2葉 マヤとの出会い
「タイジュさま、お目覚めでありますかっ」
紅白のそいつが話かけてくる。
過去最悪のお目覚めだよ!
起きたら全裸の案山子だよ?
真っ裸な上に拘束されて誰かに話かけられている。
どんな場面だよ。でも今は、羞恥心を捨て救助要請だ。
ちょうどよかった。動けないんです。助けてください。
「タイジュさま、お加減はどうでありますかっ? 声が聞こえますか?喋れますかっ?」
あれ? 俺の話が聞こえてない。そういや、体が動かなかった。
声も出なけりゃ口も開かん。
「おっ、聞こえているでありますねっ! いや~長い時間待ったでありますよ~」
なぜだか話が進んでるぞ。どうゆうことです? そこのお方?
「マヤはタイジュさまが思っていることはなんとなくわかるでありますっ」
そいつは便利なことですね。
思ってる事わかるなら俺を助けてくれませんか?
「いや~よかったよかった。女神さまから使命に一歩前進ってやつでありますねっ!」
よくないです。助けて欲しいんですって。
あれ?伝わってないのかなー。よし、もういち……
「あいやっ失礼しました。うれしすぎてはしゃいでいました。タイジュさまのハート、びんびん感じてるでありますよー。」
……びんびん感じるなら助けておくれ。
ところでタイジュさまって何さ? 確かに俺の名前は大樹で、タイジュとも呼べるけども。
「はいっ! タイジュさまはタイジュさまでありますよ?」
もう少し詳しく教えてもらっていいですか?
「はいっ! タイジュさまはタイジュさまでありますっ!」
だめだ。話が通じない。もう大樹だろうが大樹だろうが好きに読んでくれ。
ところで、赤と白で、まんまるで、ぴょこぴょこ動く。そんな貴方は何者ですか?
ひょっとして案山子の実行犯?
「マヤは姫浜矢と申すであります。マヤちゃんって呼んでくださいでありますっ!」
ヒメハマヤ? それってネトゲのハンドルネームか何か?
マヤちゃん、そろそろ助けてくれるとうれしいなー。
助けて欲しいなー。
「イメージと違ったので、やっぱりマヤって呼んでくださいであります」
この子、めっちゃマイペース。あの~本気でそろそ
「あっ、タイジュさま、聞いてもらいたいことがありますよー
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
俺はしばらくマヤの話に相槌を打ち続けることになった。
よくわからん話に花が咲いている。一方的だけども。嬉しそうな所悪いけど、こっちも伝えたいことがあるんです。お願い。察して。なんとなくは考え読めるんだよね?
祈りが通じたのかマヤが尋ねる。ぴょこぴょこと2回跳ねる。
「だーまたまた失礼を。タイジュさまはもうただの樹じゃないから喋れますもんね。聞くだけじゃなくてタイジュさまもお話したいですよね。はいっ、今からマヤは聞きモードでありますよ。さあ、どうぞどうぞっ」
「考えがなんとなくわかるんでしょ? こっちは喋れないんだって」
「喋ってるでありますよ。」
あれっ? 喋れてる。
なんだか気になるなワードもあったような。それよりやっとチャンスがきた。なぜ今更話せるようになったかわからない。だが、しっかりと俺が危機的状況であることちゃんと言葉で伝えなければ。
「マヤ。俺、体が動かせないんだけど、どうなってるの?」
「当然でありますよっ」
「なにが当然?」
「タイジュさまはタイジュさまなんだから、動けなくて当然でありますよー」
「どゆこと?」
「樹が動くわけないじゃないですかー」
思考が一瞬止まる。んなバカな。
「なんだって!? 俺が樹になってるって?」
「樹になってるんじゃなくて、タイジュさまは生まれてからずっと樹でありますよ。100年間お世話してきたマヤが言うのです。間違いありませんっ。そりゃー昔はちっちゃな苗木の時代もありましたが。月に叢雲、花に風。苦難いろいろありましたが、ついに意識が芽吹きました。もう、マヤ感激でありますっ。これでやっとお仕事ができるでありますねっ!」
思考が完全に停止する。
おふとんにはいってねむりたい。
奇跡的に、反射的に、なんとか一言捻り出した。捻り出せた。
「……あーマヤさん、いちから説明してもらっていいですか?」
「いちからとはどこから話せばよいでありますか?」
紅白玉が可愛らしくちょんちょんと2回跳ねる。
この子はそういう子だよね。どう伝えたらいいんだろう。
しばらくの間、俺たちは無言で見つめ合う。
俺は目を開けられないし、マヤは目があるか知らんけど。するとマヤがなにか思いついたらしくぴょこんと跳ねる。
「そういえば、タイジュさまの意識が芽吹いたときのために、女神さまから言伝を預かっていたであります。すっかり忘れてたであります。うっかり忘れてたでありますっ。」
そう言うと、マヤは俺がなにか言う前につんつんと2度つついてきた。すると、頭の中に情報が一気に流れ込んできた。あたまがわれるようにいたい、が、一瞬で収まる。受けっとった情報をなんとかかみ砕き、俺はマヤに確認をとった。
要約すると、俺は100年前に女神の祝福を受けて、この地に植えられた樹らしい。なんでも、苗木は十分に成長すると異世界人の魂を宿し、奇跡の力を使えるようになるそうだ。
そして、姫浜矢は女神からそんな俺を外敵から守り、奇跡の力を使うサポートをする使命を受けているとのことだ。
ということは、俺はこの大樹に呼ばれて、魂だけこの異世界に転移させられた? いや、肉体が生まれ変わっているならそれは転生か。記憶残ってるけど。にしてもなんてはた迷惑な。
さすがは女神さま、説明上手でありますよーなどと言っているマヤの声は自慢げに弾んでいた。ふむ。これは夢だ。そうに違いない。あれか。寝る前に読みそこなった漫画。あれを勝手に夢想してるのだろうか。100年間も寝るあたり趣味が睡眠である俺らしい。
……ダメだ。そう思いたいけど。
土に浸かる足が、風にそよぐ髪が、全身から受け取るリアルな情報が、ここは現実だと訴えている。そして俺は大樹であると。元世界への帰り道はあるのだろうか。いや、考えることはそれじゃない。俺はこれまで状況に流されて生きてきたのだ。
このままでいいじゃないか。
樹として異世界でどのように生きていこうかという思考を切り替えていけ。まずはマヤだ。何もわからぬうちは、とりあえず従っていれば問題ないだろう。俺のお守りをするのが女神様からの指令っぽいし。あとは、樹の体に慣れないとな。そう言えば、樹って眠れるんだろうか?
「マヤ。聞きたいことがあるんだけど」
睡眠のことも、マヤのことも、女神のことも、もちろんもっと知りたい。
情報がぜんぜん足りない。でも、今の俺の興味は別のところにあった。異世界転生譚を読んだことのある人間なら、きっと一度は夢想するだろう魅力的で魔力的な響き。予想が正しければ、あのワードはそれの類に違いない。好奇心と期待で、胸が高鳴る。俺はマヤに問いかける。
「奇跡の力ってなんですか?」