第4章 旅立ち 新たな世界へ
女神皇との決戦の決着。そして……。
帝都の外に作られた野営地。派遣部隊の魔法使いが大鏡に【ゲファレナー・エンゲル】と女神皇帝の最終決戦をリアルタイムで映し出していた。
派遣部隊の兵士、ヒルシュとグリフォン戦団の団員たちが息を殺して見ている。
ザビーネや彼女と同じく魔力を使い切ったり、負傷して決戦に参加できなかった【ゲファレナー・エンゲル】の魔人戦士と戦士たちも大鏡を見守り、仲間たちの勝利を祈る。
落ち着きを取り戻したグリフォンたちを、すぐにでも逃げ出せるよう準備を整え置くヒルシュ、こんな時も抜け目なし。
丁度、大鏡はエリカが温かな神々しい漆黒の光をぶち込み、女神皇帝を倒したところを映していた。
女神皇帝を倒した……?
戦場にいる魔人戦士と戦士たち、最初は漠然、やがてじわじわ、そして大きな勝利の喜びを湧き起こす。
ついに女神皇帝を倒した。やっと支配されてきた世界から解放され、今こそ自由を勝ち取ったのだ。
思わず魔人戦士と戦士たちは抱き合い、歓声を上げる。
その歓喜は大鏡を見ている者たちにも伝わり、皆も歓声を上げ始めた。
「私たちは勝ったのですね、帝国に女神皇帝に」
イェーイと飛び上がりそうなヒルシュ。
仲間たちの勝利に、ザビーネの目には涙が零れ落ちる。
☆
【ゲファレナー・エンゲル】の頭、エーアスト博士、オイゲンとクンツのベテランたち、切り札のエリカは仲間たちほど、喜んではいなかった。
何せあの女神皇帝、油断のならない相手。
戦士の1人が持っていた“ライフル”を受け取り、エーアスト博士自ら、生死の確認に向かう。
いきなり起き上がった場合でも、すぐにでも撃てるように構え、一歩一歩近づいて行く。
女神皇帝の前に到達するまで実際の時間は短くとも、エーアスト博士と【ゲファレナー・エンゲル】が精神的に感じた時間は10倍以上と言っても過言ではないだろう。
倒れたまま、全く動く気配すら見せない女神皇帝。温かな神々しい漆黒の光でぶち抜かれた右腹の傷は深く酷いもの、辛うじて上半身と下半身が繋がっている状態。
並の神化人ならば、完璧に死んでいる。
全く動かない、ピクリとせず。
完全に死んでいるのか? エーアスト博士もそう思え始めた際、ふと女神皇帝に目を留める。
常に仮面を被っている女神皇帝、例え側近でも素顔を見たものは誰もいない。噂ではとんでもない美女だとか、逆に醜女とも。
エーアスト博士は仮面を外そうと手を伸ばした瞬間、女神皇帝が消えた、石畳を染めた鮮血を残して、跡形も残さず。
一体、どこへ消えたのか女神皇帝は?
【ゲファレナー・エンゲル】たちは周囲を見回し、女神皇帝の姿を探す。
見つからない、どこにもいない、影も形もない。
もしかしたら死んだので体が消滅してしまったのではないか、そんな憶測も出始める。
なんだよ、脅かしやがってと戦士の何人かが、安堵で胸を撫で下ろす。
突然、クンツの目の前に倒れたままの女神皇帝が出現。
驚く間すら与えず女神皇帝は飛びあがり、クンツの頭を両太ももで挟み込む。
「なっ!」
挟んだままの体制で後方に宙返りをして回転、クンツの頭を石畳に叩きつける。
頭蓋骨が砕けたクンツを離し、起き上がった女神皇帝。
上半身と下半身が引き千切れる寸前まで、開いていた腹の穴を純白の光が包み込み、見る見るうちに治癒。完全に傷は消え失せ、そこにあるのは傷があったなんて感じさせない放漫な胸と可愛らしいおへそ。
「化け物め!」
戦士たちが“ライフル”を撃って撃って撃ちまくる、同士討ちにならないように注意しながら。
一発たりとも到達しない魔法弾。命中しないのではなく、到達しないのだ、女神皇帝の前で全ての魔法弾が停止している。
“ライフル”を撃つことも忘れるほど、戦士たちは唖然としてしまう光景。
止まった魔法弾が180度回る。
「みんな伏せるんだ!」
警告するエリカ、悲しいことに間に合わなかった。
パチン、女神皇帝が指を鳴らした途端、全ての魔法弾が跳ね返された。
自分で撃った魔法弾、仲間が撃った魔法弾で多くの戦士たちが命を落とす。
“ライフル”は使えない。生き残った戦士たちは“ライフル”を投げ捨てて、代わりに剣を抜く。
