14葉 方針と防衛策
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暖かな日差しを感じる。
こんな穏やかな目覚めは久しぶりだ。根っこから枝先まで意識を入れて体を伸ばす。
樹の体が本当に伸びるわけじゃないけど、気分は大事だ。
最近はアメミット騒動で心に余裕がなかったからね。体の隅々まで意識を巡らせて体を起こす。
目覚めは俺の至福の時間だ。
どれだけ気持ちのいい睡眠をしていたとしても、自覚できるのは目覚めた後。つまり、それを最も早く実感できるのはこの目覚めの時なのだ。二度寝や惰眠をとることができなくなってからは、この瞬間こそが俺最大の人生ならぬ樹生の楽しみなのである。
「タイジュちゃん、おはよう。いい朝ね」
「ユメちゃんが先に起きてるなんて珍しいね。おはよう」
「今日は話し合いの日。じっとしてられない。私とタイジュちゃんの明るい家族計画。ねぇ、マクラちゃんは何百匹ほしい?」
そう。今日は楽園の方針を決める話し合いをする日だ。
外敵の襲撃から2日経っている。俺はすぐにでも方針だけでも決めたかった。しかし、マヤが落ち着いてからやった方がいいということで少し時間が空いた。
マヤの言う通りにしてよかった。しっかり眠れたことで頭がさえ渡っている。
体中に力が満ちてくる。根っこから元気が湧いてくる。
いままでも寝ても寝ても満たされなかったなにかが満たされている。アメミット騒動で俺は思った以上に心乱されていたようだ。
「ねぇ、何百匹ほしい?」
ごめんね。ユメちゃん。ボケ殺ししちゃって。
否、彼女は本気だ。夢婦屯ならやりかねない。
子供は何人ほしいのノリなのはわかるが、桁がおかしい。
いや、おかしくない。今も毎日5~6匹ずつ綿幕楽増えているのだ。
どう答えるのが正解だろうか。
「ユメちゃんが責任持ってお世話するなら何匹でもいいよ」
「タイジュちゃんのいじわる」
彼女の綿幕楽に対する態度に思うところがあるのは、今もかわらない。
マクラたちが無鉄砲な性格なのは理解できた。
しかし、それを産みの親が放置するのは理解しがたい。
さらに、俺とマヤの禁止を聞かずに綿幕楽を増やした前科がある。
その行為が俺を窮地から救ったもののその行動自体は問題だ。
今回の会議の議題とは別に彼女の暴走対策も考えなければならないかもしれない。
ユメちゃんがどこか行っている間にマヤに相談してみるか。おお、噂をすれば飛んできた。
「おっはようございますー。タイジュさま、ユメちゃん。メンバーは揃ってますし、早速始めちゃうでありますかー?」
「待って。カーバンクルも呼びたい」
俺は根っこに思念を込める。
ばしばしと根っこが叩かれる感覚。
程なくして俺が奇跡を渡したオリジナルのカーバンクルが巣穴から姿を現した。
ちなみに彼女の子供たちは楽園内に落ちている様々なものを隊列を組みながら運んでいる。
矢虫の食い散らかした俺の葉っぱ、夢婦屯の抜け毛、綿幕楽の死体などだ。
……さっきマクラのことを無鉄砲と言ったが、ちょっと控えめな表現を選んだ。
マクラこと綿幕楽は自殺癖がある。
正確には好奇心が旺盛すぎて失敗すると自分の命を失うようなことも平気で行う。
結果、本当に命を失うやつが出てくるのである。
そのことに関してすでに悲壮感を感じなくなっている。
いけない。脱線に脱線を重ねていたね。今日は長いのに。
「タイジュさま、カーバンクルって呼ぶの長くないですか? あだ名を考えましょう!」
マヤさん。貴方まで脱線してどうするの?
