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転生大樹の楽園づくり  作者: 笛音狗
大樹の垣根づくり
20/63

18葉 妖精の食事会

「タイジュさま、タイジュさま。ただいまであります。今日のお昼ごはんはなにでありますかー?」


 マヤがお昼のパトロールから帰ってくる。

 機嫌がいいらしく返事も聞かずに一人で話に花を咲かせている。


「考えたんですが、弽蝶々(ゆがけちょうちょ)たちにも、バンクみたいな可愛いあだ名が必要だと思うでおります……ってお疲れでありますね」


 その通り。くたくたのへとへとだ。

 弽蝶々が羽化して2日経ち、今は9匹に増えた。今はみんなで食事会の準備。

 俺の細めの枝の上に腰かけて、足をぶらつかせながらきのみの給仕を待っている。

 細めとは言ってもマクラ3匹分くらいの幅はあるけどね。

 蝶の顔を隠せば、喫茶店で談笑する女子学生の姿に見えなくもない。


 幹に近い太めの枝にバンクが2匹。

 1本の夢婦屯の毛をそれぞれ両端に加えて、ノコギリの様に押し引きし、きのみを切っている。

 彼女たちに地上から攫われてきた調理係だ。

 それにしてもバンクは器用で優秀だ。

 既にこの楽園の工作員としてポジションを確立している。

 こんな高いところに連れてきちゃってごめんね。

 

 マヤは負担が増えるかもとは言っていたがこれほどとは思ってもいなかった。

 理由を説明しよう。


 発端は食性の変化だ。

 矢虫時代は俺の葉っぱをムシャムシャしていた彼女たち。しかし今はストロー状の口で葉っぱは食べられない。よって、別の食事を用意する必要があった。


 蝶の食事と言えば花の蜜。

 ということでマヤのリクエストのために以前作った未熟なきのみを生む。

 マヤ曰く、俺の熟していないきのみの中には花が咲いているらしい。<植物を生む奇跡>が完成してない以上、彼女たちに提供できる唯一のごちそうだ。さあ、たんと召し上がれ。


 ところがここで問題発生。

 きのみが硬いせいで口が刺さらない。

 きのみをやわらかくして再度生む。

 今度はきのみが大きすぎて口が花まで到達しない。

 きのみを割ってもらうために近くのバンクに渡したが意図が伝わらず食べられてしまう。

 

 そんなことを何度も繰り返し、蝶々たちの口に合うきのみを生んだ頃には結構な奇跡力を使っていた。

 未熟なきのみは普通のきのみとは生み方のコツが違っていて、地味に力の消費が大きい。

 昨日までは3匹だったためまだよかったが、今朝6匹羽化に成功していた。

 よって、慣れない奇跡を昨日の3倍も使わなくてはならなかった。


 奇跡力自体は問題ないが精神負荷が大きい。

 <植物生みの奇跡>のイメージの具体化や、いつでも楽園を囲える垣根の考案など頭脳労働が控えているのにすでに気力は使い切っている。


 ああ、ごめん。

 マヤに説明し終えた俺はそわそわしながら待つ妖精たちに気付く。

 長々と経緯を説明したせいで、弽蝶々たちの食事がお預け状態になってしまっていた。

 食事を始めようか。

 調理係バンクが両耳を使い2匹がかりで、2分割されたきのみの片割れを運んでくる。

 盛り付けられたオードブルのようだ。

 きのみの断面を覗くと、小さく控えめな花がびっしりと咲いている。

 ひらひらと舞っていた羽ばたきが激しくなり、全力でぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 トランポリンで弾んでいるように舞う彼女たちは見ていて飽きない。


 弽蝶々は喋らない。

 代わりに、舞台役者のように体全体で感情を表現する。

 その仕草のひとつひとつが大げさで、女の子らしく、可愛らしい。

 なので9匹集まれば、静かなのにとても賑やかだ。

 無邪気な妖精が主役のサイレント映画でも見てる気分になってくる。


 きのみに喜ぶ妖精たちを観察していた俺。

 すぐにみんなで仲良くきのみを味わい出すだろう。

 しかし、目撃した光景に思わずぎょっとする。

 給仕されたきのみを、最初の3匹が吸い始めるが、新入り6匹は動かない。

 調理係バンクがもう片方のきのみを運んでくる。

 新入り6匹は後から来たきのみを全員で囲む。

 種族としての習性なのか?

