19葉 打開の種
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弽蝶々のあだ名がゆーちょになってさらに数日。
蛹がぞくぞくと羽化し数もそれなりに増えた。そして懸念通りの問題が発生した。
彼女たちの食事である花付きの未熟なきのみの消費量が増加した。
マヤの眷属らしく食事の必要量も多い。食事の準備で時間と奇跡力が取られるようになってしまった。問題は解決しないままどんどん積み重なっている。
時間が経てば経つほどひどくなってくる。
早く何とかしないと。切実に。
また、パトロール係のマヤから気になる報告があった。
楽園周辺で魔法を使った痕跡が発見された。アメミットより弱い反応だったらしい。
しかし、マヤの追跡の奇跡が効かずに正体はつかめなかったようだ。
こんな隠れる場所のなさそうな砂漠でどうやって逃げたのだろう。
まさか透明になれる力とかないよね? そんなまさかね。
何はともあれ、次の敵襲まであまり時間がないと考えておいていいだろう。
そろそろ課題の1つくらいは解決しないと。
今日はどこでアイディアを練ろうか。
ため池はダメだ。そろそろ完成しそうだから、見てると自分が惨めに感じてしまう。
バンク達が優秀すぎてつらい。
ゆーちょ達も食事の時に顔を合わせるし、わざわざ観察しない。
それに俺が見てると分かるとはしゃぎ出して、即興のダンス大会が始まってしまう。
これがなかなか面白いのだが、魅入ってしまい、アイディアを練ることを忘れてしまう。
さらにいっぱい動くからゆーちょ達の食事量が増える。
こういうのは安全を確保してから楽しむべきだ。
ばさばさばさっ。
綿幕楽の一団が大空に飛び立つ。
いつの間に俺の枝の上まで登っていたのだろう?
ほとんどのマクラは風に乗り俺の幹に沿って旋回している。2匹ほど風に乗れず、頭から落ちた。
なぜ、こいつらはいつも無謀なことをやりたがるのか。
落ちた2匹は巣穴から出てきたバンク達に回収される。楽園のありふれた日常の一コマだ。
たまにはこいつらでも見てみるか。
ユメちゃんがため池づくりの監督を始めてからはマクラの増加数も緩やかになっている。
また、みんな働いている中、マクラたちは遊んでばかりで、さらにさっきのような無茶をする。よって、よくバンクたちのごちそうになっている。よって、数が増加せず一定数で落ち着いているのだ。以前より多い5~7匹のグループで好き勝手に行動している。
ある一団は、俺の幹を登っている。
俺は上層にしか枝がないので、ロッククライミングのように幹の壁を登っていく。体を支えるのは羊の頭とアヒルの足の3点だ。バランスが非常に悪い。なにが彼らを俺の登頂に駆り立てるのだろうか?
ある一団は、バンクの巣穴の回りをうろついている。
中を探索したいようだが、入り口の出入りは途切れない。落ち着きなく巣穴をグルグルと回ている。
ある一団は、ユメちゃんの抜け毛を集めてクッションを作り上で跳ねている。
安全に遊んでいた彼らだが弽蝶々たちに目をつけられてしまった。抜け毛はゆーちょ達に奪われてしまう。 最近、服のカラーバリエーションが緑一色から白が追加された理由が分かった。妖精たちはおしゃれで裁縫が得意だ。俺の葉以外にユメちゃんの毛も衣装の材料にされているようだ。
楽園の生き物。
魔法生物に対抗して楽園生物とでも呼ぼうか。これらは俺や精霊が目的を持って呼び出した背景があるため、一芸特化で種族ごとに行動パターンがほとんど一緒である。しかし、綿幕楽はグループによって行動がまちまちだ。というか、本来の生き物はこれが普通だと思うんだけどなあ。多様性があるからこそ、生き物は様々な進化をして生存競争をしてきたのではないか。
そう思うと今の奇跡の使い方っていいのだろうか。
目的に対してピンポイントな奇跡で対応する。
明瞭で的確で効率的。
でも、それだけではつまらないのでないか?
