第5章 お姫様のような男の子と王子様のような女の
エリカさんが日本にやってきます。
日本のとある都市にあろ公園。いつもなら沢山の子供が遊んでいる場所だけど、たまたま今日は無人、だからここに連れてこられた。
「この女男」
「お前、本当に男かよ」
「チビスケが~」
3人のDQNに取り囲まれた少年、男子用の制服を着ていなければ、少女に見られても不思議ではない容姿、しいて言えばお姫様ぽい、メタルフレームメガネがチャームポイント。
ファンタジー世界なら、暴漢に襲われているお姫様なシチュエーション。
「オイ、コイツが本当に男かどうか、確かめてやろうぜ」
「そりゃいいや」
陰険な笑い声を上げ、3人がかりで抑え込んだ。
「や、やめてよ」
嫌がっても、元々華奢で力が弱いのに3人がかりじゃ成す術無し、ズボンを捕まれ強引に剥がされそうになる。
「このクソヤロー共、護に何してやがんだぁっ!」
とても体格のいい少女がドロップキックをDQN1人の顔にめり込ませた。少女を動物に例えるなら何?と質問したら、全員が虎と回答するだろう、こちらは王子様ぽい、八重歯がチャームポイント。
「聖子ちゃん」
涙目で少女を見上げるお姫様ぽい少年、結城護。
「よくも護に手を出しやがったなっ!」
王子様ぽい少女、大熊聖子は、もう1人のDQNの髪を掴んでウェスタンラリアット、さらに残りの1人にソバットを叩き込む。
ソバットを叩き込んだ相手、DQNのリーダーの前に立ち、
「護に手を出したこと、閻魔大王の前で懺悔しゃがれっ」
恐怖のあまり、らしからぬ悲鳴を上げたDQNの顔面を掴み、アイアンクロー。
今度は激痛で悲鳴を上げるDQN、こめかみからメリメリ音がする。
「聖子ちゃん、もう止めようよ、このままじゃ死んじゃうよ」
護が止めてもやめない、鼻息が凄い。ちなみ聖子は素手でリンゴをジュースにでき、スイカを砕くことが出来る。
突然、聖子の拳をごつい手が掴んだ。
「そこまでにしておけ」
聖子の手を掴んだのは大きな男、ただ大きいのではない全身鍛え上げた筋肉の塊、まるで筋肉の鎧を纏っているかの様。
着ているスーツは体に合うように仕立てもらった品、普通の店では合うサイズが売っていないので。
「パ、パパ」
大きな男は聖子の父親の大熊寛至。手を掴んだまま聖子を持ち上げてしまう。
その合間に逃げ出すDQNたち、お決まりの“覚えていろ”は言わなかった。いくら何でもあんな大男とその娘の前で言えるような根性は持ち合わせてはいない、所詮、弱い者いじめ専門。
寛至は聖子を軽く張り手で叩く。軽くと言っても大きく力も強いので攻撃力は軽くはない。
すっ転ぶ聖子、こちらも頑丈なのが幸いしてダメージ0。
「聖子、あいつらを殺すつもりだっただな」
とても迫力のある叱責、弱気な奴は金縛りになってしまうような威力がある。
金縛りにかからなくとも、何も言わない聖子、立ち上がりもせず父親を見ている、目を逸らすことなく。
「おじさん、殺すつもりなんてオーバーだよ」
護の擁護を、寛至は首を横に振り否定。
「護くん、確かに持っていた聖子は殺意を」
そう殺意を放っていた、だからこそDQNはらしからぬ悲鳴を上げたのだ。
聖子も否定せず、その通りだから。
「プロレスは殺人のための技ではない」
「……」
何も反論できなかった。護に手を出されたことで頭に血が上り、我を忘れ、相手を殺す気でいたばかりか、喜びさえも感じていた。
「帰ったら、覚悟しておけ」
「――ハイ」
立ち上がる聖子。
「迷惑かけたね、護くん」
ニコっと微笑む。怖い顔ながら、こんな時は愛嬌がある。
「ごめんなさい」
一言謝って聖子は公園を出て行った、本人もめげている様子。
「……聖子ちゃん」
優しい護は自分の方こそ聖子に迷惑をかけてしまった、そんな思いを持っていた。
大熊寛至、一昔前、熊をモチーフにしたマスクを被ってリングで大活躍、一躍人気になったプロレスラー、リングネームはビック・ベア。
