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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第8話「交差する黒刃」

 柔らかな草が生い茂る緑の大地「プラテリア」の中央に空間が存在していた。

 周りは騎馬隊と兵が入り乱れる乱戦状態が繰り広げられている。返り血を浴びた「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」の旗が風になびいていた。

 ぽっかりと空いた空間で命の輝きを思わせる火花が散っている。中央を支配するは黒き刃による剣戟。転生者「(かがみ) 鳴落(めいらく)」と死神マリアの壮絶な一騎打ちだ。


 一見、互角に見える戦い。しかし確実に鏡はマリアの斬撃に押され始めていた。

 たとえ「光輝の羨望グランツ・レヴィアタン」による支援があるとはいえ「戦闘経験の無さ」だけは補うことができない。むしろあのマリアにここまで食い下がっているという事実そのものが、鏡に戦闘の素質があることを物語っていた。

 激しい斬撃に打ち付けられ後退する鏡に、鎌を肩に担ぎ口元を歪ませたマリアが言葉を紡ぐ。


「どうしたのかしら? お嬢さん(フロイライン)。 勢いが落ちているようだけど?」


 闇を纏う黒き刃の奥で鏡はマリアを見据えていた。その可憐な少女のような顔は苦悶に満ちている。


「鋭さもある。速さもある。素質もある。だがお前の刃にはあるものが決定的に欠けている」


 マリアは笑みを消し去り、漆黒に染まる巨大な刀身を横に構えた。


「それは相手を殺すという殺意の気魂(きこん)だ」


 まるで獲物を襲う猛獣のごとく彼女の体が躍動する。

 大地が縮んだかのような速度で距離を詰めたマリアの紅玉が赤い帯を走らせた。手にする大鎌の刀身が唸りを上げる。

 刹那。漆黒の凶刃が不可視の壁に阻まれた。二人の間に割って入った朱莉(あかり)の「憤怒の城壁(サタン・フォートレス)」による強固な魔法障壁がマリアの斬撃をはじき返す。


「鏡! ぼさっとするな!」


 短く「すみません」と口にする鏡を一瞥すると朱莉は目の前の死神へ視線を移す。

 彼女の整った顔を一筋の汗が滴った。強固な城壁に守られているとはいえ朱莉の全身は、震えあがるほどの恐怖に覆われていることだろう。ましてや直接、刃を交わす鏡は彼女以上の重圧を感じているはずだ。

 その時、二人の背後から精一杯張り上げた声援が響き渡る。


「先輩! そんな死神、やっつけちゃえぇぇっ!」


 驚愕で目を見開いたのは鏡達のほうだった。鏡は結愛の声援に口元を少しほころばすと鋭い瞳でマリアを見据える。朱莉は背筋に一本の線が入ったかのように力強く立ち障壁にさらに力を込めた。

 三人の転生者達の死神マリアを前にしても屈しない精神。それはすべて「仲間を守る」という確固たる信念に基づいていた。


 彼女らを前にしてマリアは突如、口元をほころばす。

 無造作に大鎌を放り投げると、刃は魔法障壁に弾かれ宙を舞い空気に溶け込むように消滅した。唐突な行動に鏡が驚いたかのように目を見開いたその時、マリアは笑みを浮かべたまま小さな手を前に掲げる。


「気まぐれっていうものは本当に御しがたいものね。お前のそのクソ硬い防壁。力推しで崩したくなるじゃないか」


 敵味方入り乱れた死体から溢れ出る霊子が急速にマリアの右手に収束していく。生者を貪るその姿はまさに死神そのものだ。

 闇は次第に濃度を増し、やがて彼女の身の丈を遥かに凌駕する大鎌を形成する。それは鏡が手にしている「死者の叫び」よりも大きな刀身と柄を携え、禍々しい妖気を纏わりつかせていた。


上位死霊武器ハイランクファントムウェポン死神の大鎌召喚(デスサイズサモニング)


 闇が霧散する。

 妖艶に黒光りする刀身を横に構えると甲高い音が鼓膜を震わせた。霊子が吸収され巨大な三日月の刃が輝きを増し唸りを上げる。

 両手で持つマリアの紅玉がまるで歓喜に震えるかのように煌めいた。


「気を抜くなよ? 呆気なく事切れるなよ? 私をもっと……愉しませろ」


 漆黒の刃が牙を剥く。

 マリアの足が大地を穿つと同時に巨大な刀身が横一文字の軌跡を描いた。決死の覚悟を漲らせるかのようにマリアから目を離さない朱莉の目の前で激しい火花が散る。その瞬間、彼女の体が大きく動いた。

 激しい衝撃音が響いた後、弾き飛ばされたかのように朱莉と鏡が同時に後退する。「先輩!」という結愛の声が響く中、朱莉は信じられないといった様子で目を見開いた。


「……こいつ。力任せに城壁を弾き飛ばしやがった(・・・・・・・・・・)


