第10章 孤島決戦
エリカと逢花の最終決戦。
学校内での教師と生徒行方不明事件の捜査も一段落、本日、休校が解けた。
一段落がついたとはいえ、真相が真相だけに、お手上げといった感もあり、お宮入りは確実。
登校する際、護は伊達メガネを着用。以前と同じメタルフレームの伊達メガネ、事情を知らない人か見れば前のメガネと同じに見える。
いきなり良くなった護の視力、周囲には目がある。何せ奇妙な事件の後、変な目で見られることは避けるべき。
コンタクトレンズに変えたと言い張るアイデアもあったが、聖子とエリカが強く伊達メガネを押した。
護には語られなかった理由、それはメガネの方が可愛いから。
メガネ無しも可愛いけれど、メガネありが一歩上。
予想していたとはいえ、学校には逢花の姿は無かった。
逢花以外にも休んでいる生徒の数は少なくない。常識外れの現象に遭遇したことによるショック、中には親しい人が行方不明になった生徒もいる。
学校に出て来れなくても無理は無し、カウンセリングに通っている生徒もいるとの話。
その事もあって、逢花の欠席は目立つことは無かった。
護と聖子は知っている、先日起こった事件の真の黒幕が逢花であることを。
聖子の本心を言えば、思い切り暴露してやりたい。しかし話したところで異世界だの、女神皇帝だの、G細胞だの、誰が信じるというのだろうか?
逆に事件で精神的に参ってしまっていると判断されるのが関の山。
何より、護が暴露することを望んではいない。逢花が何であろうと、友達であることには変わらないのだ。
護が嫌がることが出来ないのが聖子。
生徒と教師が少ないことを除けば、いつも通りの授業が始まり進んでいく。
授業が終了、帰宅のため護と聖子が校門を出ると、
「結城様、大熊様」
不意に呼び止められた、そこにいたのは水上家に使える老執事の江本。
かなりの年下の護と聖子に対しても丁寧な対応、執事としての礼節は百点満点と言える。
「ここは人目があります、詳しい話は別の場所で」
顔を見合わせる護と聖子、選択肢には断るもある、しかし、今の2人にはその選択肢を選ぶつもりは無かった。
向かった場所は路地裏、ここなら人目は無い。
「これを獅谷様にお渡しくださいませ」
一通の封筒を差し出す。
受け取った護、表面は白紙、でも解る、果たし状だと。
普通の果し合いならば聖子自身が行って、逢花をフルボッコにしてやりたい気分満々。されど普通の果し合いとは違う、人が踏み込めない領域の決闘への招待状。
「江本さん、あなたは知っているんですか?」
護は尋ねた、江本は何処まで知っているのかと。
「全て把握しております」
「なら、どうして!」
逢花が人ではなくなっていること、教師や生徒を怪物に変えたこと、メイドたちを神化人に変えたこと。
護も聖子も解る、雰囲気で江本が神化人でないことは。
では何故、そこまで逢花に忠誠を尽くすのか。
「若気の至りで過去、私は大きな罪を犯してしまいました。そんな私を救ってくださったのが逢花お嬢様のご両親様です。お2人は言われました、娘を頼むと。その時から、誓いました、生涯を掛けて逢花お嬢様にお供し従うことを」
それが江本の罪滅ぼし。
「……江本さん」
護の見せた表情は同情でも憐れみでもないもの。
「本当に結城様は、お優しいのですね」
“逢花お嬢様がお好きになるわけです”とは言わないでおく、それが大人の対応。
「私はこれで」
ペコリ一礼、江本は立ち去って行った。
決戦の賽は投げられた。
自宅に帰らず、そのまま護は聖子の家に向かう。
家ではエリカがソファーに腰掛け、テレビを見ていた。
暇つぶしをしているのではなく、こうやってこの世界の事を学習している。大分、この世界のことに慣れてきたとは言え、学ぶべきことは、まだまだ山盛り。
「おかえり、護、聖子」
気軽に挨拶した後、2人の様子で事態が動いたことを悟り、テレビを消す。
無言で護は封筒を差し出す。
受け取るなり開封、中身の手紙を出して読む。
予想通りの果たし状。護も聖子も他人の手紙を読むような行為はしないが、例え盗み見覗き見しても手紙は読めなかっただろう。何故ならば、手紙はエリカの世界の言語で書かれているから。
まだ完全に日本語が読めるようになっていないエリカに気を聞かせたのと、護に内容を知られないため。
異世界の言語はジラから習った。
「思ったより、早かったな」
手紙を読み終え時には、エリカは戦いの場へ赴く戦士になっていていた。
「本当に行くの、エリカさん」
「ああ」
護の問いかけに、獅子を連想させる微笑みを浮かべエリカは答える。そこには決闘をすっぽかす意志など、微塵たりとも無いことを知らしめた。
