13葉 開園式
大分落ち着いてきた。
あれからユメちゃんも合流して3人で大泣きした。
むん。おかげでもう大丈夫!
腑抜けてばかりもいられない。
今回のアメミットとの戦いの被害の確認をしよう。
まずはマクラだ。
注目の奇跡と捨て身の攻撃で反撃のチャンスを作ってくれたが、残念ながらが口に飛び込んだ1匹は助からなかった。また、アメミットに群がるカーバンクルに不用意に近づき巻き込まれた子もいた。戦闘に参加してくれた5匹中2匹が犠牲になってしまった。
なぜか根本で避難していたはずの1グループも消えていた。そういえば、カーバンクルの巣穴に入ったやつらもいたっけ? まさかね。カーバンクルのごはんになんてなってないよね?
ユメちゃんが生物としてのライフスタイルを模索中と言っていた。
思うに、綿幕楽という生き物は自分の生に無頓着な生き物だ。ちょっと考えれば死ぬとわかる行為を平気でやっている節がある。今回の戦果は称賛に値する。しかし普段からそんな捨て身の精神でいられても困る。これからも自殺癖のおとぼけたちは目が離せない存在になりそうだ。……はっ、こんなところにまで<注目の奇跡>を使わないでほしい。おまえたちはもっと自分を大事に生きてくれ。
次にユメちゃん。
矢は幸いにして深く刺さらず軽傷で済んだ。きのみの力もあり傷は既に癒えている。戦闘中は確かに喉元に刺さっていたように見えた。本当に毛深いだけでケガが回避できるものなのだろうか。なにかひっかかるものを感じる。まあ、無事ならいいか。
はじめての戦闘で精神的にきつかったからか、泣き疲れて俺に巻き付いて寝ている。ユメちゃんって体の大きさの割にかなり軽い。転生前の世界の羊なんかも毛刈り前後じゃ全然印象かわるし、実は体毛でかなり自分を大きく見せてるのかも。じゃないと矢で軽傷だったのも説明はつかないしね。納得はしてないが。
見た目より小さいのであれば、アメミットを相手にするのもホントはかなり怖かったのかもしれない。ゆっくり休んでね。
マヤ、矢虫たちは被害なしだ。
しかし、攻撃を相手に利用され、戦闘で良いところがなかったため、マヤはとても落ち込んでいた。たくさん泣いて今は落ち着いたようだ。相性が悪かっただけで弓自体は強かったと俺は思う。でも、本人としてはそうは思えなかったみたいだ。弓射るマヤはカッコよかったよ。
矢虫たちは相変わらず俺の葉をもりもり食べている。
体が緑から茶色になり、弓虫に変態した子も増えてきた。さらに嬉しいことに3つの蛹も見つかった。最初の子達だろう。不幸なあいつの分まですくすく育って欲しい。はやく妖精さんに会いたいな。
今回の主役のカーバンクルだが、巣穴に引きこもったまま出てこない。
だから被害はわからない。そもそも元の数を把握してないのでなんとも言えない。根っこに意識を向けると湧き上がる力を感じる。問題は無さそうだ。根っこの隙間を縫って今も巣穴を広げているのだろうか。これから楽園を守っていく上で頼れる仲間だ。今後ともよろしくね。
最後に俺だ。
アメミットがいなくなり吐き気は収まった。しかし、カーバンクルの大繁殖で昨日から増した分の奇跡力がまるっと無くなっている。干渉された奇跡の力は戻らないらしい。失った力は大きくはない。しかし、外敵に見つかればまた同じことが起きる可能性が高い。本格的な外敵対策を立てないと。
でも、今日はもう夕暮れだ。というか疲れてすでにみんな寝ているので、話し合いはまた明日だ。
寝る前に俺は考える。本当に俺は格好ばかりの無能だ。
今回、命の危険を感じ、俺なりにいろいろと頑張ってみたつもりだった。俺は役割分担を考え、適材適所を免罪符にマヤやユメちゃんに多くの仕事を投げた。しかし、それはいつも通りの他人任せなだけだった。
命の危機に晒されて気付いた。俺は自分のことを全然真剣に考えていない。頑張ってるアピールを頑張ってるだけだ。そんな自分の態度がうすら寒く感じる。
唯一やった仕事のカーバンクルのことだってそうだ。
襲撃前の矢虫とマクラが死んだ事件で、ユメちゃんにマクラを死なせないでと言ってたはずなのに、やったことはカーバンクルでの人海作戦。真逆の考えのはずのユメちゃんの真似事だ。
ユメちゃんのことを理解してやってるならまだしも、自分の命可愛さにやったのだから救いようがない。
手足も動かず、頼ってばかり。
自分の主張も突き通せず、自己保身。
まわりのアドバイスを聞いてるふりして、だたの言いなり。
無能だ。案山子だ。
明日はみんなに謝らなきゃいけない。
俺がもっと真剣になっていれば被害は抑えられたかもしれないのだ。