魔人戦士たちも剣、槍、斧、メイス、ハンマーなどの武器に黒く温かい光を纏わりつかせ強化。
魔法使いたちは反則的なほど便利な防壁魔法を展開。
魔道士たちも呪文を詠唱、魔人戦士の魔導士は黒く温かい光を攻撃魔法に混ぜ合わせる。
反則的なほど便利な防壁魔法は敵の攻撃を全て防いでくれる。ゴリ押しで攻撃をし続けることにした【ゲファレナー・エンゲル】戦士たち。
小さな純白の光球を何十個、何百個と女神皇帝が生み出したかと思うし。全ての純白の光球が消え失せた。
過ぎの瞬間、全ての純白の光球が【ゲファレナー・エンゲル】戦士たちの前に出現、反則的なほど便利な防壁魔法の内側へ。
敵のどんな攻撃をも防ぐ反則的なほど便利な防壁魔法でも、内部から攻撃されれば防げない。
次々と魔人戦士と戦士たちを純白の光球が撃ち抜いて行く。
純白の光球を反則的なほど便利な防壁魔法の内側へ転移させた女神皇帝。
「こんちくしょうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ」
グレートソードを拾い上げ、エリカは温かい漆黒の光を纏わせ斬りかかる。
女神皇帝の手に純白の光で作られた、片刃で細身反りのある独特の剣が現れた。
この純白の光の剣、解る人なら解る日本刀。
怒りに任せて振り下ろされたグレートソードを、純白の日本刀が横一文字に切断。
返す純白の日本刀でエリカを斬ろうとした時、
「危ない」
オイゲンが突き飛ばし、身代わりに斬られる。最後の力を振り絞って黒く温かい光を炸裂させ、純白の日本刀を砕く。
倒れるオイゲンは笑っていた、一時ひとときでもエリカを守れたことを満足して。
「オイゲン!」
悲しみのあまり行動の遅れたエリカの首目掛け、撃ち込まれる掌を上にした手刀。
距離が近すぎる、これでは避けるのは不可能、エリカは覚悟を決めた。
(負けるのは死ぬほど悔しいが、仲間と同じところへ行けるのはせてもの救いか……くそったれ)
いつまで経っても手刀はエリカの喉を貫くことはなかった。
喉元のほんの数ミリ前で手刀は止まり、女神皇帝は凝視していたエリカの顔を。
頭を押さえ、女神皇帝は下がる、ふらふらと。
その時、エリカと女神皇帝の間に巻物が投げ込まれ、強い光を放つ。
閃光で視界を奪われたエリカの腕を、何者かが掴んで引っ張り出す。
視力が回復、どこから持ってきたのだろうかエリカはリアカーに乗せられ、必死の形相のエーアスト博士が運んでいた。閃光の魔術を仕込んだ巻物を投げたのも彼。
女神皇帝の方を見れば、隙を突いて攻撃を仕掛けた仲間たちが返り討ちに会っているではないか。
「戻らないと、このままじゃみんなが――」
あの様子、全滅は必至。飛び降りようとするエリカの手を掴んで止める。
「エリカよ、お前が行ったところで“今”の女神皇帝には勝てぬ、まさかあれほどとは」
エーアスト博士が計算していたよりも、遥かに超える強さを女神皇帝は持っていた、正しくチート。
あまりにも痛すぎる計算ミス。
「だったら仲間を見捨てろと言うのか、ここで諦めるというのか!」
涙ながらの訴えに対し、首を横に振るエーアスト博士の目にも涙。
「まだ最後の手が残されておる、禁断の手段が」
☆
女神皇帝と戦っていた【ゲファレナー・エンゲル】の全滅、大鏡に映し出された最悪の結果。
巻き添えになるのはごめんとばかり、テキパキ派遣部隊とグリフォン戦団は撤退の準備を始めていた。
魔力を使い切ったり、負傷して決戦に参加できなかった魔人戦士、戦士たちは心苦しくとも撤退をする者、一度は残って戦おうとしたものの、説得され撤退を決めた者、無理やり撤退させられる者が交々。
「私は残ります、みんなを見捨ててはおけません」
「大鏡を見ていなかったのですか、あなたの魔力がフルな状態でも勝てる相手でないでしょう、命は大切に」
魔力が完全回復していないのに、何としても残って戦おうとするザビーネをヒルシュが説得を試みる。
「逃げるなら、あなたたちだけで逃げればいい、痩せても枯れても私は【ゲファレナー・エンゲル】の魔人戦士、死ぬというのなら、仲間と共に戦って死にます」
