25葉 足跡からの防衛戦・下
こちら姫浜矢であります。
戦況は最悪です。
マヤとゆーちょによる迎撃戦に失敗し、作戦は次の段階へ移行しました。
楽園の境界目前に設置した夢婦屯の毛製クッションバリケード。
そこに綿幕楽を配置し<注目の奇跡>を発動。外敵を引き付け一気に叩く。
これが作戦の概要であります。
クッションに外敵を引き付けるところまではうまくいきました。
しかし外敵は物理干渉を受けないため、有効打を与えることができません。
結果、マクラの奇跡の効果が切れてしまいました。
現在、外敵に干渉する術を持っているのはマヤとユメだけ。
敵は散り散りになりながら楽園へと侵入中。
さらには透明化の魔法の存在もあって、その総数も把握できていません。
外敵メジェドの情報を巻物で調べてユメちゃんと合流したときには既に少なくとも4匹の侵入を許していました。
メジェド。
ドゥアト砂漠に住む幻のアンデッド。
その不可視の能力から想像上の生き物と考えられていた魔法生物であります。
ガストのように生物の生命力を枯らし尽くしたりしない比較的温厚な悪霊ですが、タイジュさまにとっては天敵と言ってもいい相手であります。
【バーフェイク】なる魔法で自身の魂そのものを偽り、一時的に本当に消滅してしまいます。肉体のある人類には使いこなせない最上級の魔法を使い、確実に獲物に近づくのであります。
メジェドとしては膨大な生命力を少し分けてもらおうしているだけかもしれません。
しかしタイジュさまは、魔法生物が近くにくるだけでダメージとなります。まして、【バーフェイク】を傍で発動でもされれば致命傷になるかもしれません。
今回の侵入行為は認めるわけには行きません。
既に数匹のメジェドがタイジュさまの元に辿り着いているかもしれません。
しかし、我々のすべきことはメジェド侵入の阻止。目の前の敵を確実に無力化していくであります。
うち漏らしは女王バンクに託すしかありません。
「マヤちゃん。捕まえた。お願い」
ユメちゃんがその巨大な翼でメジェドを絡めとります。
マヤの仕事はそれを射ることであります。
シュ。
はい、これで7匹目。
矢を射るときに余計なことは口にしませんし、考えません。
ユメは必殺技は叫ぶべきなどと言っていますが、情報アドバンテージを相手に渡すだけだとマヤは思うのです。違うのでしょうか。
幻のアンデッドなのになんでこんなに大量にやってくるでありますか。
まったく手数が足りません。
ユメも毛をぼさぼさにしながら右往左往と動きますが、すべてを止めることは出来ません。
ただでさえ大奇跡を起こして弱っているタイジュさま。
もし、メジェドが魔法でも使ったりしたら……
ああ、タイジュさま、どうかご無事で。
どのくらい経ったでしょうか。
すでに夜は明け始めています。
さすがにメジェドの数も減っていきました。
しかし、相手は消滅の魔法【バーフェイク】があります。
すでに何匹が魔法を再発動させてタイジュさまのもとへ向かってしまったかもしれません。
ええい。マヤ、余計なこと考えちゃダメであります。
タイジュさまを信じて無心で敵を射ることのみに集中であります。
この不穏などんよりとした空気もきっと気のせいでありますっ。
どんどん空気が重くなって、奇跡の力が収束して……
やや。
これはまずいであります。絶対ダメなやつであります。
タイジュさまやめ
「魔法なんて消えちまえーーー」
叫び声とともに空色の波紋がタイジュさまを中心に広がりました。
波紋が通り抜けた地点ではメジェドが弾き飛ばされ、芝生に転がっています。
ぴくぴくと動いてますが、立ち上がれないようです。
こうなるのが嫌でタイジュさまには魔法の情報を絞っていたのに。
まさか魔法を『否定』するなんて。
背反する奇跡と魔法。
それらは近くに存在するだけで互いに悪影響を及ぼします。
互いの力の一部が相殺され、消滅してしまいます。
それだけでも無視できない被害になりますが、一方がもう一方の存在を消そうとしたとき、より大きな干渉が起こります。
それが『否定』。
互いの力の全てを相殺し、力の弱い一方を完全に消滅させてしまいます。
生き残った側も相殺された力は永遠に失われます。
どこでやり方を知った知りませんが、タイジュさまはメジェドの魔法を『否定』しました。
いつの間にか楽園の境界まで広がっていた波紋はそこで反射し、折り返し始めました。
反射した波紋の通った後には青々とした芝生はなく、砂色の枯草しかありません。
『否定』の反動です。
波紋はどんどんタイジュさまに向かって収束します。
非実体生物のメジェドが形を保っていることを考えるとメジェド自体や魔法概念そのものを『否定』したわけではないでしょう。しかし結果はこの通り。枯草は風に煽られ形を失い、大地は砂地に戻ってしまいました。
おそらく、タイジュさまが『否定』した対象は【バーフェイク】。
人類の知らない最上級魔法1つです。知名度も低いたった一つの概念ですが、強力な効果を持っています。今のタイジュさまの奇跡力では魔法に撃ち負けて逆に『否定』されてしまう可能性がゼロではありません。
マヤは楽園が枯れていくのを遠目に眺めることしかできません。
無力な自分にあきれるしかできません。もっと、もっと力がほしい。
楽園の収束はまだ止まりません。
どんどん緑地が砂漠に溶けていきます。
お願い、止まって。
タイジュさま、お願い。生き延びて。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
みんながタイジュさまのまわりに集まっています。
不安げなカーバンクル。
項垂れる弽蝶々。
沈黙する綿幕楽。
夢婦屯もタイジュさまから少し離れたところに丸まっています。
先ほどまで泣き、喚き、暴れ、そして疲れ果てて眠ってしまっています。
ユメのまわりにはメジェドの山。非実体であるはずの体が所々歪んてしまっています。
わずかに残った芝生。
もはやユメを生み出した頃の面積しかありません。
そして眠ったままのタイジュさま。
タイジュさま、マヤたち生き残ったんですよね? そうですよね?
答えてください。タイジュさま。
タイジュさま?
タイジュさまが朧げに覚ましました。
目なんてありませんが、マヤにはわかるのであります。
私の顔を少し見ると表情を緩ませてまた眠られてしまいました。
落ち込んでいる場合じゃないなと思いました。
今回の外敵からの防衛は完全に負けであります。
タイジュさまの捨て身の策のおかげでなんとか命はありますが、ただそれだけであります。
楽園の大半を失いました。
タイジュさまも虫の息です。
それでも。
それでも、2度も外敵の侵入を許した無能なマヤたちにまだあんな表情で接してくれるなんて。
絶対にタイジュさまを復活させてみせるであります。
そういえばため池もなくなってしまったのでしょうか?
わずかな可能性に賭けて確認にいきます。
ほほう、これは。
タイジュさま。
タイジュさまを復活させる解決策がまだ残っていたでありますよ!