材料があるのだ? 人手だけもらっても城ができないことは流石に理解できるぞ。材料もつけてくれないと困るぞ」
あっ、考えてなかった。
この状況は想定外。
だってお城ほしいっていうの今知ったんだもん。事前に準備しようがないじゃん。
やばい。安易に報酬増やすのもまずいが、代案を出せないのはもっとまずい。
きっとノマドの俺の評価が下がり、また戦闘を仕掛けてきてもおかしくない。
考えろ。俺。
まずはお城の材料の確認。
俺の枝くらいしかないな。
まあこれは出血大サービスで材料としてくれてやってもいい。
あぁでも、ノマドはユメちゃんの体部分と同じくらいの大きさ。
再生の奇跡で枝は再生するとは言え、俺の枝の供給量じゃ全然足りない。
なにより豪華さが足りない。この案は却下。
この辺で他にある物は、芝とサラサラの砂くらい。
えっ、もしかして詰んだかな。
城の材料がない。建材になり得るものがない。
このままじゃ交渉決裂かも。
焦る俺に訪れる根を強く叩く感触。
女王バンクだ。こんな時に何用だろうか。
巣穴からなにかが飛び出す。それは淡い光沢を放つ一粒の種だった。
解決の種。
確かにありがたい助け船だ。しかし、マヤやユメちゃんに相談もなしにあげちゃっていいのだろうか。
しかし、今後を考えるとノマド以外にも建材を欲する楽園生物が出てくるかもしれない。
建材用の植物。むん。必要かも。
ノマドと築きかけの関係をここで壊すには行かない。
しかし、安易に報酬を増やすとノマドの中の俺の評価が落ちかねない。
フル回転の頭の中でなんとか妥協点を導き出す。
「これは‹解決の種›。自分の思い描く植物に育ってくれる奇跡の種だよ」
「確かに強力な力を感じる種なのだ。確かにこれなら材料になりそうな植物を手に入れられそうなのだ。これも付けてくれるのか?」
「ちょっと違うね。これだとこっちが払い過ぎだからちょっと仕事を足させてもらうよ。まず、君への追加の報酬はその種で産む植物の能力設定の権利だよ。これで自分の思う理想の建材を生み出してほしい。もちろんできた植物はノマドの城づくりに使っていいけど、楽園植物はみんなのものだから独り占めはダメだよ。あと、必ずマヤとユメちゃんに能力について相談してから植えること。えっと、射手の精霊と御羊の精霊って言えばわかる?」
「能力設定! 面白そうなのだ。そして、御羊もここにはいるのか。奴は構わんが、射手にも相談しないとダメか?」
「ダメ。ここは譲れないよ。今の楽園に解決の種を遊びに使う余裕はないからね。彼女の許可なしに植えちゃうのは禁止。そして、追加の仕事はその植物の管理。見ての通り、この辺は建材によさそうな植物がないから、いっぱい増やしてほしいんだよね」
「まあいいだろう。そのきのみも種も人間の縄張りで交渉しても手に入らない貴重なものなのだ。タイジュよ、おまえが我の価値をわかっているようでうれしいぞ。ガハハ」
よっしゃ。なんとか切り抜けられたようだ。
なんかマヤから聞いていたより話が通じる相手だったな。
よかったよかった。
これで楽園の問題がまた一つ解決だね。
「ところでタイジュよ。我は小腹が減ってしまってな。どうやらおぬしの根元から美味しそうな匂いがするのだが、もしかして、蟻の巣穴があったりするのか? 我は蟻が大好物なのだ」
あー、さっきの戦闘からバンクの姿が見えないのはこのせいか。
勘が鋭いからね、バンク達。
一難去ってまた一難ってやつですね。はぁ。