女神皇帝を倒す、そのために日本に来たのだ。
エリカと逢花が決闘すれば、確実にどちらかが死ぬことになる。
護はどちらも死んでほしくない、例えそれが叶わぬ望みだとしても。
2日後の早朝。
自室のベットの上で聖子は夢の中、まくれ上がったパジャマから見える鍛え上げた腹筋。
誰も起こさないよう、そっとエリカは家を出て行く。
「あっ」
最初は驚いたが、すぐに温和な表情に。
「よく今日だと解ったな」
外では制服姿の護が待っていた。
「手紙を渡した日から、ずっと待ってた」
果たし状を渡した日から登校時間の一時間前まで、ここで待っていた、それが制服を着ている理由。
「エリカさん、解っているの、あなたはこの戦いに勝っても――」
指先を口元に向け、その先の言葉を制した。
「解っているよ、ここへ来る前から解っていたことだ」
エリカを魔人戦士に変えたL細胞はG細胞から作り出されたもの。そしてG細胞は女神皇帝から生み出された。
異世界に転移する前に女神皇帝を倒せば、L細胞もG細胞も存在しないことになり、エリカの世界の歴史そのものがリセットされてしまう。
その事は日本に来る前に、エーアスト博士に聞いて知っていたこと。
「じゃ、どうして!」
決戦に勝っても負けても、エリカは無事では済まないだろうに。
もしかしたらエリカが日本に来たという事実も無くなり、記憶も改竄されることになるかもしれない。
たった数日とは言え、大切な思い出。
「私には私の世界の未来――おっと、過去と言うべきかな、この場合は。まぁ、全てがかかっている。だから引くわけにはいかないんだ」
何もかも覚悟を決めて世界の壁を越え、日本にやって来た。
「心配すんな、何も私が消えて無くなるわけじゃないさ。一番、私が辛いのは――」
それ以上は言えなかった。本人を目の前にして、とても言えるような言葉じゃない。エリカにだって照れくさいことはある、だって乙女なんだもの。
護はエリカの覚悟の強さを知った、正確には最初から解っていたこと。解ってはいても、納得ができなかった、どうしても心が。
はっきり言ってしまえば護自身が覚悟を決めるため、エリカに会いに来たようなもの。
「僕には大したことが出来ないから」
エリカと逢花の決戦を止めることは不可能、手助けも出来ない、励ましの言葉も下手をすれば逆効果。
だから考えた、精一杯、自分の出来ることを。
護は手を差し出す。
その手を掴むエリカ。
「どんどん力が沸きあがってくるな、おかげで負ける気がしなくなったぞ」
リップサービスではない、本当にそんな気分になった。
「ありがとう、護」
護には暖かな物を沢山貰った。その感謝の気持ちを込め、護を抱きしめる。
「――逢花さん」
護の目から涙がこぼれる。
ゆっくり護を放し、
「じゃ、行ってくる」
ニカっと笑い、決戦の地へ向かう。エリカのどこにも迷いや怯えは存在していなかった。
「行ってらっしゃい」
袖で涙を拭き、言葉を贈る。
送られた言葉は、単純なれどエリカの強い励みとなった。
まだ乗客の殆ど乗っていない電車に乗り、向かった場所は海辺の町。
徒歩で日本海に面した防波堤まで来ると、
「獅谷様、お待ちしておりました」
江本が待っていた。
「こちらへ」
彼の操縦するボートに乗り孤島へ。
ここまでは逢花の果たし状通り。
孤島の小さな港でボートは停止、エリカは降りる。
「潮の香りは、一緒なんだな」
エリカの世界と変らない香り。
島全体を見回す。大した大きさもない孤島、水上家が夏場のレジャー目的で購入した私有地。
「道なりにお進みくださいませ、その先にお嬢様がお待ちになっておられます」
江本の指示した先に舗装された道があり、森林に続いている。
「お気を付けて」
丁寧なお辞儀をする江本を背に、エリカは道を進む。
森林の中を抜ける道をしばらく進んで行く。
「ようこそ、エリカさん。宮本武蔵みたいに遅刻してくるのではないかと心配しておりましたわ」
森林が開けると、そこには逢花は立っていた。ここは別荘を建てる予定で整地された場所。
「宮本武蔵? 誰だそれ」
「あら、そうでしたわね、あなたは異世界から参られたのでしたわ」
日本人なら誰でも知ってい宮本武蔵。孤島での決闘と聞けば、真っ先に宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島を連想するだろう。
でも異世界から来たエリカが宮本武蔵を知らないのは、それはそうだ。
「ごたくはいい、とっとと始めようじゃねぇか」
周囲には誰もいない、人の気配も怪物の気配も神化人の気配もない。正真正銘、一対一の決戦。