辺りが真っ暗になる。俺の意識も闇に溶ける。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「おはようございます、タイジュさま。今から話し合いを始めるでありますよー」
「うん。始めようか。最初に聞いてほしいんだ。みんなに謝らなくちゃいけないことがある。昨日考え…
「聞きませんよ、タイジュさま。今は終わった出来事を後悔する時間じゃありません。成し遂げたことを喜び合う時間であります。厳しい戦いにほとんどの仲間が生き残った。これはとても素晴らしいことでありますよ」
「えぇ。アミメット、強敵。いっちゃうかと思った」
「マヤとユメちゃん二人で挑んで手も足も出なかった猛獣を、手に入れたばかりの戦力で倒す。さすがタイジュさまでありますよっ。その奇跡力と発想力がなければ、この戦いはより多くの被害が出ていたでありますね」
「そんなことないでしょ。だいたい戦闘で自分は何もできなかったし」
「何を言うでありますか。タイジュさまは事前に奇跡を仕込んでいました。それがタイジュさまの戦い方でありますよ。そもそもタイジュさまが本格的に戦闘に参加する事態は、マヤたち精霊が避けなければならないでありますよ。何もしてないのはマヤの方であります」
「死ぬのを見たくないと言いながら、カーバンクルをたくさん敵に差し向けた。カーバンクルがどれだけ傷つくかもわからないのに」
「矛盾してない。お互いを守れるように、すぐに戦闘を終わらせるように、いっぱい出したのね。そんなやさしいタイジュちゃん、すき」
「作戦だってマヤに任せっきりだった。ただ聞いてるだけで何も考えてない。案山子みたいにつっ立ってただけだよ」
「カカシとはなかなか上手いことを。タイジュさまは立ってるだけで私たちを守ってくれてるでありますね。動けないからってあまり自分を卑下しないでください。タイジュさまの奇跡は今もしっかりマヤたちを守ってくれていますよ」
はぁ。なんで二人ともこんなに優しいのだろうか。
ちょっと泣けてくるよ。俺、樹だし泣けないけど。
いや、昨日は不安で心で泣いてた。
そして、今日はみんなのやさしさでうれし泣き。
だからね。昨日と同じ心だけなのはいやだよね。
これは無能なりの意地。
この涙は形にしよう。奇跡の力で形にしよう。
無様でみっともない俺を支えてくれた二人へ贈ろう。
俺は枝と枝の間、葉の付け根に意識を集中する。
力と一緒に、溢れる感情を注ぐ。
枝の間に2つ、空色の袋が膨らみ始める。
涙の形に育った果実は、やさしく二人の元へ零れ落ちる。
「二人とも、ありがとう。このきのみは俺からの感謝の気持ちだよ」
「おっ、今日は特別な味でありますかっ? 早速食べていいでありますか?」
「これはプロポーズ? うれしい。今晩が楽しみね」
おいっ。真面目にこんなことするのは勇気がいるのにボケで返すな!
恥ずかしい。布団があったら入りたい。
でも、よく考えたらきのみを贈るなんていつもやってることだな。これでいいのかな。
マヤが、ユメちゃんが、楽園のみんながとっても大事だ。
だから決めた。
俺は案山子だ。
それは昔から変わらない。格好ばかりで動いてないから、現に課題が山積みだ。解決のために時間もかけてられないだろう。だから、格好ばかりの無能な俺は卒業しなきゃならない。きっととても大変なことだ。 しかし今、案山子には新しい意味が加わった。いや、加わったわけじゃない。比喩でもなく本来の意味なのになぜ俺は忘れていたのだろうか。案山子は外敵から畑の作物を守るために置かれるものだ。また必ず仲間たちに魔の手が伸びる。それから守るのが俺の役割だ。
「俺はこの楽園を守る案山子になるよ。みんなが戦わなくて済むような、そんな楽園を作り上げるよ」
「それは素晴らしい考えであります。マヤたちも全力でサポートしますので一緒に頑張りましょうね!女神さまもあっちの世界でお喜びのはずでありますよ」
「そういえば。いろいろありすぎて忘れてたんだけど、俺って使命があって女神様に呼ばれたんだよね? いままでその使命、聞いてなかったんだけど」
「おや? 言ってなかったでありますね。タイジュさま並びに我々精霊たちの使命はですね。魔法の滅亡、すなわち、魔法を管理しているヒト社会の破壊でありますよ」
「え?」
「さあ、タイジュさま。私たちの楽園づくりはここからでありますよっ!」
1章完結。
閑話として楽園の外の話を1話挟んで、
図を使った奇跡や楽園の解説を行った後、
2章へと物語は進めていきます。