31葉 精霊・隅呑窓・上
芝生の上で魔方陣が輝きを帯びる。
輝きは激しさを増していき、やがて光の柱となった。
そういえば、この手の奇跡のときはいつも気絶してたから初めて転生シーンを見るなー。
前からちょっと思ってたけど、これ転生じゃなくて召喚だよね?
魔方陣で別世界の存在を呼ぶわけだし。
でも、体はこっちで用意するし生まれ変わってるともとれるしやっぱり転生?
なんだかよくわからなくなってきた。
光の柱に一すじの切れ目が入る。
爪だ。それも悪魔のような巨大で長い鋭利な爪。
切れ目から生えたその爪が光の柱をこじ開けるように左右にゆっくりと広がる。
切れ目の中が覗ける程に開いたところで光は霧散し、巨大な獣が姿を現した。
「ガハハ。我、誕生!」
巨獣は両腕を振り上げ吠える。
その巨大な手には悪魔を連想させる長く鋭い5本の爪。
それは俺の思う獅子のイメージよりも怪物的だった。
「射手、まさかお前から呼ばれるとは思ってなかったのだ。やっと我の有能さを理解したと言うことか。ガハハ」
巨獣は豪快に笑う。
その顔には妙に愛嬌と憎たらしさが共存した丸い瞳と大型犬を連想させる長めの口元。
それは俺の思う獅子のイメージとは違った顔つきだった。
「しかし、我の力がほしいならまず報酬なのだ。最もケチなおまえが満足なものを用意しているとは思ってないがな。ガハハ」
巨獣は腹を抱えてふてぶてしく嗤う。
そう。巨獣は二足で立っていた。全身を漆黒で艶のある長い体毛で包み、腕より短めで太い足で芝生を踏みしめている。
それは俺の思う獅子とは違う獣の姿だった。
「クマじゃん」
「うおっ、ビックリしたのだ。誰だ、この獅子の精霊隈呑窓様をクマ呼ばわりする輩は」
「やっぱり、クマじゃん」
「クマじゃないのだ。獅子なのだ。この立派な鬣が目に入らないのか」
巨獣は腰に手をあて胸を張る。
確かに首から長い毛は生えているが、鬣とは言い難い。
両耳の間の登頂部と顎下には生えてないし、そもそも体毛と同じ光沢を放つ黒色だ。
確かに顔を大きく見せ、首を守っているのだが、地味でトレードマークになり得ない。
まだ胸元のY字の模様や腰回りにある腹巻きを連想させる黄色と茶色の模様の方が目立っている。
猛烈な胸騒ぎを覚え、マヤへ問いただす。
なぜならマヤの表情が自慢げだったからだ。
とても嫌な予感。
「マヤさーん、どうして獅子の精霊の体がクマさんなのかな?」
「はい。今回は私も巻物を使ってしっかり調べたでありますよ。雑食性でタイジュさまの希望に合う体躯を持つ獣は熊だと思い、この体を選んだでありますよ」
ん? なんだか話が噛み合わない。
とても嫌な予感が形を取り始めている。
「俺はどうしてライオンの体じゃないのかを聞いてるんだけど」
「ライオン! タイジュさまの世界の生物でありますね。そうでした。こちらで体を選べる以上、異界の生物も候補にいれて考えるべきでした。不覚であります」
「そうじゃなくて、獅子って言ったらライオンでしょ? どうしてそこで体選びに悩む必要があるのかを知りたいのだけれど」
「へ。初耳でありますよ。獅子ってライオンだったのですか?」
「ん? こっちの世界じゃ違うの? じゃあこの世界で獅子って何を差すの?」
「こっちではあまり使わない言葉でありますよ。人間たちはその言葉は使いませんし、精霊たちの間でも1柱の精霊の名前として使っているだけで、深い意味は考えていませんでした。そんなときにタイジュさまが獅子は百獣の王だとおっしゃったので、てっきり強い獣への称号かなにかだと思ってました」
「獅子って精霊の司る属性の1つなんだよね。よくわからないものを属性にしてたね?」
「はい。女神様が決めたことですから」
うーん、根本から常識が違うか。
最近、マヤのことをわかってきたつもりだったが甘かった。
反省事項だ。
元の世界の常識を基に話を進めたのがまずかった。
よく考えてみると、俺はこの世界の常識を全然知らない。
マヤとユメちゃんくらいしか話し相手がいないしね。
奇跡の精度を上げるためにも、どこかで勉強しなければ。
「のーおまえたち、呼び出しといて我を無視とはいい度胸なのだ。射手は早く報酬を寄こすのだ。そして、その大木に隠れて話してる奴もさっさと姿を現すのだ」
「隈呑窓、何を言っているのですか。タイジュさまは目の前にいらっしゃいますよ。その神々しい大樹こそがタイジュさまでありますよ。あとこちらの世界では肉体の名前で呼ぶのがマナーですよ。射手ではなく姫浜矢と呼んでください」
隈呑窓は顔をしかめる。
「神々しい? これが? 冗談はよせなのだ。そこからは植物特有の気が感じられないのだ。感じられるのはまるで人か獣か精霊か……とにかく動く者の気配だけなのだ。我を騙すには少しお粗末な言い分なのだ。その樹は力を使って作った人避けの虚仮威しか、よくて力の貯蔵庫であろう?」
「違います。タイジュさまはこの楽園の主でいらっしゃいますよ」
ここは名乗った方がいいのだろうか? とりあえず名乗ってみようか。
「はじめまして。俺がこの楽園の主のタイジュだ。よろしくね」
馬鹿にされるのは気分が悪いがここで怒ったりしない。
生き物同士、第一印象が肝心なのだ……って第一声で思いっきり突っ込んでたねぇ、俺。
だってライオンを呼びつもりがクマが来るなんて普通思わないじゃん。
最悪のファーストコンタクトになってしまったことが悔やまれる。
でもまだなんとか大丈夫なはず。話の軌道を戻せるはず。
ここは耐えて笑顔で対応だ。
伝わるかわからんけど、マヤもユメちゃんも俺の表情わかるしきっと伝わるはず。
「ガハハハハハ。傑作なのだ。植物の基礎もできていないようなただのデカブツが主とは。どうせそこの羽虫の操り人形なのだ。もういい。この素晴らしい体をくれたことだけは感謝してやるが、取引相手としては落第なのだ。共生に値しないのだ。この世は共生か捕食の二者択一。だから共生に値しない邪魔な大樹はさっさと切り倒して、この土地は我がもらってやるのだ」
巨大な獣は両手の爪をこすり合わせて軽く研ぐ。
軽く吠えると四つん這いになり、俺に向かって一直線に駆けだしてきた。