24葉 否定の代償
不快感で目が覚める。
まだ日が出ていなく、呼吸も苦しい。
こんな時間に目が覚めたのは初めてだ。
でも理由は予想がついている。
込み上げてくる吐き気。
つまり、楽園に外敵が侵入したということだ。
やはり、戦力が足りないか。
初動が間に合っていたにも関わらず侵入を許してしまった。
あたりを見渡す。
警備をしているマヤはもちろん、一緒に寝ていたユメちゃんもいない。
樹上では羽化したての弽蝶々、地上地下ではカーバンクルの新米たちがそれぞれ不安そうにしている。
すでに総力戦になっているようだ。
戦闘できる精霊と楽園生物の全てが出払っている。
ばしばしと根を叩く感覚。
どうやら女王バンクは巣にいるらしい。
これは失礼しました。
一応、俺のために戦力は最低限残してくれていたらしい。
静かだ。
現在、俺の周辺で戦闘が起こっている様子はなく、俺の上や下にいる動物以外の気配は感じない。
おそらく境界付近で戦闘になっているのだろう。
視界を飛ばしたくても正確な位置がわからず、意識を飛ばせない。
情報が入ってこなくてもどかしい。
俺の根元の茂みが揺れる。
巣にいたはずの女王バンクがお供連れで飛び出してくる。
開けた場所に出るとお供バンクが女王バンクの体を舐め始める。
すると舐めた箇所がもふもふの灰銀色の体毛が湿り気を帯びる。
と思うとつるりとした金属光沢のある外皮に変化する。昆虫の外骨格のようだ。
いつの間にか編み出した戦闘形態のようだ。
蟻の鎧を纏った女王が虚空に向かって唸る。
外敵は目の前まで迫っているらしい。
目に頼っても音に頼っても俺には感知できない。
<感覚の奇跡>を総動員してもダメ。
わからないというのは本当に厄介だ。
どれくらい経っただろうか。
朝焼けの楽園を静寂が支配する。
いつどこから外敵がやってくるかわからない緊張感に包まれている。
吐き気は消えない。むしろ少しずつ増してきている。
定期的に連絡係のバンクが女王の元へ報告にくるが俺には理解できない。
だが状況は悪くなっているのはわかる。
バンクたちから焦燥が伝わってくる。
既に限界だった。
緊張と吐き気の中、じっと耐える。
少し前までただの大学生だったのだ。耐性があるわけない。
そして、本物の修羅場を経験したことがマイナスになって働く。
目覚めから必要以上に緊張させていた心。
突如として感情が振り切れる。
あぁあ、もうイライラが抑えられない。
なんだよ。見つからなくなる能力? 透明になる力?
なんだか知らんが反則だろ。
だいたいここに何しにくるんだよ。
そんな力あるなら砂漠でも余裕でいきていけるだろ。
というかそもそも魔法ってなんだよ。
奇跡となにが違うんだよ。どっちも不思議な力なことには変わりないでしょ。
てか、楽園は俺の奇跡の力で維持してるんだから、楽園では魔法より奇跡の方が強いはずだろ。
なんで接近されて魔法使われたら、俺は死ぬ?
それはどうして?
詳しい条件は?
まさか攻撃魔法じゃなくても死ぬのか?
知らないことが多すぎる。わけがわからない。
今、この一瞬だけ女神様に同意する。
全力で同意する。
魔法なんて消えちまえ。
こんな面倒でわけのわからない魔法なんて消えちまえ。
「魔法なんて消えちまえーーー」
ごっそりと自分の中の何かが削られる。
もともとギリギリだった。
日照不足による息苦しさ。
外敵侵入による吐き気。
<解決の種>発現の後遺症による奇跡力の低下。
俺の意識は無自覚のうちに弾け飛んだ。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
静かに目が覚める。
不自然なくらいにおだやかな気分だ。
感情が一気に抜け落ちたみたいな。
いつもより感じてる情報が少ない気がする。
そういえば音が聞こえない。
そういえば景色に色がない。
俺は今何を見ているのだろうか。
見たことある形だ。でもなんだか名前が出てこない。
2色の球体。
斜めに伸びる楕円のように激しく動く。
いつか見た光景。いつだったっけ。
ああ、あれは転生してすぐにだったかな。
そうだ。マヤだ。
初めて出会ったときはまだ奇跡の使い方がわからなくて目が見えなかったっけ。
じゃあ今も目が見えてない?
奇跡が使えてない?
でも不思議と焦りは感じない。
いや、感じる奇跡が発現してないだけ?
俺の命は自分の奇跡で維持してるんだっけ?
まあ、難しいはなしはこの際いいや。
ちょっとずついろいろ思い出してきた。
ちょっとずつ状況が予測出来てきた。
目はあまり見えてないけどみんなが目の前にいるのはわかる。
確か、俺たちは外敵と戦っていた。
じゃあ、勝ったんだ。
外敵、追っ払えたんだ。
なら、焦ることはない。
たぶんだけど、この状況は奇跡力の使い過ぎだ。
苛立ちすぎて叫じゃった後を思い出せないけど、きっとなにか思いついて、大きな奇跡を無理やり使ったに違いない。
‹解決の種›で既に弱ってたからね。
最後までただ立ってることもできなかったということは、唯一立てた目標の案山子でさえ、失格かもしれない。
いっぱい考えたら疲れた。
そういえば、この思考にも奇跡力使っているのかな?
みんなには悪いけどもうひと眠りさせてもらおう。
そういえば日の光は出てるのだろうか?
今の俺にはよくわからない。
でも出てるのならこれが転生してはじめてのお昼寝ってことになるのかな。
日が出ていたら俺は眠れないけど、出てるかわからないから眠れるはず。
そんな確信がある。
一応、眠れるようになる算段はあったんだけどな。
ユメちゃんはいつもみたいに巻き付いてくれてるのかな?
よくわからないや。
次目覚めたときには回復してるといいな。
とりあえず、おやすみなさい。