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鬼のエンジ  作者: 白紙 真白郎
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大望

東海竜王の屋敷から太白老人の屋敷に長い距離を超え戻ってきた老人とエンジだった。既に日は落ちており暗い闇が大地を包んでいた。エンジは満足のいく新しい武器を手に入れ、もう彼らに用はないのだが老人がエンジを引き留めた。夜も更けたし今宵は屋敷に泊り、明朝発たれてはどうかという申し出もあったのでエンジは老人の言葉に甘えることにした。エンジに用意された食事は彼が生き、これまで喰らってきたどの料理より美味だった。食事が終わると老人と屋敷の一室で様々なことを語らった。老人はエンジの知らない、聞いたこともないような物語を数多く話しエンジの耳を楽しませた。また新しくいくつかの事実をエンジは知った。




先ほどの万里を超える転移の魔法は地上からは失われた魔法の1つであること。地上から失われた魔法は他に多くあるが天界の者やその他一部の存在は行使できるということ。その地上から消えた魔法は原初の魔法であり、原初の力が世界の王である玉帝を玉帝たらしめた。原初の力を用いて造られた武具もあるという。その武具を手にした者は途方もない力を得ることができ天界の将でも討伐が不可能になるほどの存在へと昇華するらしい。力を信奉する魔物であるエンジは老人の話を聞き胸躍らせ、興奮を抑えられない様子であった。そしてとうとう堪え切れなくなり募る思いを口にした。「俺もそのような力がほしい」と。太白老人はその言葉を聞き驚愕の表情を見せることはなかったがその触れたらふさふさするという表現が正しそうな眉を上げエンジを見た。エンジはそんな老人の視線に気づくことはなかったが彼の目に大望が宿ることを老人は見逃さなかった。




地上の魔物が天界の神将の力を欲しがると言えば天の存在はそれを許さず殺してしまうだろうが幸い太白老人は天の文官であり腕っぷしは人間の老人と変わらない程度であるから聞かなかったことにした。また魔人の害を取り除いたという恩もあったということもあるが。しかしエンジはそんな太白老人の思いも知らず次々と質問を投げかけてくる。それらはどれも「どうすれば俺もそのようになれるか」や「天兵はどれほど強いのか」といった類のもので天界からすれば「思い上がりも甚だしい」という気持ちでいっぱいであろう。実際のところ太白老人も困り果てていた。恩人ということもあって心のなかでも悪態はつかなかったが「いつか天界・・・もしかすれば玉帝陛下に害をなすかもしれぬ」と考えた。ただの魔物であれば玉帝が座る霊霄殿の玉座にたどり着く前に殺されるか、そもそも天界という呆れるほど広大な城塞にある4つの門の前で天兵に敗れるのがオチだがエンジの戦闘を目の前でみた老人はそう考えた。「天界を制圧する力はないが一矢報いるくらいの力はある」程度の評価だが一矢報いるというだけでも天界の自尊心が許さない。



エンジに辟易した老人であったがあることを思いつきエンジに提案してみた。



「エンジ殿これから王都に向かわれるそうですが、そのあとも人間の国を旅するようでしたらアルバイン帝国の北西にシャタナという大きな山がありましてな。そこにキキョウという女性がおります。この者は遥か昔天界で宮女をしていたのですが天界を離れ山奥で暮らしております。宮女なのですが原初の魔法に通じ、天界において一二を争う才を持ちます。また彼女に師事する者もなかなか優秀らしくエンジ殿にとって良い刺激になるかもしれません。如何でしょう、もしアルバインを旅することがあれば寄ってみては?」



「おお、それはいいことを聞いた。是非そうさせてもらうとしよう。シャタナという山だな」



王都にて人間の脅威の査定という任務をさっぱり忘れてシャタナの元天界の宮女のことで頭がいっぱいになるエンジはその後就寝し翌朝早いうちに太白老人に世話になったことの礼を述べ別れを告げて王都に向かって去っていった。エンジからすれば自身に合う武器が見つかったうえ、新たな世界の事実を知ったり己の目標ができたりと充実した時間であったが老人は気の休まる思いが全くしない時間であった。去っていくエンジは何度か振り返り見送る老人に手を振り老人もにこにこ笑いながら手を振り返した。老人はエンジの背中を見ながらつぶやいた。




「我、天に叛する者見つけたり」





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