11葉 はじめての防衛戦・上
転生前の俺は云わば案山子だった。
周りの評判を気にして、自分の意見を捨てて、人の意見ばかり取り入れる。表面だけ取り繕った中身がスカスカの案山子だ。異世界に転生し、人の身体を捨てた今でも根っこは変わってない。だから後悔する。目の前にいる侵略者への対策を俺はちゃんと自分で考えるべきだったのだ。
アメミット対策を話した次の日。俺たちは防衛準備に勤しんでいた。
マヤは弓の手入れをしている。近くには矢虫たちが集まっている。マヤが矢虫に手を伸ばす。すると触れられた矢虫がぴしっと身体を伸ばし硬直した。
これは矢虫の硬化能力だ。精霊の眷属も奇跡の力が備わっている。マヤ曰く、これにより、矢虫たちは矢の代わりになるそうだ。というか、硬くなるのは外敵から身を守るための力では? ちゃんと俺の枝で矢を作ってるから、矢虫ちゃんたちは射たないであげてね?
ユメちゃんは楽園内のパトロールだ。空を飛ばずに芝生泳ぐように滑っている。なんだか動きがぎこちない。緊張してるのかな? マクラたちは全員俺の根本だ。あまり離れないように俺が見張っている。こら、そこの一団、カーバンクルの巣穴に入っていかないっ! ……聞いてもらえない。どうやら俺にこの仕事は向かないらしい。だって動けないし。ちょっとは大目にみてほしい。
ただ、俺の本命の仕事は別にある。カーバンクルのサポートだ。獲得した奇跡を存分に発揮してもらうために、与えた力を活性化させるきのみや、栄養満点のきのみを巣穴に送っている。根っこからカーバンクルの頑張りが伝わってくる。おっ、また力が上がった。順調に能力をものにしているみたいだ。襲撃までまだ1日ある。明日までになんとか戦えるまで仕上がってくれるといいのだが。
「アメミット接近。迎撃配置について!」
夢婦屯の初めて聞いた鋭い声。現実は予定通りには行かないみたいだ。
迎撃配置、アメミットの襲撃が予定より早かったために俺の回りで陣を張るということだ。
そう、この時点で既に戦略的には負けている。しかし、俺は動けない。生き残るために不利な状況でも戦闘に勝たなくてはならないのだ。肉は切らせても、骨まで断たれてはならない。肉も骨も俺にはないが。
作戦は次の通り。
ユメちゃんが抑えて、マヤが攻撃する。他は避難。カーバンクルが間に合えば加勢する。このくらいしか決めていないのだ。いや、決めてないでなく決められない。人員が足りない。これが精一杯。しかし、敗北の条件を考えると人手がもっとほしい。
俺の目の前で魔法を使われると俺は死ぬ。アメミットを俺に接近させてはいけない。
会敵後に相手に撤退されると仲間を呼ばれる。アメミットを楽園から逃がさずに仕留めなくてはならない。
つまり、強大な侵入者を近すぎる遠すぎずの位置に誘導し、そこで仕留めなければならない。
初見でこれをやるなんてムリゲーだ。しかし、ゲームの世界なら投げればよいがここは現実。腹を括らねば。
ぐっ。楽園にアメミットが足を踏み入れる。
吐き気がひどい。カーバンクルが入った時とは比べ物にならない。感覚喪失が予想より激しい。これは接近されると本格的にやばい。思考もまとまらなくなりそうだ。
アメミットの歩みが止まる。長いたてがみを逆立てている。なにかに戸惑っているのか? アメミットが反転した。まさか、帰ろうとしてる? マヤの読みだと一戦交えてから撤退するはずだ。
当てが外れた。かなりまずい。一匹入っただけで体調に影響するレベルなのに。大勢仲間を呼ばれたら、魔法を直接受ける前に意識が吹っ飛ぶのは確実だ。
「させない」
事態を察したユメちゃんが急いで回り込む。いつものじっとしている印象の彼女とは思えない素早い動きだ。そのスピードで大量の体毛が宙を舞っている。その巨体も相まってアミメットは退路を断たれた。アミメットが構える。応戦するようだ。
スッ。風の切る音。
アメミットが何かに弾き飛ばされる。体には俺の枝でできた矢が浅めに刺さっている。致命傷には見えないがタラタラと血が流れている。
マヤだ。弓が大きすぎるせいか、上から三分の二の位置を握っている。素人目にはアンバランスにみえる構えだが、その威力はさっきの一撃で証明してもらっている。いつも口数が多いマヤが無言で2射目を構える。その目は狩人そのものだ。
俺はこの時点で少し安心していた。
理由は2つ。1つ目は体格差だ。夢婦屯はアメミットより遥かに大きい。体格差を例えるなら猫と鼠だ。カーバンクルを見て蟻並のサイズに思っていたが、実は楽園の生き物自体が俺の感覚よりかなり大きいのかもしれない。ただ、そうだとすると俺のサイズが軽く高層ビルサイズになるので、多分外敵が小柄なだけだろう。
2つ目はアメミットの様子だ。楽園に入ってからの動きが悪い。アメミットは砂漠地帯がテリトリーだ。もしかしたら、楽園の芝生の地形と相性が悪いのかもしれない。加えて矢によるダメージが入っている。
マヤはどうして矢では仕留められないと言っていた理由もわかる。体が吹っ飛ぶ程の威力の矢を受けたのに矢じりが半分しか刺さっていない。あれだけの防御力は魔法で得ているのだろうか。しかし、ダメージがないわけではない。ユメちゃんが抑えてくれていれば、ここままいけるのでは?
アミメットは半端なお座りのような姿勢で、前足を出してユメちゃんの動きを牽制しているようだ。ユメちゃんは攻めない。マヤの言っていた強力な攻撃を警戒してるのだろう。そこにひとかけらの油断もない。
シュ。風を切る音。
弧を描くアミメット。
響き渡る咆哮。
よろめく夢婦屯。
状況がつかめない。
ユメちゃんはカウンターを警戒して距離は保っていた。
ユメちゃんの喉元に矢が刺さっている。マヤの誤射? 絶対に違うはず。マヤはユメちゃん側から矢は射たはず。矢の刺さる方向がおかしい。まさかさっきの凪ぎ払いで矢を跳ね返した? それよりも危ない。下がったユメちゃんの頭に目掛けてアメミットが突っ込んでくる。ワニのアギト大きく開く。
この時、俺は後悔していた。目の前にいる侵略者への対策を俺はちゃんと自分で考えるべきだったのだ。仲間の危機に手も足も出ない。この楽園に立派に飾り付けられた無能。それは正しく案山子であった。
巨大な綿毛が飛び散り、宙を舞った。