どうしてもザビーネは残ろうとする、その意志は強い強すぎる。
「そうですか、解りました……」
ようやくヒルシュも説得は無理と判断。
「ならば致し方、ありません―ね!」
一瞬の隙を突いての当身を食らいザビーネは意識を失う、失ってしまえば強いも弱いも関係なし。
「目の前で無駄死にする人を見捨ててしまったら、夢見が悪くになってしまいますので」
☆
リヤカーが止まったのは帝都の北の外れにある家の前。
エリカはリヤカーを降りた。帝都の邸宅にしては小さい家、もう何十年も人が住んでおらず、ほったらかしにされているのが一目で解る。
エーアスト博士は崩れる一歩手前のドアを開けて家の中へ、エリカも着いて行く。
中は荒れ果て放題、埃が積もり、歩くたびに舞い上がる。
思わず口元を抑えるエリカ。
「ここは儂が帝都にいた頃、ラボに使っていた住み家じゃ」
言われてみれば机の上の埃をかぶった実験器具、棚の中の薬品類など、研究室の痕跡が随所に見られる。
どうしてエーアスト博士は、こんな所へエリカを連れてきたのだろうか?
今はもう動かなくなった大時計の前へ行き、エーアスト博士は8時、1時、3時を順番に針を合わせた後、振子を引っ張った。
すると音もなく、隣の壁が開き、下へ降りる階段が出現。
コーナーラックの上に置いてあった燭台のロウソクに、“ライター”で火を付けたエーアスト博士。“ライター”、中に火の魔法が仕込んであり、一般的に火種に使われる道具。
燭台を持ち上げ、
「さぁ、行くぞ、この下じゃ」
階段を降りるエーアスト博士の後を追い、エリカも階段を降りる。
階段を降りて行く、下へ下へと。
辿り着いた先は地下室、割と深いところにあるので暗く肌寒い。
手に持った燭台でエーアスト博士は壁掛けの燭台に、火を灯して回る。
「ここは……」
エリカは明るくなった地下室を見回す。
床には大きな魔法陣、至る所に複数のマジックアイテムをバランスよく組み合わせて作った装置が配置されていた。
魔法陣の図形も装置も見たこともない物なので、どんな魔法を発動させるための施設かは不明。
「世界転移装置じゃよ」
そんなエリカの心中を察し、地下室の正体を教える。
「儂は上のラボでL細胞の研究を、地下で世界転移装置の研究を行っておったのじゃ」
帝国側にはL細胞のことは発覚しても、この地下室までは気づかれずに済んだ。
どうやらL細胞の研究が、いい目くらましになった模様。
「世界転移装置、どうしてそんなものを?」
聞いたことも見たこともない魔法だけど名前で用途は解る、世界を移動する魔法。
「チートな力を持つ転移者である女神皇帝。結局誰も勝てなんだ、儂らを含めて、な」
女神皇帝の力は圧倒的、【ゲファレナー・エンゲル】総がかりで攻撃を仕掛け、エリカの最大出力の一撃を食らわせても勝てなかった。
オイゲン、クンツ、多くの魔人戦士、戦士たちが命を落としてしまった。
思い出すだけで悲しみと悔しさが込み上げてきて、エリカは拳を強く握りしめる。
「女神皇帝を倒し世界を救う最後の手、それは世界転移装置を使って世界を渡り、そこで転移前の女神皇帝を見つけ出し、殺すことじゃ」
エーアスト博士は真剣そのもの、冗談で言っているのではないのは誰でも解る。そもそも冗談を言っている状況ではない。
「世界を渡る……」
世界を渡り、女神皇帝になる前の女神皇帝を殺す。これがこれこそが起死回生の一手。
「この方法には重大な問題があっての、一つは転移には、かなりの負担が掛かってしまう。儂のような老人には耐えられん、イチコロじゃ」
その問題は最強の魔人戦士、エリカならばクリアできる。本当に問題なのはもう一つの方。
「転移前の女神皇帝を倒せば、確かに世界は救われる――じゃが、女神皇帝がこの世界に転移してきたという、歴史そのものが書き換わってしまうじゃろう」
「!」
女神皇帝に支配されてしまったという歴史があるからこそ、今のこの世界が存在している。
その歴史が書き換えられてしまえば、今のこの世界はどうなるというのだろうか? エリカ、エーアスト博士、【ゲファレナー・エンゲル】はどうなる?
