初めての魔法
魔法書を読んでから二カ月が経った今、オルルは魔力の制御に勤しんでいた。
詠唱を行うことができないことに気が付いたオルルだったがその後に魔法書を読み直し、魔法に必要な要素に着眼した。魔法を使うときに重要となるのは魔力と詠唱、そして想像力である。入門書には詠唱が魔法を構築するときに魔力の制御と想像力の補助を担うと記されていた。そこでオルルは魔力の制御と想像力さえあれば、詠唱は必要ないのではないかと考えた。そして、本を読み進めていくと事実この世界には無詠唱で魔法を使える者が少数ではあるがいたという。オルルはしめたとばかりに魔力制御の練習を始めたのだった。
先ず最初に始めたのは、自身の体内にあるかもしれない魔力と闘気を感じることだった。
オルルは魔法書を読んだとき一つ懸念していたことがあった。それは、もしかしたら自分が魔力を持っていないかもしれないということだ。オルルが初めて魔法を見たとき、エリシアは魔法が得意ではないと言っていた。そのため、魔力の才が遺伝により大きく左右される場合、魔力が極端に少ない、いや下手をすると全く持っていない可能性すらあったのだ。魔力と闘気の才能は反比例することが多いという情報から推測すると、魔力がない場合は闘気を多く持っている可能性はあるのだが、オルルとしてはどうしても魔法を使ってみたい。なので、内心怯えながら入門書に従い自身の魔力の有無を調べるのであった。
魔法書によると魔力というのは体内にあり、気体のように掴みどころがないそうだ。どこかフワフワとした印象を受けながらオルルは自身の体内を探る。身体全体を感じるように魔力を探っていると、心臓の辺りにやわらかく、暖かく感じるものがある。これだろうかと当たりをつけながら意識していると身体の内側と外側のどっちともつかない場所にも同じような、それでもどこか違うものを感じる。
二つの気体のようなものを感知したオルルは一先ず安心する。十中八九、この二つが魔力と闘気だろうと考える。魔法書には魔力を感じ取るこの工程が鬼門とされていたため、オルルは少し逸る気持ちを抑え、次の段階に進む。
次の工程は、体内に感じ取った魔力を内側で移動させるというものだ。身体の中で魔力を移動させる分には魔力が消費されることはなく、魔力の総量が増えることもないのだが、これを行うことにより魔力の制御や魔力の使用量の配分が飛躍的に上手くなるという。
オルルは先ほど体内に感じたほうの気体のようなものを魔力だと考え、それの移動を試みる。心臓の近くにある魔力を右腕のほうに移動させようとするが、予想よりも上手くいかない。ゆっくり、ゆっくりと移動させられはするのだが、右腕に到達する頃には額に尋常ではないほどに汗をかき、近くにいたエリシアを心配させてしまった。エリシアに気づかれた時点で、練習の続行は不可能だと悟ったオルルはその日の練習を終了し、泥のように眠る。
オルルは練習のときは仰向けになりながら天井を見ているだけに見えないこともないので両親に心配されることもないのだが、練習が思いのほか難しく、体力の消耗により大事になりかけてしまったので翌日からは両親の目を盗んで練習することにしたのだった。
それから現在に至るまで魔力の制御を続け、一月で体内での魔力制御は完壁に行えるようになった。では、残りの一月は何をやっていたのかというと、それは体外での魔力制御だ。
この練習を始めた理由は二つある。一つ目は、詠唱を行うことができないオルルがそれ抜きで魔法を使えるようになるには、途中で魔法書には載っていない工程を挟まないと魔法を使えるようにはならないと考えたためだ。魔法書に書いてある工程はあくまでも詠唱することができる人の為の方法であって、オルルには適さないからだ。二つ目は、オルルが早く魔力を消費したいためである。魔力はスポーツ選手が走り込みなどで体力作りをするように、元々ある魔力を限界まで消費し、反復練習することによって総量を増やすことができる。なので、若いうちから魔力を使うことの有意性を知ったオルルとしては一刻も早く魔力を使い、やがては大規模な魔法を使えるようになりたいのだ。
