叛意
ヘルムート=カイザーリングの過去について触れたい。彼が流血を求める残忍さを帯びた野望に燃える男であることを象徴する出来事がある。まだヘルムートが帝王の座につき日が浅いころのことであった。彼の弟であるセリム=カイザーリングが反乱を起こそうとしたと見なし殺したことがあった。セリムはヘルムートの異父弟であった。幼いころより兄ヘルムートと共に戯れ、兄弟仲は良好だと周囲の者から暖かい眼差しで見られていた。セリムは成長し立派な大丈夫になってからも兄をよく補佐し仕えてきた。よく見られる君主制国家の王位継承において他の兄弟を国家の混乱と荒廃の種になるとし継承者以外の兄弟を殺すといったことはアルバイン帝国では皆無であった。
アルバイン帝国の貴い血族たちは皆、幼いころからの教育で「家を継ぐ者は配下の者、それがどんなに卑しい身分であっても心配りを怠らぬこと」「兄弟が家を継ぐ時、例え昨日まで戯れあった仲であっても主君として仰ぎ、仕え、非常のときは命を賭して守ること」を刷り込まれている。だからヘルムートも寛大な心で臣下に接する。セリムも兄を絶対的主君として、地方に反乱軍が現れれば軍を率い疾風の如き行軍と嵐の如き攻撃で打ち破り、飢饉が民を苦しめれば兄に進言し自ら糧食を荷駄に積み与えて周った。大きな川が台風により増水し氾濫を起こせば、自ら土を盛り、指揮し治水事業を行った。誰もがセリムを尊崇し、セリムに対する支持は日を追うごとに大きなものへとなっていった。
ヘルムートが帝王になってから、最大の帝国の功労者はセリムではないかと言われるほど、弟セリムはよく働いた。だがセリムの誰からも愛される人格、国を治める能力はヘルムートにとって有難いものであったが同時に恐れるべきものへと変貌していった。ヘルムート自身も国を治めるにあたって治水、開墾、商業支援、治安維持に対し並々ならぬ才知をもって様々な難題をこなしてきたがセリムの人気はヘルムート以上であり、「セリム様のほうが王座につくべきではないか」という世論が都市を中心に広まるほどであった。
兄ヘルムートは異父弟とはいえ弟セリムを可愛がってきた。子供から大人へと成長してからもセリムを信用し重用してきた。先の世論が広まってからもセリムを信頼していたが、彼は弟が怖くなった。セリムの人気は日増しだったが、ヘルムートの危機感も日増しであった。もし弟が仮面を被り、兄に忠実に尽くす僕のフリをして兄の隙を伺い、機会があれば自らを幽閉、暗殺し帝王の座につくのではないかという妄想が頭を巡った。
あるとき神経が過敏になったヘルムートの元へ重大な知らせがあった。弟セリムが彼の居城を増築しているというものであった。また多くの兵糧や鎧、長槍、弩、弓矢を運び込んでいることも確認された。これを聞いたヘルムートは激しく動揺した。また同時に弟セリムへと怒りと憎悪の炎が燃え上がった。セリムの叛意を認め、攻め殺すことを決断した。
セリムの居城はアルバイン帝国の北西に位置する。帝国領北西は巨大で険しい山脈が続いており、これが天然の城壁の役割を担っている。この天嶮を活用した城塞が山脈の中に佇む。城の名をアナスタージウスといった。これはヘルムートとセリムの高祖父にあたるアナスタージウス=カイザーリングが建城した。元々は山脈の名を用いオーベル城と呼ばれていたが、アナスタージウスが死ぬ前に自らの死骸をオーベル城の庭に埋めるよう指示し、彼の死後に遺言が実行されたため、いつしかオーベル城からアナスタージウス城と呼ばれるようになった。アナスタージウスは一生を軍事に費やした人だった。彼の息子たちは戦争の片手間に生まれた。息子を抱いたことは両の手指で数えることができるくらいで、顔を合わせたことすらほとんどなかった。アナスタージウスにとって息子や妻よりも血沸き肉躍る戦場のほうが愛しかった。彼はジラウ軍を散々に破り、アルバイン帝国に背く魔物の群れや地方豪族を丁寧に潰してまわった。生涯の出陣回数は100を超える。だがどの戦場でも敵に背中を見せることはなかった。不敗のアナスタージウスは伝説となった。
このアナスタージウス城は元の天嶮もそうだが巧みな建築への才をもつ彼の手により難攻不落の城と化した。山の上に城を建てることだけでもどれだけの人手が必要であろうか。建てるだけでも立派なものだった。
アナスタージウス城は帝国の将軍ゲッフェル=カイザーリングによって守られている。名の通り、彼は王の一族の一人である。アナスタージウスの長兄がヘルムートの祖にあたり、次兄がゲッフェルの祖にあたる。ゲッフェルはアナスタージウスの生まれ変わりではないかといわれるほどの武人であった。剣を振るい、軍馬を乗りこなし、配下の戦闘の鍛錬を好み、自らを堕落させる娯楽を全て断ち近寄らせなかった。都市を治めるどころか街1つ治めることができるかどうか怪しいほど行政の能力がなかったが将兵を指揮するとなると彼の右にでる者はいなかった。戦闘はできても戦争はできない。戦術には巧みでも戦略には疎い男であったがヘルムートへの忠誠は確かであった。
では、話をセリムの居城に戻す。彼の城はアナスタージウス城のやや南方に位置している。城の名をボニファティウス城といい、これも王の一族の1人ボニファティウス=カイザーリングからとられている。このあたりはボルシュムという土地でオーベル山脈から外れているので土地の起伏はほぼなかった。セリムの手腕により交通網が発達しており軍団を送り出すことが容易く、アナスタージウス城の後詰の役割を担っている。しかし四方は開けた土地でアナスタージウス城のような天然の要害もなく城の守りといえば堀と城壁、櫓であり、守備能力は高くはなかった。




