魔法と賊と青年
エルドリンという青年出会った日から1か月ほど経っていた。エンジは毎日組合に出向き片っ端から依頼を受け遂行し活動資金を貯めることに注力していた。オーガやゴブリン、コボルトを殺すくらいしか仕事はなかったが毎度のこと討伐した数は尋常ではなかった。そのためエンジはちょっとした噂の的になっていた。
「あのハンターは王国の中でもトップクラスではないか」とか「実は人間ではない」とか「既婚で子供がいるらしい」とかそういう類の噂だったが目立つことをエンジは嫌っていた。
「そろそろ移動するべきかもな・・・」
人間に溶け込み目立たないよう活動しなければならなかったのに活動資金のため目立ってしまった己の間抜けさを恥ずかしく思ったが別の都市で活動することを計画し始めた。
王国にやってきて1か月ほどだが人間の暮らしというものがだいたいわかってきた。だが地方都市であるマッドネスではさほど「魔物を駆逐する」という思想は広がっていないのかエンジはほとんど耳にすることがなかったが。街においてこの思想を流布する者たちは皆何かにとりつかれているかのような表情であった。魔法の使えないエンジは彼らを攫い尋問の魔法をかけることができないので物理的に問い質そうかと考えたが更に変な噂が増えてはかなわないのでやめておいた。
「少しは魔法を習っておくべきだったな・・・」
とエンジは過去の自身を殴りつけたくなるほど後悔した。魔法と言っても3つの系統に分かれており1つ目が攻撃魔法、2つ目が神秘魔法、3つ目が死霊系魔法である。それぞれの特徴だが攻撃魔法は文字の通り対象を攻撃するためのもので炎や雷撃を飛ばす魔法がある。神秘魔法は自身の身体能力を強化したり逆に相手の能力を下げたりすることができる。死霊系魔法は死体を操ったり死体を用いてモンスターを一時的に召喚することができる。ちなみに尋問の魔法は神秘魔法に分類される。
だが鬼という種族はどちらかというと魔法を習うには不向きな種族である。悪魔やエルフのような種族のほうが魔法の扱いには長けている。アーニマスやジルは様々な魔法が使えたなとエンジは思い返す。
だが魔法が使えなくてもそれとなく聞き情報を集めることはエンジでも可能だった。例の思想の出所は王都に住む貴族らしい。これによってエンジの次の目的地は王都と決まった。
王都までは歩いても2か月以上かかるらしくエンジはもうそれだけで嫌な気分になったが馬車を使おうという気分にはなかった。王都に向かう間は組合の仕事が受けられないので節約する必要もあったし装備や知識を蓄えるために金も必要だったからだ。
エンジは長い旅の間に魔法を習おうと思い魔法研究所で初心者向けの魔術書を購入した。ここで魔法研究所について触れなければならない。魔法研究所は王立の研究所であり魔法の可能性の探求により軍事利用と人々の生活を豊かにすることを目的としている。魔法研究所は王国の様々なところにあり王国の魔法大臣が全国の魔法研究所の管轄をするということになっている。実際魔法研究所が作られてから新たな魔法が生まれ土木工事や治水事業をすることに転用できたし人々の暮らしに大いに貢献しており民衆の評価は高かった。が技術力の向上によって生まれた兵器のため軍事的価値は相対的に低下していると言われている。だがそれでも王国の軍は昔通りの槍を用いた集団戦とそれを援護する魔法部隊の組み合わせで帝国や連邦と渡り合ってきた。
エンジが王都に向かってから3日したが彼の魔法習得にはかなりの時間を要するようであった。3つの系統の魔法はそれぞれ習得が容易なものから困難なものまで10段階にわけられるが彼は初段が怪しかった。ちなみに攻撃魔法と神秘魔法を修めて初めて使えるという魔法もあるがエンジにとっては夢のまた夢としか思えなかった。
この日、もう日が暮れてきたころ周りに泊めてもらえそうな建物もなかったため木の根を枕に寝ようとしたときだった。複数の人間の気配を目をつぶりながらエンジは捉えていた。彼は立ち上がり叫んだ。
「おい隠れてないで出てこい」
すると茂みの陰から複数の人間が出てきた。賊であった。しかしその中に見知った顔が混じっていた。
つい1か月ほど前にであったあの青年エルドリンであった。エルドリンはどうやら賊の頭領だったらしく近くの手下の賊が彼を「頭」と呼んでいた。
「驚いたな。アンタ賊のボスだったのかい」
「ええ、そうです。まあこちらも驚かされましたがね。貴方が私の仲間10人を殺したのでしょう?」
「へえ・・・知ってたのかい」
「いつまで経っても仲間が帰ってこなかったので他の者を探しに行かせたんですがね10人全員死んでいたものですから・・・それにあの村娘がゴブリンとコボルトがひどい死に方をしたと言っていたのでね。仲間の死体を見て気づいたんですよ」
「ありゃ・・・あの娘寝たふりしていたのか・・・あの娘もアンタの仲間だったのか?」
「いえあの娘は本当に村娘でした。攫ったはいいけれど亜人に攫われてしまったのでね探していたら貴方と出会った・・・というわけです」
「なるほどねえ・・・でこんな夜中に何のようだ?パーティに招待してくれるのか?」
「ははは・・・ふざけていられるのも今のうちだぞ・・・殺せ!」
エルドリンはいつまでもへらへらとしているエンジについに怒りを抑えられなくなったのか部下に攻撃を命じた。が、彼ら賊の武器はいずれもエンジには効果がなかった。剣をふるえば跳ね返され、槍を突きだせば柄がおれてしまった。エルドリンは攻めあぐねている部下に苛立ち叫ぶ。
「もういい!俺がやる!死ね!」
とエルドリンは剣を抜きエンジに斬りかかったが彼も死んだ仲間の末路を辿ることになる。エンジは剣を鞘に納めたまま神速の一撃をエルドリンの頭部に加える。そうなればもうエルドリンも死という運命からは逃れられなかった。彼の頭部は爆ぜたざくろのようになり地面に倒れ動かなくなった。彼の部下はボスの突然の死に混乱しエルドリンの死体をじっと見つめたがこのエンジの前で隙を作った代償を払わされることになった。すなわち彼らエルドリンの部下の賊も皆エルドリン同様頭蓋の中身を散らし死んだ。