この二つの理由から、魔力を魔法に変換せずに体外に出し、尚且つ制御するという練習をしていた。一月の練習の果て、オルルは魔力を体外に出すことに成功し、更には体外に出した魔力を空中で制御することすらできるようになったのだ。身体から放たれた魔力は普段は無色透明なのだが、込める魔力の量によって淡い紫色に変化する。この魔力の色が人によっては違うのか、他人からはこの魔力の塊が見えるのかなどの疑問を持ったがあえて無視してオルルは訓練に励んだのだった。
魔力の制御は体力の消耗が激しいため、鍛錬のあとは必ず気絶するように眠ってしまうのだが、赤子だから多少睡眠が多くてもバレないだろうと、起きては魔力を消費し、また眠るという工程を繰り返していた。結果、初めて使った時よりも魔力の総量が飛躍的に伸び、身体から離れた魔力の制御も苦も無く行えるようになった。
二カ月の特訓により、魔力制御の向上と総量を増やすことに成功したオルルは充分だと魔力制御をやめる。次の工程に移るために魔法書を読む。
残るの発動条件は詠唱と想像力のみ。そして、オルルは無詠唱で魔法の使用に挑むため、想像力だけが残りの条件となる。魔法書によると自分が作り出そうとしている事象を想像し、それが細部まで想像できていれば出来ているほど魔力の消費効率が良くなり、魔法の威力が高くなる。
いざ、準備はできたとオルルは壁に背を預け座る。前に手を出し、自身の体内にある魔力を手の先に集中する。手に集めた総量からすれば少ない魔力を初級水魔法の「水球」へと変換するように意識し、頭の中に思い描く。イメージが固まったところで魔力を放出すると、掌の前に親指の爪ほどの水が現れ段々と大きくなっていく。大きくなるにつれて魔力が消費されていくのがわかるのだが、オルルはここからどうすればいいのかが分からない。魔法を使ってからのことを考えていなかったオルルは感傷に浸ることもできず、ただただ焦りだす。必死の思いで頭を回転させ、魔力を止めれば魔法の肥大化も止まることに気が付いたオルルは即時実行する。だが、魔力を切断したと同時に魔力の制御を行うこともやめてしまったので、支えを失った水球が落下し始める。しまったとオルルは手を伸ばすが、時すでに遅し。水球は床に水たまりを作り出してしまう。
失敗してしまったと落ち込むオルルだが、今まさに自分が魔法を使ったのだと感動が押し寄せてくる。しばらくの間、興奮していたのだが、水たまりを片付けないといけないので四つん這いになる。
さて、どうしたものかと考える。ふと、水たまりを見てみると自身の顔が反射している。そういえば転生してからの顔を見たことがなかったことに気が付く。赤子なので記憶にある一般的な赤子の顔と大差がない印象を受ける。髪はまだ生え揃っていなく床が茶色なので見えにくいのだが、髪の色は白に近い。目を凝らすと、根本が黄色みがかって、いや、金色がかっていることから予想するとホワイトゴールドのようなものなのだろうか。全体で見ると西洋的な顔に違和感を覚える。
そんなこんなで時間を使っていると寝室のドアが開かれる。ドキリ。心臓が高鳴り、開かれたドアの方を見てみるとそこにはウィリアムがいた。
「あー!オルル!お、お漏らししてしまったのかい!?」
水たまりを見たウィリアムがオルルに近寄り、オルルの身体が濡れてないことを確認すると、水たまりから遠ざけ、布切れを取りに部屋を出ていく。数分後、帰ってきたウィリアムは水たまりを拭き、オルルに話しかける。
「ごめんね、オルル。本当は付きっきりにならなければいけないはずなのに放っておいてしまって。もうすぐ、もうすぐ父さんも母さんも仕事が終わるからね。」
心配するウィリアムを他所にオルルは内心、安堵する。水たまりを作ったのが自分の魔法だとはバレていないようだ。酷く心配した様子のウィリアムに申し訳なく思いながら、次は場所と使用する魔法を考えてから使おうと猛省するのだった。
もう少しキャラクターの感情を上手く表現できるように頑張ります…。