引退したとはいえ、全く衰えは見せず、強いまま。
そんな父親の元、幼少時より聖子はプロレスを学び、己を鍛え上げてきた。
小学生の頃、同じクラスになった護と聖子。
お姫様のような男の子、王子様のような女の子、正反対でお互いの持っていないものを持っている相手に惹かれ合い、仲良くなっていき、今や両方の家庭も認める仲。
現在、高校2年生、通っている学校もクラスも同じ。
自宅へ向かうアルファード。バックシートに座った聖子は、黙ったまま窓の外を眺めていた。
飛び交う様々な思い。殺しかけたDQN、家に帰ったら待っているしごき、特に一番思いが強いのは護のこと。
(護にあんな姿を見られちゃった……)
窓に水滴が付いた。最初はポッンポッンな水滴だったのに、一気に雨が降り注ぐ。
「護!」
このままでは雨の中、護はずぶ濡れになってしまう。
「そうだな、迎えに行こう」
寛至も放っては置けないので戻ろうとした矢先。
「危ない!」
急にブレーキを踏み、アルファードを急停車。
つんのめった聖子、シートベルトが守ってくれた。もしシートベルトしてなかったら、飛んで顔面を強打していたかも、着用が義務化したことにありがたく感謝。
「パパ、いきなりどうしたの」
「人が倒れている」
雨の降りしきる中、寛至はシートベルトを外し車外へ。
聖子は父親の向かった先を見た。そこには同じ年頃の少し長めの黒髪の少女が道路に倒れているではないか。
「まさか轢いた……の」
そう思ったのも一瞬、何かがぶつかった衝撃は感じなかった。
道路の真ん中に倒れている少女を見つけたので、寛至はブレーキを踏んだ。もしかしたら、前の車が轢き逃げしたのかもしれない。
少女の傍へ駆け寄った寛至、見る限りでは傷は無い、不可解なのは着ている服装、どっからどう見ても軽装の鎧。
「コスプレか?」
それにしては着ている鎧がリアルすぎる、もし作るとなればかなりの技術と金が必要になるだろう。
降りしきる雨が染めた髪を洗い流し、本来の銀色に戻す。
脈を確かめるため、伸ばした手を少女の腕が掴む。
「うぉっ!」
とてつもない力。ビック・ベア時代、戦った2m越えの外国人レスラーをも上回る怪力。
締め上げられる腕、このままでは折られてしまう。
こうなったら仕方がない、無理やり引きはがそうとしたら、ふと掴む力が抜け、再び意識を失う。
「この少女は……」
寛至のように鍛え上げていなかったら、どうなっていたか。人間離れしている、少女の体のサイズからしてあり得るはずの無い力。
「パパ、救急車、呼ぶね」
スマホを取り出す。
「止めておけ、この子を病院へ連れて行くのは不味い」
一体、少女は何者なのか? ただ一つだけはっきりしているのは、普通の人間ではないということ。
☆
シャッターの降りたお店の軒先で雨宿りをしている護。ずっと前から閉まったまま。シャッターの文字も風雨にさらされ、錆びてすり減り、何の店だったのかも解らない。
「雨、止まないな」
空を見上げれば、どんよりとした雲が太陽を覆い隠し、しばらくは止んでくれそうにもない。
そう言えば朝の天気予報で、午後から夕方にかけて雨になるでしょうと言っていた気がする。
真剣に聞いて傘を持ってくればよかったなと、後悔しても先に立たず。
こうなったら家まで走るかと覚悟を決めた時、一台のロールスロイスが止まった。
窓が開き、黒のストレートヘアーの美少女が顔を向けてきた。
「これは護さんでは、ありませんか」
「水上さん」
「あら、わたくしのことは逢花と呼んでくださいと、前に申しましたわよね」
「あっ、ごめんなさい、逢花さん」
素直に訂正する護を見て、満足そうに微笑む。
黒のストレートヘアーの美少女、水上逢花。地元の名家出身のお嬢様、親はいくつもの会社を経営し、政治家にもコネクションを持つ。
逢花も護と同じ高校に通っている、クラスは違うけれど。
ロールスロイスの後部座席のドアが開く。
「乗ってくださいませ、家まで送って差し上げますわ」
