20葉 解決の種
今回のおはなしは、いつもよりちょっと長めになってしまいました。
太陽が最も高い位置にある。
俺のまわりに全員集まった。
バンクたちまで仕事を中断して全員地上に出てきている。
すごい光景だ。
地上には芝生が見えなくなるほどぎっしりとバンクとマクラが詰まっている。
バンクの黒とマクラの白でモノクロの模様を描いている。
その上でゆーちょたちが飛んでいる。俺の葉で作った巨大なゆりかごを新入り妖精たちで持っている。
ゆりかごの中には矢虫たち。樹上参加だと思っていたからちょっとびっくりだ。
そして、根元にはユメちゃん。いつものように巻き付かずに座っている。
みんなを集めた理由は新奇跡のお披露目だ。
そしてこれは奇跡の発現力を高める儀式でもある。
本音を言うともっとこじんまりとやってほしいのだが。
マヤの呼びかけで楽園全員がかけることなく集まってしまった。
失敗できないプレッシャーはあるが、これからやることを考えると心強い。
ああ、緊張する。
でも、必要なことだ。あのときの宣誓を思い出せ。幹を括れ。俺。
マヤが袴をひらめかせて飛んでくる。始めるらしい。
「はいはい。みんな注目であります! ただいまからタイジュさまの大奇跡発現の儀を始めさせていただきます。進行はマヤがさせて頂くであります」
ゆーちょが大げさに拍手をし、バンクが耳を叩き合わせる。
マクラがいつも通りぐめぇと鳴いている。
結果、楽園に過去最高の騒音と熱気が訪れる。
うわぁ。めっちゃ盛り上がってる。
予想以上のプレッシャー。
だいたい、大奇跡発現の儀って何だよ。
そんな仰々しい名前じゃなくて奇跡のお披露目会ってマヤさん言ったじゃん。
ああ。なんで俺には足が生えていないんだろうか。正直、逃げ出したい。
「奇跡の発現の前に、タイジュさまから今回の奇跡がいかに素晴らしいかを紹介して頂きます。タイジュさま、よろしくであります」
やるしかないか。
わかってる。これも奇跡の信ぴょう性を高めるためだ。
俺は昨日マヤにした説明を行った。さて、<打開の種>の評判はどうだろう。
反応がいいのは夢婦屯と女王バンクだ。
説明を完全に理解してもらえたようだ。
しかし、その他のみんなはあまり理解してなさそうだ。
マクラたちはみんな首を傾げている。むしろ、いままでちゃんと聞いていたことに驚いている。
バンク達は頷いているが、女王の顔色を窺いながらだ。仕草とは裏腹に怪訝そうな顔をしている。
ゆーちょ達は互いに顔を見合わせている。動物や妖精にはちょっと難しい話だったかな。
以前、マヤは事前に奇跡を仕込むことが俺の戦い方だと言ってくれた。
正直、言葉だけで伝わると思っていなかった。
なので俺はある奇跡を昨日の半日かけて練習してきた。
転生して最初の頃にやっていた<いろんな形のきのみを生む奇跡>。これを昇華させた。
再命名すると<模型のきのみ生み>。この仕込みでわかってくれるといいが。
俺は、次々にきのみを生む。
種型きのみ、矢印型のきのみ、様々な形の植物型のきのみ、その他エフェクトを表すきのみ。
これらを使い、説明を言葉ではなく図解にしてあげた。
転生前の大学でスライド発表思い出すなぁ。
自分の意見を入れなくてもいい調べもの的な内容ならそこそこ得意だったように思う。
きのみはマヤと先輩ゆーちょの一部が手伝ってくれた。
細かい位置の調整はマヤが指示し、ゆーちょ達と完ぺきに連携して説明をサポートしてくれた。
本番直前の打ち合せで、時間もちょっとだけだったのにすごい。
ホントありがとね。
バンクとユガケの目に徐々に輝きが灯る。
鈍かった反応がいつもの調子に戻る。
発表が終わったときにはみんな大興奮だ。
よかった。これで次に進める。
「タイジュさまが今からすごいことをするってことが分かってもらえたと思います。それではいよいよ、奇跡の発現であります。」
全員がマヤに注目する。会場が静まりかえる。
「みんなはタイジュさまが起こすしっかりと見届けることが仕事でありますよ。マクラとバンクはマヤが指定した場所を開けてください。タイジュさまはそこで奇跡を発現させてください。他のみんなはその場所に意識を集中させるであります」
ゆーちょが誘導し、バンクとマクラが場所を開ける。
モノクロの大地に緑色のサークルが生まれる。
踏みしめられた芝生の模様に一瞬だけ魔法陣を幻視する。
俺は種を夢想する。
それには未知が、可能性が、そしてなにより楽園が豊かになる未来が詰まっている。
大事なことは根拠じゃない。説得力だ。
奇跡とは説得力そのものが根拠となり、法則を作る。
俺はきのみを生み、サークルの中に産み落とす。
きのみは俺の奇跡の象徴。そしてきのみの中には種がある。
落下していたきのみは着地せず、空中に留まる。
きのみが輝きを帯び、ひびが入る。
光が漏れ出る。
その光景に誰もが息を飲む。
みんなの熱い視線がきのみの果肉を少しずつ剥がしていく。
むぬう。
恐怖を感じるレベルで力がそぎ落とされる。
たった一粒でこんなに? さすがは可能性の塊。
大きさが三分の一ほどになったところで残りの果肉が一気に弾ける。
きのみ改め種はふわりと大地に着地する。
息苦しい。
俺は日が落ちた時の酸欠に近い症状に襲われている。
でも、今は弱みは見せられない。
この大奇跡の成功に水を差してはならない。
奇跡の成功が定着したと確認できるまでは、不信感の芽は摘まないといけない。
がまんする。
必死に気丈に振る舞う。
初めて表情がないことに感謝したかもしれない。
「みなさん。みなさんは観測しました。奇跡を! 大奇跡の発現を! 無限の可能性を秘める神秘の種を! さあ、タイジュさまを讃えましょう。タイジュさま、ばんざーい。ばんざーい」
なんか新興宗教っぽい。
インチキなしの種も仕掛けもない本物の奇跡だし問題ないよね。
いや、種だけどさ。
みんな大喜びしている。とりあえず成功ってことでいいんだよね。
そう言い切るにはまだ早いか。
種が生まれただけでまだ植物が育ってない。それに一番肝心なことが確認できていない。
果たしてこれは俺の考える<打開の種>なのだろうか?
