閑葉2 教室での談笑 ~4つの種族~
純白で統一された室内。
整然と並んだ机。
20人程の子供たちが席に着き、みな同じ姿勢で前方の人物の話を聞いている。
ここはとある学院の一室。
今は授業中だ。
前方の人物、つまり教師は巨大で透明な板の前で熱心に解説をしている。
板には文字や図が淡い光で浮かび上がっている。
教師の手にはペンのようななにか。
ペンを板の上に走らせる。その軌跡が淡く光った。板書だ。
ペン先よりも明らかに太い線で文字が綴りながらも教師は話を続ける。
生徒たちも教師の動きに合わせて板書を書き取る。
手には教師と同じペンだ。
生徒たちのペン先にはノートの類はない。机の上や空中を走らせている。
生徒たちの様子からしっかりメモが取れているようだ。
同じ制服、似通った表情、統一された聞く姿勢。
ただし、板書を写す様子は人それぞれ。
兵士のような訓練された動きと子供らしい自然な動きが入り混じる。
チャイムの音が響く。
授業は終わりのようだ。
教師が板をペンで叩くと、書かれていた文字と図がすべて消える。
とこからともなく水晶を取り出し、頭の横まで持ち上げる。
「えー本日はここまでにします。授業中使った魔法履歴を送信してください。」
生徒たちがペン先を教師の持つ水晶へ向ける。
ペン先から淡い光が走る。
窓際で微動だにしない男の子に気づき、隣の眼鏡の女の子が椅子の足を軽く蹴る。
跳ねた机が男の子を起こす。男の子ははっとして、慌ててペンを振る。
なんとか間に合ったようだ。
教師が教室を出ていくと、一気に賑やかになる。
授業中の真剣な表情はなくなり、みんな笑顔で談笑している。
それは先ほどの2人も例外ではない。
がっしりとした体格の男の子に眼鏡の女の子が小言を言っている。
「あんた、いつも情報系の授業寝てるわね。いい加減、指導室送りにされるわよ、シンク」
「眠くなるんだから、しょうがないだろ。なあブルー、後で板書見せてくれよ」
「いやよ。この間見せてあげたじゃない。ベルデに頼みなさい」
「ケチ」
「居眠りする方が悪いんでしょ」
言い合う二人に、背の高い男の子が近づき話しかける。
「やあ二人とも。今日も仲良しだね。僕はお邪魔だったかな?」
「「なかよくないし、おジャマじゃない」」
「はもってる。やっぱり仲良しさんねー」
いつの間にか輪に加わっていた肌の白い華奢な少女がほほ笑む。
慌てた様子でシンクは赤面する。
「ベルデはともかくブランさん? えっと、なにか用?」
「今日のグループ発表の最後の確認したいって言い出たのあんたでしょ?」
「あ…ああ、そうだったっけ?」
「ベルデもブランも言ってあげてよ。もっとしっかりしろって」
「ははは。まぁ、シンクだしね」
「そうそう、シンクくんだしねー」
「二人とも甘いんだから。まあいいわ。さっさと始めましょ」
4人は授業中使っていたペンを突き合わす。
全員が瞳を閉じる。
なにかの儀式を行うかのようなこの行為だが、彼ら以外にも行っている生徒が見受けられる。
情報共有の青魔法だ。
一刻も経たずに打合せは終了する。
真っ先に動き出したシンクはペンを掲げながら呟く。
「しかしスティックは万能だな。よく考えればこんなたくさんの複合魔法これなしじゃ発動できないぜ」
「当然でしょ? さっきの情報共有魔法だってどれだけ高度な魔法を複数重ねているかって話よ」
「ははは。シンクはこっちにステッィクを来てからもらったんだよね。僕は生まれたときから使ってるからそんなこと考えたことなかったよ。」
「精神仮想空間形成と空間共有の情報系青魔法に、思考速度上昇の身体強化系緑魔法の複合技よ。すべての生き物は1つの魔素しか操れないからステックなしじゃまず発動は不可能だわ」
「体の負担も考えて白魔法も混ぜてあるって聞いたことあるよー。でも、ステックなしですべての色の魔素を操れたとしてもとっても難しそう」