俺はここを楽園にしたい。
楽園という響きに開放的で自由な印象を俺は持っている。
確かに課題は山積みで、そしてこれからもそれは延々と積もっていくだろう。
課題に追われて出来上がっていくのは果たして楽園なのだろうか?
きっと違う。
俺のいた人間社会と大して変わらないんじゃないか?
住んでる生き物の違いなんて、樹になった俺にとってはあまり関係ないし。
同じ動物だろ。こっちは植物だよっ!
ホントは課題なんて忘れて俺ももっと自由でいたい。
そう目指したい。そう、綿幕楽たちのように。
ひらめきというものは前触れもなく突然訪れる。
このアイディアを忘れないうちにマヤと話がしたい。時間はパトロールにはまだ早い。きっと近くにいるかず。
「はいはーい。お呼びでしょうか、タイジュさま。水を生み出す植物のイメージはばっちり思いついたので」
「違うんだ」
「おっ。まさか障害物の課題の方ですか? それとも弽蝶々たちの食糧問題でありますか?」
「全部だ。下手したらこれから起こる問題もすべて解決できるかもしれない。万能の解決策を思いついたよ」
「ホントですか? さすがはタイジュさまであります。タイジュさまはやればできる子でありますっ」
「ナチュラルに子ども扱いしたね」
「マヤは育ての親でありますから、子ども扱いでも間違いではないでありますよ。それでその解決策とは?」
ここからが勝負だ。
マヤに俺の考えを理解させなければ、せっかくのアイディアも形にできない。
「形式としては種を生み出そうと思う。でもこれは、マヤの理解しやすさに譲歩したわけじゃなくてその方が俺もイメージしやすいからだね」
「なるほど。能力を付与した種を生むわけでありますね。どう生むかの詳細なイメージは後で聞くとして、万能の解決策になりえるその能力とはいったい何なのでありますか?」
「わからない」
「わからない、でありますか? それってイメージが固まっていないのでは?」
「違うよ。俺もどんな能力を付与するかわからないんだ」
「どういうことでありますか。もっと詳しく説明してほしいであります」
「俺たちは今多くの課題を抱えているよね。そして、矢虫が弽蝶々になってさらに問題が増えた。きっとこれからもそれを繰り返す。課題はいつまで経っても新たにぽんぽん湧いてくる。だから視点を変えてみたんだ」
「視点を変える、でありますか?」
「そう。問題一つ一つに最適解を出すんじゃなくて、自由に、でたらめに能力を与えて、その中から答えを見つけるんだよ」
この奇跡、名づけて<打開の種>。
この奇跡で生み出された種から育つ植物にはどんな奇跡の力があるか育てるまでわからない。さらにはどんな植物に育つかさえわからない。そんな種をたくさん蒔いて、育った植物から問題解決に向きそうなものを選ぶ。この方法なら奇跡発現のイメージのすり合わせなどは必要ない。たった1種類の奇跡ですべてをカバーできる。
課題に縛られるなんてそんなの楽園じゃない。
好き勝手やった結果、副産物で問題が解決しちゃう方が開放的で自由で面白い。
そこにトラブルは尽きないだろうが。
「なるほど。これは素晴らしいアイディアでありますよ!しかし、なにが起こるかわからないということはどれだけの奇跡力が必要かも全く見当がつかないであります。この奇跡は、楽園中の全員を集め、説明した上で発現に挑戦しましょう」
「そうだね。失敗は許されない。逆にどれだけ必要な奇跡力が多くても、反復して使っていけば必要な力は減っていくからね。最初一回だけは何としてでも成功させよう。万全の状態で臨もう」
挑戦は明日のお昼。
これで成功すればなんとかため池より先に奇跡が完成できる。
綿幕楽たちがかけっこをしている。発想のヒントをくれたこいつらには、あとで奇跡で栄養満点にした俺の葉っぱをプレゼントしてやろう。ついでに奪われたクッションもユメちゃんに頼んでみようかな。




