献策
エンジが人間の国に向かってからしばらくしてからのころであった。サキュラは王都の宮殿の自室にアーニマスを呼び出し以前会議において彼が用意したが懐に納めていた策について尋ねた。
「アーニマスよ。反王政派を匿うコボルトのショーシャに対する策とやらをそろそろ教えてくれないか?」
アーニマスはサキュラに尋ねられブルっと身を震わせた。別に風邪気味というわけではない悪魔であるアーニマスは悪だくみをすることを好み、喜びとしているからその考えを王に献上するとき頭のなかを悪だくみについての想像が雷のように走り興奮してしまうからであった。
「はい。策は2つあります。1つ目はショーシャを王宮へ呼び出し殺してしまうこと。2つ目は謀を用いショーシャを王政の仕業と世間に知られることなく殺すことです。」
「ふむ。お前はそれぞれの策についてどう考える?」
「はい。1つ目の暗殺はトップである彼を殺すことにより彼の配下たちは跡継ぎ争いを始める可能性があり力を削ぐことができるかもしれませんが他の領主に内乱を起こす名目を与えてしまいそれを誘発する可能性もあるのでオススメできません。それにショーシャは用心深いので王宮に来ない可能性が非常に高いです。2つ目の策ですが少々工夫する必要があります。しかし私は後者の策が成功する確率が高いと考えます」
アーニマスに絶対の信頼を置くサキュラは「お前がそう言うのであればそうだろう。では2つ目について話せ」と彼に話の続きをするよう促す。
「はい。後者の策は離間策です。ショーシャには彼の跡目を狙う弟がおり傍目から見ても兄弟仲は良いとはいえないようです。弟を抱き込み勢力を二分すればショーシャは弱気になるでしょうから和睦の仲介役を王政が引き受けます。野望に燃える弟は兄の持つ勢力を飲み込みたいはずですから和睦のあと油断したショーシャを弟に殺させましょう」
「ふんふん。野望に燃える弟か・・・その男も王政にとっては危険だな」
「でしたらその後は裏を知る弟の口も封じれば誰も真実を知ることはありませんし危険も取り除くことができましょう」
「ならばこれで決まりだ。アーニマスよ。ショーシャの弟を用い奴を殺せ」
「畏まりました」
そう返事をしたあとアーニマスはもう一度口を開き言葉を発する。
「王よ。ここまでが謀を行うために必要な芝居となります」
「ん・・・?ではまだ何かあるのか?」
「はい。ですが今の段階で外に情報が洩れるのは避けたいため、またいずれ申し上げます」
「くくっ。まあいいだろう期待しているぞ」
未だに王であるサキュラに隠し事を続けるアーニマスに対し苦笑したあと彼はアーニマスに謀を行わせる上での必要な事務手続きを済まし彼を下がらせた。
王の自室を出たアーニマスは早速彼の眷属をラノークのショーシャの弟に派遣した。彼の弟と話し合うためであった。ショーシャの弟は名をイーリイと言った。彼はショーシャの異母弟であった。イーリイの母は兄弟の父の愛人であったがイーリイが幼いうちに亡くなりイーリイは父の家に引き取られショーシャと同じ家に住むことになった。兄の母は金持ちの家であったのに対し弟の母は貧しい農家の出であったので卑しい女とショーシャはイーリイの母を侮蔑しその子であるイーリイに辛く当たっていた。父が死んでからはますます兄は好き勝手に行動し弟を馬鹿にしてきた。しかし賢い弟はそんな兄に従順な態度で誰から見ても野望を持つ男に見えないようふるまっていた。幼いころより兄に否定だけされてきたイーリイの心は自身を罵倒し見下す言葉で満たされており、大人になったあとでも彼を苦しめ続けた。いつしかイーリイの生きがいは兄ショーシャを斃し勢力を引き継ぐことにより「否定され続けた自分」からの脱却を目指すことになっていた。
そのため力を奪えるチャンスが来るまで兄に付き従う優秀な弟を演じ続けた。誰にも己の野望を悟られまいとしてきたイーリイであったがエンジが旅立つ前の会議よりも更に昔にラノークについて王のサキュラにも秘密で付け入る隙を伺い調査をしていたアーニマスただ1人には見抜かれた。
アーニマスの眷属である小悪魔がイーリイの部下が厳重な警備を敷く屋敷に忍び込みイーリイに謀を持ちかけた夜ほどイーリイにとってこれまでの人生において興奮した夜はなかったであろう。また同時に底知れない恐怖を味わった夜でもあった。最も近くにいる兄のショーシャでさえ気づかない己の野望を会ったこともない男が知っているのだから。
野望を達成するチャンスが到来し嬉しいという気持ちとアーニマスという男の恐ろしさが同時に自身の心に渦巻いたためしばし混乱したイーリイであったが返答を求めるアーニマスの眷属には承諾の意思を伝え、下がらせた。
「サキュラ王の88将として名高いアーニマス様の計画・・・確かに承った・・・兄を討ち王政に協力しよう!」
「お返事確かに。アーニマス様も喜ばれましょう。ではまたいずれご連絡差し上げます」
イーリイが小悪魔が彼の部屋の窓から去っていった姿を見届けたあと、部屋に1人残された彼は早速兄を討つための準備をし始めた。誰にも悟られないように。
「あのふざけた兄を斃し俺が長になるときが来た・・・もう兄に逆らえないイーリイじゃない。兄に馬鹿にされるだけのイーリイじゃない。兄を超えるんだ!見返してやるんだ!」
これから起こるであろう事態を想像し喜びに身を震わせている彼だが悲しいことにイーリイが小悪魔に伝えられたことは計画の全てではなかった。彼は最期の最期まで兄を超えることができないということを知らなかった。己は賢く兄は騙され続けいずれ全てを弟である自身に奪われる哀れな存在だと考えてきた奢りを清算する羽目になる。
翌朝、イーリイの屋敷には兄ショーシャの配下の兵が押し寄せた。突然の兄の配下が大勢やってきたことに驚きを隠せなかったがイーリイは自身を捕縛しようとする兵を屋敷の番兵に任せ裏口から脱出し王都へ徒歩で向かったがとても走破できる距離ではないと考え途中追手の目から逃れるため森に逃げ込んだり山を越えたりして行方がわからないようにした。
その朝、アーニマスが泊まっていた宮殿の一室に眷属の小悪魔がコボルトのイーリイの屋敷にショーシャの兵が押し寄せたこと、イーリイは捕まりはしなかったが行方不明であることを伝えた。アーニマスはそれを聞き少し驚いた表情をしたがすぐに普段通りの涼しい笑顔に戻り小悪魔を下がらせた。
その小悪魔はイーリイの屋敷に向かった小悪魔ではなかった。