「でしょうね。できても発動だけで何時間かかることやら。特にシンクみたいな脳筋にはできっこないわ」
ブルーのわかりやすい挑発に顔を真っ赤にするシンクと苦笑いのベルデとブラン。
「なんだと。俺だって本気を出せばこのくらい。ぬおぅ~」
「おいおい、魔素を練るなよ。スティックを介さない魔法の発動は禁足事項だって思い出せって」
「でも、シンクくんの真っ赤な魔素きれいだねー。山人の特権だよね、いいなー」
「ベルデ、さ、流石に冗談にきまってるだろ。ブランさんもみんな癒す人間の白魔法、素敵ですよ。どっかの性悪交人女と違って」
「悪かったわね。性悪で」
ブルーが青筋を立てて言い返す。ベルデが慌てて話題を逸らす。
「まあまあ、ブルーさん。そういえば前から気になってたんだけど、交人って家系ごとにどの種族の血が濃いとかってあるのかい?」
「ないわよ。五色分離後から理想郷誕生まで、他種族間の婚姻が出来なかったのよ。人間、山人、森人の交配が進んでできたのが交人だけど、今は授業で習った通り、完全に独立した種族よ。青の魔素を持っているのはヒトの中では私たちだけだし」
ブルーは眼鏡の縁を持ちながらつらつらと答える。
「こっちも質問だけど、連邦じゃ多夫多妻制って聞いたけど実際のところどうなの? 森人のベルデ君?」
「ブルー、その質問はやめてあげてくれ。ベルデは理想郷生まれだし、あの国がキライなんだ」
「そうだったの? ごめんなさい」
「ははは。気にしないでいいよ。実際よく聞かれるし。ただ、あの野蛮人たちの話はやめてほしいかな。」
会話の途切れ目にブランがぽつりと呟く。
「私、黒の魔素を持つヒトとも会ってみたかったなー。今の4種族みたいにみんな似たような見た目じゃなくて、部族ごとにもすごく個性的なルックスだったんだよね。」
「ブランさん、俺もそう思います。そう言えば、なんで学院にはいないんだろうな。やっぱり砂漠が過酷でこっちまで来れないからか?」
「シンク、歴史の授業寝てたの? というか常識でしょ? 100年前の粛清戦争で滅んだのよ。学院にいるわけないじゃない。今は生き残りはいないとされているわ」
「いないとされている。なんだか、含みのある言い方だね。ブルーさん」
「ええ。授業ではそう習ったけど、私はそう思わないわ。きっと、生き残りがいるはずよ。プリニー先生が言ってたの。」
「その人、ブルーちゃんがよく話してくれる生物調査で世界中回ってる私塾の先生だよねー」
「その通りよ。獣人が生きてる証拠をいくつもあるって……」
「ちょっとブルーさん!? その話題、大丈夫かい?」
突如、ブルーのスティックから刺激的な配色の閃光が飛び出る。
閃光は教室を飛び出し、あっという間に飛んで行ってしまった。
ベルデはあちゃーと言いながら顔に手を当てている。
ブルーはしまったと顔を青くした。
まわりの生徒がこちらをちらちらと見ては様子を窺っている。
ひそひそ声が教室が包む。
先ほどとは違う教師が小走りで教室に入ってくる。
話が止み、一瞬で教室が静まる。
「ブルー、今から指導室に来なさい。理由はわかるな?」
ブルーは項垂れた様子で席を立ち教室の外へ向かう。
「あと、シンク。ついでだからお前も来なさい」
「えっ。どうしてですか? ついでって何ですか」
「さっきの授業の魔法履歴見たぞ。授業中の魔法発動回数、何回か言ってみろ」
「うっ・・・」
「お前は最近居眠りが多すぎる。よって指導室だ」
教師が二人を連れて行くとじわじわと教室は元の騒がしさへと戻っていく。
「ふふ。やっぱり二人は仲良しさんねー」
「ははは、そうだね……って言ってる場合じゃないよ。今日のグループ発表どうするのさ」
「あっ、もしかして二人抜きでやるのかなー」
チャイムの音が響く。
また別の教師が教室へ入ってくる。
「はい、みんな席について。今から授業よ。あと、休み時間の魔法履歴の送信をよろしくね」