 うちの妖精は上下関係が厳しいらしい。

 

 自由奔放な妖精像にヒビが入る。

 なんだろう。この気持ち。

 顔にもちょっと慣れてきて、やっと妖精を心の底から愛でられると思ったのに。

 ちょっと引いちゃうじゃん。


「しっかり面倒見てくれているおかげで、この子たちはすっかりタイジュさまに懐いているでありますね」


 早々と食事を終えた先輩妖精3匹のうち1匹が俺に抱きついてくる。

 俺が大きすぎるため、壁に張り付いてるようにしか見えない。

 それでもオーバーでキュートな仕草にちょっとドキリとしてしまう。

 さっきの光景はびっくりしたけど、こういう無邪気なところはすごくいい。

 やっぱり、妖精は妖精だね。素晴らしい。


 残りの先輩2匹は既に片付け作業に入っている。

 1匹はカラカラになったきのみの吸い殻を抱えて根元に向かい、1匹は矢虫の様子を見に枝の隙間に消えていった。

 まだ食事中だった新入り妖精たちは2手に分かれ、慌てて先輩妖精に追従する。

 3匹は調理係バンクを抱えてゆっくり降下し、3匹は先輩を見失わないように急いで上昇する。

 後輩は大変だ。がんばれ、新人たち。


 それにしても、動けるようになったんだなあ。

 矢虫時代は俺の上から動けず、ただ葉を食むだけの存在だった。

 そう考えるとちょっと感慨深い。

 まだこっちに来てそこまで日は経ってないけど、時間の流れを強く感じた。


 みんな成長してる。

 俺も頑張らないとな。

 ……でも、今日はへとへとで頭が働かない。

 明日でいいよね。

 頭脳労働だし、万全な体調で臨まないと。


 いや、のんびりはできない。

 次に外敵が来たら、みんな大丈夫かどうかわからない。

 前回はバンクたちが数で押して仕留められた。

 しかし、自身より何倍も大きいユメちゃんにもダメージを与えたあのパワーは油断できるものではない。それに侵入だけで俺にはダメージになり、芝生も狭くなる。対策のない今がいかに危険な状況下にあるか思い出す。


 さらには弽蝶々の数はどんどん増えている。

 マヤが調子に乗って産んだ卵の羽化ラッシュが迫っている。

 既に筒蛹や弓虫が大量にいる報告を受けていた。

 あれっ、これって?

 いままでの課題に加えて彼女たちの食事になる植物も生まないと俺一人で捌ききれないのでは?

 誰も指摘しないけど、地味に緊急事態なのでは?


 これはうかうかしてられない。

 課題を終わらせなくちゃ。

 外敵から守る垣根を、命を育む水を、危なげなく戦闘できる仲間を、さらに妖精たちの食事も手に入れなくては。


 どれもこれも奇跡で解決できるだ。

 だけど、扱う俺の頭がキャパシティーオーバーだ。

 一つ一つ地道に解消するには時間がかかりすぎてしまう。

 いままでの奇跡の使い方じゃダメだ。

 マヤがイメージしやすく、さらに革新的な方法が必要だ。


「むぐむぐ。タイジュさま、弽蝶々たちのあだ名、どうします?」


 マヤは後輩妖精の食べ残しを頬張りながら話す。

 その話、まだ続いてたの?

 アメミット襲撃から冗談を言うことが少なくなっていたマヤだが、弽蝶々の羽化はよほど嬉しかったらしい。昨日から頬がゆるみっぱなしだ。

 マヤが笑顔だとこっちもうれしい。

 でも、パトロールだけは浮かれずにお願いね。


「弽蝶々を省略してゆーちょなんてどうでありますか? 可愛いと思いませんか?」


 うーん。

 可愛いかはともかく、バンクみたいなあだ名だとは思うよ。


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