その危険性ゆえ、エーアスト博士はL細胞を主力に据え、世界転移装置を禁断の手段とした。
「しかしな、もうこの方法しか女神皇帝を倒す術は残されておらん」
それは直に女神皇帝と戦ったエリカ自身、身に染みて解っている。
“今”の女神皇帝には誰も勝つことは出来ない、だが“今”じゃない女神皇帝なら。
「でもまぁ、儂らが消えて無くなるわけではあるまいて。儂は【ゲファレナー・エンゲル】の頭ではなく、只の偏屈な研究者、お主は只の町娘と言うところじゃろう」
エリカは最強の魔人戦士ではなく、両親と暮らしている、普通の町娘。オイゲンもザビーネもクンツも、魔人戦士も戦士も、普通の兵士だったり、猟師だったり、農民だったり、教師だったり、商売人だったり、役人だったり、とっても平和とは言えなくても、平穏な日々を送り、【ゲファレナー・エンゲル】は存在すらしていないだろう。
「……」
例え、今この日々か消えても、みんなが消えて無くなるわけじゃない、絆までも消えない。むしろ誰も女神皇帝に殺されなくて済む、苦しめられなくて済む。
エリカは決心した。
「オレは行く、異世界に」
エーアスト博士は世界転移装置を稼働させる。何十年も放置されていたにも拘らず、ちゃんと動いてくれた。
地下室の中央、すなわち魔法陣の中央に向かうエリカ。
「1人では出来できんことも、仲間がいれば可能じゃ。“向こう”で信頼できる仲間を見つけるんじゃ、場合によっては、そいつを――」
「解った」
皆まで聞かなくとも、エーアスト博士の言いたいことは解る。
魔法陣の中央に立つエリカ。
エリカの胸中に思い浮かぶのは、家族や仲間たちの笑顔。
(あの笑顔を取り戻して見せる、絶対に)
エーアスト博士は胸ポケットから、一枚の絵を取り出す。正確には絵ではなく、古びた写真。女神皇帝が大事にしていたのを、こっそりとくすねてきたもの。
写真に写ってある場所に座標を合わせる。
「行ってくる」
「行ってこい、エリカよ」
世界転移装置が発動、地下室が小刻みな振動を起こし天井に溜まった埃が落ちてくる。
至る所に置かれた装置が光を放ち、魔法陣の中央に立つエリカに当てた。
エリカの姿が歪み、ブレ、ノイズが走る。相当な苦痛を伴う、一生懸命、エリカは歯を食いしばり耐える。
これぐらいの苦痛、仲間と家族を失ったと時に比べれば、大したものではない。
消えたエリカの姿、まるで弾けるように。
こうしてエリカは旅立った、異世界“日本”へ。
「……世界を頼んだぞ、エリカよ」
全てをエリカに託し、送り終えたエーアスト博士。出会った頃は【ゲファレナー・エンゲル】の一戦士としか見ていなかったのに、いつの間にか、娘、もしくは孫の様に思うようになっていた。
もしかしたら娘を嫁に送り出す父親の気持ちとは、こんな感じなのかも。
「がはっ!」
肉の斬られる音、自分が斬られた音だと解ったエーアスト博士は、振り返り倒れた。
最後に見たのは満身創痍のタロン・メート。
血に濡れたシミターを、メートは投げ捨てる。
【ゲファレナー・エンゲル】と派遣部隊、グリフォン戦団の総攻撃を辛うじて生き延びたメートは女神皇帝を守らなけけばならない、その一心で重傷の体を引きずって帝都に向かっていた。
これだけの傷、然しもの神化人でも完全治癒には時間が掛かる。
白亜の城へ向かう途中、リアカーを押すエーアスト博士を見かけた。直感が跡着けろと告げ、地下室まで追跡、エリカが消える瞬間を目撃。
メートは女神皇帝の側近になるほどの男、何が起こり、地下室に並べられた装置が何のための物なのか、考える間でもなく、理解できた。
「女神皇帝様をお守りしなければ……」
まだ装置は発動中、たが発せられる力の激しさ、満身創痍のメートでは耐えるのは無理。
「残っている神化人は、私1人だけではありません……」
ラスボス戦の後、主人公が旅立つのはRPGの王道ですね。