しかし、確かに長いんだよね。見た目でいえば蟻狐なんだけどあんまり短くなってない。じゃあ、習性とかから考える? とりあえず、落ちてるものをなんでも集める。そしてため込む。……むん。妙案閃いたり。
「カーバンクルだから略してバンクなんてどうかな?ちなみに元いた世界では大切なものを貯めこんでおく場所を差す言葉だよ」
「さすがタイジュさま、その案、採用です。改めてこれからよろしくであります。バンク達」
オリジナルのバンクが短く吠えると、他のバンク達が作業をやめ頭を上げる。逆L字の大きな耳をピコピコ動かす。めっちゃ可愛い。これを機にオリジナルのバンクのことは女王バンクと呼ぶことにしよう。
「ではでは改めまして、よりよい楽園づくりのため話し合いを始めましょー」
マヤの司会進行で会議が始まる。
「最初は楽園の方針であります。これは事前に話しましたから確認のみですね。方針は楽しく平和に暮らすこと。これで間違いないですね」
「間違いないけど、再度確認したいかな。この方針だと女神様の使命にそぐわないと思うんだけど、マヤはこれでいいんだね。今のところ、よくわからない人間に喧嘩とか売りたくないのが本音なんだけどね」
「全く問題ありません。むしろ、攻め急がないタイジュさまをますます尊敬し直したでありますよ」
「ほんと?」
「本当でありますよ。タイジュさまは自分のやりたいようにやってくれればいいんでありますよ。女神さまの使命に近道はありませんからね。日々の暮らしを楽しむことが一番であります」
ふぅ。ちょっと気持ちが楽になる。
マヤに女神様の物騒な使命を聞かされたときはどこの邪神かと思ったけど、邪神ならマヤやユメちゃんみたいな子が慕ったりしないと思う。人の社会を壊したいのにはきっとなにか事情があるんだろう。
だけど俺はアメミット戦を通じて自分で考えないことの怖さを知った。まずはこの世界の人間のことを知らないと判断できないな。俺が動けないからあっちから来てもらうしかないけどね。
マヤの思惑はわからないが、とりあえず方針は決定。さぁ、次に行こう。
「次からが本番でありますよ。続いては楽園の防衛策についてであります。楽園を守るために足りないものを挙げていきましょー」
「はい、マヤさん。壁が足りないと思います。この楽園には芝生しかないから外敵が入りたい放題だね」
「さすがタイジュさま。おっしゃる通りです。外敵の侵入を阻む垣根が必要でありますなー。他にありませんかー?」
「マヤちゃん。攻撃力も足りてない。今の戦力だとどうしても園内まで敵を引き付けないと戦えない」
「ユメちゃんもいい着眼点であります。園内に敵が入った時点でタイジュさまのダメージになってしまいますからね。バンクの人海戦法は拠点であるタイジュさまの周りだからこその戦法ですから、園外でも戦える戦闘用員の確保も急務であります」
「細かいことをあげるとキリがなさそうだけど、まずはこの2つをなんとかしないといけないね」
「そうであります。この2点を最優先で解決する必要があります。具体的な対策は後で詰めるとして、防衛以外で緊急で解決したい問題があれば今挙げちゃってください」
ユメちゃんが翼を大きく広げる。いつになく気合が入って見える。
「池がほしい。水浴びしたい。タイジュちゃんの布団として汚いことは許されない。シャワーだけじゃ限界がある」
「池はともかく水源の確保は必要でありますね。いまのところ、水分補給はタイジュさまのきのみに頼り切っていますから。マクラやバンクがもっと増えること、そろそろ妖精になりそうな蛹も増えてきたことを考えると間違いなく急務でありますね」
確かに。水は貴重な資源だ。
園外は砂漠だし安定した水源確保は下手すると防衛手段より先に必要かもしれない。
今は俺の得意な<きのみ生みの奇跡>のレパートリーの中には大量の水分を含む潤いのきのみというもので水分は確保している。しかし、飲む以外の方法でその水分を活用するには実を絞るなどの一手間がかかる。直接水があった方が絶対便利なのだ。
というかユメちゃん、シャワーってどこで浴びてるのよ。
「では、意見出しはここまでにして対策を考えますか。垣根、戦闘要員、水源それぞれ対応を考えていきましょう」