エリカは黒く温かい光伴うオーラと闘気を放つ。
「ええ、そういたしましょう」
逢花も覇気と白く寒々しい光伴うオーラを放った。
別荘の時とは違って、ここには邪魔するものは誰もいない。
睨み合うエリカと逢花、双方が放ったオーラがぶつかり合い、闘気と覇気がせめぎ合う。
場の異常さを感じ取った小鳥たちが、一斉に森林から飛び立つ。
それが合図となりエリカと逢花は地面を蹴り、間合いを詰めた。
エリカは黒く温かい光で精製した日本刀を両手に持ち、逢花は白く寒々しい光で生み出した薙刀を構える、薙刀の型は巴。
両者、一気に斬り込む。
「宮本武蔵を知らないと言っておいて、二刀流ですか」
「だから誰なんだよ、その宮本武蔵って」
二刀流の宮本武蔵なんて知るわけもないエリカ、刀を二本にしたのは、ただ単に効率がいいから。
脳筋の発想というより、実戦経験の豊富さが生み出した発想。
打ち合う日本刀二刀流と薙刀。本物の日本刀と薙刀なら、とっくに砕け散っているほどの激しさ。
技量は実戦経験豊富なエリカの方が上、それを薙刀のリーチで補う。
振り下ろされた薙刀を躱した瞬間、反転、石突が襲い掛かってくる。
咄嗟に左手の日本刀を放し、柄部を掴んで止めた。
「どっせぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
強引に薙刀ごと逢花を持ち上げ、力任せに地面に叩きつける。
土煙の中、倒れている逢花にエリカは止めを刺すことも追撃も行おうとせず、身構えて待っていた。
こんな程度で女神皇帝を倒せるならば苦労なんかすることもなく、態々異世界から日本まで来る必要なし。
土煙が晴れた時には、もう逢花は立ち上がっていた、何事もなかったかのように。
薙刀を消した逢花の背中に翼が生える、白く寒々しい光で出来た光の翼。
空を飛んだ逢花は、エリカ目掛け白い光の球体を投下していく。
白い光の球体は地面と接触するなり、爆発。次々と落とされていく白い光の球体、まるで絨毯爆撃。
巻き上がる土埃を被りながら、常人の目に映らない速さで動き、一発もヒットさせない。一発でもヒットしてしまえば、いくら魔人戦士と言えども致命傷。
人差し指を逢花に向けると、指先から黒く温かい光の弾丸が発射された。
黒く温かい光の弾丸を逢花は躱す。その一瞬、白い光の球体の絨毯爆撃が途切れのを見逃さずエリカも日本刀を消し、黒く温かい光の翼を生やして空へ。
空中でお互い一定の距離を保つ。
逢花の両手の指先から白い電撃が迸る。
エリカも両手の指先から黒い電撃を撃つ。
白い電撃と黒い電撃がぶつかり、雷鳴に似た轟音を轟かせた。
エリカは黒く温かい光の巨槍を投げ付け、逢花は白く寒々しい光の巨槍を投げる。
巨槍と巨槍がお互いを砕き、破片が飛び散ってエリカと逢花にいくつもの裂傷を刻む。
裂傷は瞬く間に治癒、今度は生身でぶつかり力比べ。
「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」
力と力が押し合い均衡、エリカと逢花は錐揉み状態で地面にダイブ、大きなクレータを生じさせた。
ほぼ同時に立ち上がるエリカと逢花。
白く寒々しい光を逢花は纏い、黒く温かい光をエリカは纏う。
睨み合うこと数秒、フルスロットルで衝突、エリカも逢花も引かない、一歩たりとも。
黒く温かい光と白く寒々しい光が押し合い圧し合いせめぎ合い、空間を震わせる。
エリカも逢花も腹の底から気合を発し、巨大な力を叩きつけ合う。
最後の決め手となったのは時間の差。十年以上前にL細胞を移植、共に過ごしてきたエリカに対し、G細胞を移植して、まだ一月も経っていない逢花。
「えっ」
先にガス欠状態になった逢花、急速に白く寒々しい光が衰えた。
「貫けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
全ての力を滾らせ、エリカが突っ込む。
黒く温かい光のレーザーと化したエリカが逢花を貫く。
「――護さん」
最後の瞬間、逢花は呟く。
「護」
そしてエリカも。
女神皇帝が滅びれば歴史の書き換えが始まり、きっと護との絆も消えて無くなる、そう思ったエリカの目に、一筋の涙が流れ落ちた。
港で森林を見守っていた江本、急速に騒ぎが落ち着くのを見て決着がついたこと悟った。
そして勝敗も、逢花がよちよち歩きの頃より、世話をしていたのだから。
「お嬢様、私もお供いたします」
マカロフPMを取り出し、こめかみに銃口を押し付ける。
港で銃声が鳴り響いた。
こうしてエリカと逢花の戦いは決着いたしました。