奇跡の発現内容は観測者の教わった内容になる。さっきの説明でみんなに誤解があると正しい種ができていない可能性がある。
そしていままで、思い通りの奇跡など起こせた試しがない。
つまり、俺とマヤで話し合った種とは似て非なる性質を持つ種の可能性が非常に高い。
1つだけじゃ判別できないかもしれない。
かなりしんどいがいくつか出そう。
全員自分の仕事まで休んで俺に付き合ってくれてるのだ。
どうせなら限界まで絞り出してやろう。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
久々気絶した。
いまだに頭がガンガンする。
結果として3つの種を生むことができた。
奇跡力が本調子でない。例えるなら筋肉痛。
奇跡を使おうとすると頭に鋭い痛みが走り中断される。
これ、あとどのくらいこんな感じだろうか。
ゆーちょ達のごはん、どうしよう?
すでに儀式の時の前向き気分はなく、ネガティブモード。
こんな時だからか、打開の種の昨日は思いつかなかったデメリットが見えてきた。
1つ。必要な奇跡力が高すぎること。
ランダムということは目的物が出来るまでやり続けないと意味がない。思った以上に奇跡力が高すぎていまのままだと量産できない。この時点で既にこの奇跡の存在意義が怪しくなる。
2つ。育成時間がかかること。
ランダムということは植物の育成期間もばらばらだ。同然、育成が長期間のものも出てくる。
時間がかかればその分試行回数も減る。1つ目のデメリットと合わせると時間がかかりすぎる。
もしかしなくても、<打開の種>は現状の楽園の問題解決手段として不適切だ。
これって俺、こんだけ大事にしといて意味のない奇跡を作っただけ? またいちから考え直し?
マヤが飛んでくる。
あぁ、来ないで。やめて、追い打ちかけないで。
「タイジュさま。大変なことがわかりました。今回の奇跡でできた種。マヤたちで話し合った<打開の種>じゃないであります」
ああ。そもそも別物が出来上がった。
続きを聞くのが怖い。
「みんなに聞いて回ったところ、バンクとゆーちょが勘違いしていました。なにが生まれてくるかわからない種ではなく、望んだ植物が生まれてくる種だと思っていたみたいです。模型の説明に頼ってましたからね。想定していた奇跡に対してイメージのギャップが大きすぎたので、必要な奇跡力も跳ねあがったのではないかと思うであります」
なにっ?
「タイジュさまに生んでもらった種は3つ。話し合いの結果、マヤ、ユメちゃん、女王バンクでそれぞれ1つずつ育てることになりました。この種で1つは水源用、1つは垣根用、1つは食糧用を用意するであります。さすが、タイジュさまです。どんな問題も万事解決。タイジュさまが仰った通りになりました。まさか、みんなの誤解まで計算に入れてこれを……」
そんなわけないでしょ。
買いかぶりすぎだから。
差し詰め<解決の種>ってところか。
何はともあれ、成功したならよかった。
それよりも今は頭痛がしんどい。
報告だけなら、そっとしておいて。
「それから<打開の種>はマヤたちだけで改めて作りましょう。あれはあれで今後の楽園のために有用でありますから」
「そのことなんだけど、<打開の種>には大きなデメリットを見つけちゃったんだよね」
「なるほど。じゃあ、デメリットを改良した形で奇跡にまとめれば、よりすごい奇跡にグレードアップするでありますね。普通はやってみて初めて気づくものなのに予めわかっちゃうなんて、これまたさすがはタイジュさまでありますよ」
そうだよね。デメリットがあるなら改良すれば使えるじゃん。
頭痛で当たり前のことも分からなくなっていたようだ。
まだまだ無能卒業には程遠いな。
<打開の種>もいずれ<解決の種>のようにしっかりと成功させたいものだ。
……でも! 今は!
お願いだから、そっとしておいて……




