エピローグ
王都アフトクラトラスに佇む王都解放軍旧兵舎。
そこにいつものように紫色のドレスを揺らし、マリアは掃除用具を片手に隊長室へ赴いた。
部屋の扉を開けるなり、彼女の瞳に飛び込むのは違和感。常にそこにあるはずのものがない。
紫の薔薇騎士団の連隊旗がその姿を消していた。
代わりに飾っていた壁には文字が刻まれている。
『この部屋の清掃の義務は終わったわ。宿主は約束を守った。だからマリア。あなたはあなたの思うように好きに生きなさい』
美しい瞳でそれを見つめるマリアは、ゆっくりと清掃用具を床に置く。
そして紫に咲き誇る薔薇のごとく可愛らしい笑顔を見せると、小鳥がさえずるような可憐な声音を響かせた。
「わかりました。それじゃここ閉めちゃいますね。……私と同じ名前の隊長さん」
雲一つない蒼穹。
澄んだ空間を駆け抜けるのは、深緑の香りを運ぶ穏やかな風。
白い石材を主に使用した美しき水の都「ミュール」を眺め、シオン・デスサイズは黒曜石のごとく美しい黒髪をなびかせていた。
彼女の前に鎮座するのは、風雨にさらされ薄汚れた一つの墓。シオンは紅玉にそれを映し微笑んだ。
「何故かあんたのところにきたわ。転生者。まぁ私としてはどこでもよかったんだけど、<彼女>がここを選んだのかもしれないわね」
その墓石には何も刻まれていない。
重く圧し掛かるその下には、二つの遺体が眠っている。転生者……鏡 鳴落と望 結愛だ。
シオンは一本のワインを墓の前に置いた。ヴェルデの酒蔵から拝借した最後の一本だ。
「あんたは酒飲まないだろうけど置いとくわ。……あんたとの戦い、それなりに楽しめたわよ。もしまた会うようならその時は再び殺し合いしましょう?」
笑顔でそう語りながらシオンが右手を掲げる。そこに握られているのは一本の旗。
それは紫の薔薇騎士団の連隊旗だ。
彼女は火のついた薪を旗の布地にかざす。揺らぐ炎が燃え移り、連隊旗は灼熱の炎に侵されていく。
シオンの紅玉には映っていた。旗が燃え上がる度に火の粉と共に無数の魂が天へ昇っていくのを。
「私はここに宣言する。紫の薔薇騎士団は今、この時をもって解散とする」
彼女は、炎と共に昇天する魂達に聖母のごとく優しく語り掛けた。
「もし再び人となって大地に戻るなら、今度は人として平穏に生きなさい」
その瞬間だった。
脳内に駆け巡るのは凛とした女の声音。聞き覚えのある言葉。聞こえるはずのない「念話」だった。
『でも私はずっと一緒ですからね! マリア隊長!』
シオン・デスサイズは目を閉じ微笑んだ。
「当然でしょ。あんたは私の副官なんだから」
◇ ◇ ◇
あとがき
「マリアは転生者を皆殺しにしたい」を最後までお読みいただきありがとうございました。
あとがきでは、この作品に対する作者の想いを綴っていきたいと思います。
この作品はアンチ転生が題材といえば否定はしませんが、転生者というものを題材に何か書いてみたいというのが本来の趣旨でした。
元よりシオン・デスサイズを主人公として物語を書きたいという思いが以前からあり、また戦記物というジャンルに挑戦してみたいのもありました。そこで転生者+シオン+戦記物が合わさり「マリアは転生者を皆殺しにしたい」が生まれました。
当初の構成では、マリアはアンデッドで構成された軍隊を動かし、転生者と戦うシナリオでした。ですが脇役の重要性を考慮して「サブキャラも主人公同様の扱いを」ということで一新。
第二の主人公としてシオン・イティネルというキャラが生まれました。それに従い人間の軍に従属するシナリオになり、プリメーラ(原名)が体を乗り換えるという仕様を考えて「シオンに体を乗り換える前の話にしよう」と思い立ち「マリア」が生まれました。
名前の由来は、人間が地上に繁栄する前から彼らを見てきたまさに母と言える存在なので「聖母」をかけて「マリア」となっています。イティネルは旅人を意味するラテン語「イティネラートル」からとっています。
シオン・イティネルは最初は駄目人間でしたが、話が進むにつれ成長し強くなり、マリアにとってかけがえのない人間となっていきます。この物語は彼女の成長の話でもあります。
登場する転生者達にもスポットを当てました。
特に鏡 鳴落は転生者側の主人公といっていいと思います。彼らを考えるうえで作者が思ったのは「転生者は望んでその世界にいくわけではない」というのと「必ずしも転生先で幸せがあるわけではない」ということです。
望まずして転生し(他の創作物の転生とは少し違いますが)戦争という歯車に巻き込まれた鏡の苦悩と愛する人を失った悲しみは、本編の第49話における彼の「どうして! ボク達をあの世界で死なせてくれなかったんですか!」という言葉に集約されていると思います。
マリアの話をすると彼女は決して人類の敵ではありません。
当初は無関心でしたが、後半は優しいマリアさんになってしまいました。彼女は女神に生み出された魂の完全体ですが、誰よりも人の世と接していました。口ではゴミと罵りながらもある意味、人の側にいたのかもしれません。要はただのツンデレです。
リリーナの話をすると、本来は第一章で「マリアは転生者を皆殺しにしたい」は完結でした。第二章は処女作「ベレオネッタ」に記載されているリリーナの幼少期の話をリメイクしたものです(もっともかなり手が加えられていてほとんど違う話になってます)。
第二章として書くかどうか悩んだのですが、話の結末がそこにいきつくため書くことに決めました。また第一章で終わりだと尻切れトンボなイメージもあり、また、負けたまま終わりだと消化不良かなという思いもありました。
個人的には一応、ラストは飾れたのでよかったかなと思っています。ちなみに81話の最後に登場した一文はあるフラグです。本作には絡んできませんが、過去作を読んだことのある読者様にはピンと来る方がいるかもしれません。
美少女+死神+バトル物という作者の好みばかり詰め込んだ作品ですが、たくさんの方に読んでいただき感激しております。
それではまた別な作品でお会いすることを心待ちにしております。
魚竜の人