「えっ、いいの」
「かまいません、護さんを雨に濡らしたくはありませんもの」
「ありがとう」
素直な気持ちでお礼を言い、ロールスロイスに乗る。乗りやすいよう少し横に逢花は詰める。
ドアが閉まり、ロールスロイスが発車。
護を横に座らせた逢花、とてつもなく嬉しそう。
「そうですわ、護さん、良かったらメールアドレスを教えてくれません」
何気なくを装い頼んだところ、
「うん、いいよ」
何の疑念も持たず、護は逢花とアドレスを交換した。
アドレスの交換をしながら、当の本人に気づかれないよう注意しつつ、じっくり観察、それは得物を前にした肉食獣の眼差し、
「そ、その顔の痣、どうなさったのです!」
公園でDQNたちにやられた痣、明日には治っていそうなの微かな痕でも、逢花は見逃しはしなかった。
「何でもないよ、気にしないでいいから」
詳しいことは話さない方がいいと感じた護。
「――そう」
静かに呟いた逢花の目に宿った光、それはとても怪しい光。
護の家に到着。一般的な二階建て住宅、サラリーマンの父親が建ててくれた家で、まだローンは残っている。
一応、護が成人するまでには払い終える予定。
「送ってくれて、ありがとう逢花さん」
明るい笑顔と共に、出来るだけ雨に濡れないよう玄関へ走って行く護の後姿を見て、逢花は恍惚の表情を浮かべていた。
護を送り届けた後、逢花は帰宅。お嬢様だけあり、誰もが思い浮かべる通りの大豪邸。
「お帰りなさいませ、逢花お嬢様」
水上家に最も長く勤めている老執事の江本がお辞儀。着ている服装と物腰、どこからどう見ても、これは執事だと思わせる執事。
「爺や、わたくしは秘密の部屋に行きますので、誰も近づけないでくださいませ。夕食はいつも通りの時間でよろしくてよ」
「かしこまりました」
逢花の両親は日本中、世界中を飛び回って仕事をしているため、たまにしかこの自宅には帰ってこない。
以前は寂しいと思ったことはあった、でも今は平気、何故なら愛するべきものを見つけたから。
「ところで爺や、“お客様”はどうしておられますか?」
「ずっと書庫で本を読んでおられます」
「そう、後でお茶でも差し上げてくださいませ」
「かしこまりました」
再度、お辞儀する老執事。
「もう1つ、調べてほしいことがありますの」
車内で見せた怪しい光と同じ光を放つ。
秘密の部屋の鍵を開けて中に入る逢花。秘密の部屋だけあり、使用人どころか、家族さえも入れさせない場所。
スイッチを入れ、LEDライトを点ける。正面の壁には、ある高名な画家に描いてもらった護の肖像画。壁や天井一杯に、あらゆるサイズの護の写真が貼られていた。
「護さん、いつ見ても可愛いであられます」
慈しむように壁の写真たちに頬ずり、まさに逢花にとって至福の時間。
「ああ、出来るなら、あなたを永遠にわたくしだけのものにしたいですわ」
初めて出会ったのは入学式の時。幼少の頃より英才教育を受けていたので高校どころか、大学で学ぶ授業さえマスターしている逢花。
高校へ通うのも学歴目当て、退屈でつまらない3年をどうやりやり過ごせばいいのか悩みながら校内を歩いていたら、視界に飛び込んできたのが護。
こんなにも可憐で可愛い男の子が存在しているなんて、心臓の鼓動が早くなり、護以外のものは見えなくなっていた。
これが逢花の初恋、欲しいものは欲しいだけ手に入った彼女に取って、初めて簡単に手に入らない存在の誕生。その思いはとてつもなく激しい。
全ての写真は盗撮したもの、自分で撮る時もあれば使用人に任せるときもある。
ふと脳裏をよぎる護の顔の痣。
「あなたを傷付けるものなど、わたくしは許しは致しませんことよ」
見るものに凍えるような冷たさを与える微笑みを浮かべる。
こっちの世界の主人公の護くんと聖子さんの登場。
弟が子供の頃、急ブレーキをかけた際、シートベルトを付けていなかったため、吹っ飛び顔面を強打、鼻血を出したことがあります。
シートベルトはしっかりと付けなくては。