 残酷な笑みを浮かべたままマリアの足が大地を蹴る。

 一気に間合いを詰めると両手に握りしめた大鎌が凄まじい風圧と共に黒い斬撃を生み出す。それが城壁とぶつかり合うたびに障壁越しでも朱莉の体を衝撃が襲いかかった。

 まるで空気の壁に打ち付けられているかのように体を震わせ、苦悶の表情を浮かべる朱莉。その光景をさも愉快そうにマリアは恍惚感に満ちた冷笑を浮かべている。


「死神の大鎌の斬撃さえ防ぐか! これはこれは愉快だ。愉快でしょうがない! でも防戦一方ね。どうするの? さぁ次はどんな手で私を愉しませてくれるのかしらぁ?」


「何こいつスイッチ入ってんだよ!? ドSロリ死神が!」


「朱莉さん! でもこのままじゃ……」


「まずいね。いつまでこの城壁が持つかどうかわからない。そうすりゃあたし達はもう……」


 その瞬間、二人の耳に響いたのは結愛の「撤退指示がでました!」という精一杯、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ声だった。それとほぼ同時に馬車のいななきが戦場に響く。


 マリアと鏡、朱莉の三人が死闘を演じている間に戦況は変化していた。「紫の薔薇騎士団」が穿つ穴は王国騎士団の戦陣を混乱に陥れ、その隙をついたヴェルデが本陣を突撃させたのである。 

 戦線維持は不可能と判断した王国騎士団の将ポルヴェニクは撤退を決意。鏡達の元に駆け付けた馬車は彼が退避用に遣わしたものだった。


 マリアの表情が一変する。

 久々に愉しめる獲物との戦闘中に邪魔が入ったばかりか、こともあろうに離脱しようなど彼女が許すわけがない。激情に身を震わせ馬車に乗り込む三人を真紅の瞳が睨みつける。

 距離を詰め馬車ごと死神の大鎌で切り裂こうとしたマリア。しかしその斬撃は届くことがなかった。


 突如、間を割って入るかのように騎馬隊が駆け抜けていく。それは王国騎士団ではなかった。風になびく連隊旗にマリアは見覚えがあった。

 王都解放軍の軍旗だ。功を焦ったツヴァイフェルが騎馬隊を突撃させたのである。

 騎馬隊の突撃とほぼ同時に馬車の蹄が草の大地を駆ける。間一髪、鏡達を乗せたそれは騎馬隊の突撃を回避し戦場を駆け抜けていった。


 大鎌を消し去りマリアは、視界から消えていく馬車を見つめていた。そしてしばらくすると嘆息をつき紫色の髪を撫でる。


「私としたことが……少し熱くなりすぎたわ」




 戦場の喧騒が次第に小さくなっていく。

 王国騎士団はプラテリア大戦により七千の兵のうち三千を失い敗走していた。大半がヴェルデの英断による突撃により掃討されたものがほとんどだが、そのきっかけになったものは他ならぬマリア率いる「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」の奇襲だ。

 そして切り札である転生者さえあの死神は抑え込み、それは王都解放軍の突撃を妨げるものがないことを意味した。薔薇騎士団の功績といい全てはマリアの思惑通りだった。転生者の三人を逃したこと以外は。


 辛うじて死神の凶刃から逃れた転生者達は、途中で乗り込んだ神聖騎士ポルヴェニクと共に馬車の中で揺れていた。


 あのマリアの斬撃を幾度となくその身に受け続けた朱莉は、うなだれるように無言で椅子に腰かけている。鏡は無傷であるものの何かを思案するかのように馬車の床を見つめていた。結愛が心配そうにその表情を覗きこむ。

 向かいに座るポルヴェニクは三人の様子を黙って見つめていたが、見事な白いあごひげを撫でた後、おもむろに鏡達に語り掛けた。


「そう気を落としなさるな。戦には負けましたが我々はこうして生きている。兵も無事離脱しました。例え戦に負けようと兵さえ無事ならば再び立ち上がることができます。あなた方があの死神を抑えていてくれたおかげですぞ?」


「ありがとうございます。でも……何人も死にました」


「人死には慣れていませんかな。とはいえ私も慣れたいなどと思いませぬ。犠牲などない方がいい。戦に死は付き物です。騎士である以上、戦場で果てる覚悟はできております。他の者もそうでしょう。しかしあえて言いますが兵が死ぬところなど見たくはありませぬ」


「……ボクは戦争は嫌いです」


 皺が入った表情を優しく笑みで包み込んだポルヴェニクは、駆け抜けていく窓の外へ視線を移す。


「ベルフェ殿やサティ殿、レヴィア殿は平和な世界から転生なさったのですな……。叶うならばこの世界もそうありたいものです」


 彼の言葉を皮切りに馬車の中を沈黙が包み込む。しばらく時が流れた後、それを切り裂いたのは鏡の深いため息だ。

 突然の行動に結愛がきょとんとした顔で小首を傾げ鏡を見つめる。


「先輩?」


「あの人。ボクのこと『お嬢さん』とか言ってたよね……」


 その一言が何を意味するのか朱莉には即座に理解できたのだろう。彼女の含み笑いが馬車内にこだまする。

 ポルヴェニクは怪訝な表情で鏡の少女のように可憐な容姿を見つめた。


「ベルフェ殿? それはどういう?」


「ボク。男なんです(・・・・・)


 耐えきれなくなり朱莉の大きな笑い声が響く。

 ようやく鏡の言葉の意味を理解できたポルヴェニクもその皺の入った表情に笑顔を見せた。

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