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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第2章 断罪編
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第80話「マギアエスパーダ」

 銀色の大地に浮かぶ空中庭園……女神の遺産(エリタージュ)で銀糸が揺れた。

 七つの翼に神々しい純白のローブを揺らし、神殿の奥に座す世界の監視者(ワールドオブザーバー)に歩み寄った女神シルフィリアが、常に貼りつけている笑顔を監視者へ向ける。

 

「……今頃、あの子は何をしているかしら?」


 監視者の持つ千里眼は、この場所を動くことなく世界全てを見渡せる能力を有している。彼女が「監視者」と言われる所以だ。

 その金色の瞳に映りこむのは、女神の名を受け継いだ世界でただ一人の少女。


「神の子は今……」


 双角を有する巨大な頭が女神へ向けられる。


「プリメーラとの壮絶な姉妹喧嘩の真っ最中にございます」



 ◇ ◇ ◇



 いつしか雷鳴は鳴りを潜めていた。

 静寂に包まれた中、王宮に鎮座する賢者の間より巻き起こるは閃光と爆発。

 直後、虚空へと飛び出したのは一つの人影。それに追従するように血で染めた白いローブが地上へと身を乗り出す。即座に吹き飛んだ片腕を再生させ、死神シオン・デスサイズは落下しながら叫んだ。


「何いきなり元気になってんのよ!」


「思い出したんだよ」


 少し離れた位置から共に落下するリリーナの瞳に青白い文字が刻まれる。竜言語(ドラゴンズロア)による高速脳内詠唱。

 それにより形成されるは細長い光の束。中位魔法である「追尾する光弾ホーミングライトバレット」だ。


「私は胸がデカい女は嫌いだってな!」


「個人的な感情は置いておけといったでしょ!?」


「やかましい! お前こそ何が私を殺すことで『あの女神がどんな顔をするのか見てみたい』だ! ただの八つ当たりだ! お前のほうこそ個人の感情で動いてるだろうが! だいたい、そんなどこの馬の骨かわからん相手への八つ当たりごときで殺されてたまるか!」


「……口喧嘩じゃ魔法使用者には勝てないか」


「当然だ! 口が滑らかじゃないと詠唱で噛むからな!」


 地面に砲弾のごとく滑空し着地するシオン。衝撃で足が砕けるが即座に再生。上体を起こし迎撃態勢に入るやいなや右手には大鎌を具現化させ漆黒の柄を握りしめた。

 刹那。雨のごとく光弾が降り注ぐ。それを紅玉で捉えシオンは口角を上げた。


「まぁ。無抵抗で死ぬよりはこちらのほうが楽しめる……か」


 黒き斬撃が幾重にも空間を裂く。

 瞬く間に光弾を切り裂き弾き飛ばし、シオンの周辺は白煙に包まれた。タイミングを遅らせ頭部に迫った最後の魔法弾(マジックミサイル)を左手で無造作に掴むと、力任せに握りつぶし消し去る。


「中位魔法なんて役に立たないわよ?」


「そんなもので仕留められるとは思っていない」


 浮遊(レビテーション)の魔法によりふわりと着地したリリーナの瞳が輝いた。

 先程の「追尾する光弾ホーミングライトバレット」に続き、間髪入れず高速詠唱。常人には不可能な速度で連続魔法を行使できるのは、竜言語(ドラゴンズロア)を世界でただ一人習得している彼女のみに可能な絶技だ。

 左手に生み出された炎の精霊が弾ける。


上位精霊魔法ハイランクエレメンタルマジック炎の嵐(フレイムテンペスト)


 リリーナの唇が震えたと同時に地中より噴き出た炎の柱が高速で地面を駆け抜ける。

 対象を全て焼き切る殺傷性能の高い炎属性魔法だ。肌を刺す熱気に黒髪をなびかせシオンは灼熱を見据える。彼女に逃げ場などない。

 シオンは無言で大鎌を横に構えた。地面を穿つ鋭い踏み込み。それと同時に繰り出されるは横一文字の斬撃。


 一閃。漆黒の軌跡が火柱を駆け抜けた瞬間、それは真っ二つに分断され消滅した。

 範囲外に通り過ぎた灼熱により周辺に炎が渦巻く中、鎌を肩に担ぎシオンは口角を上げる。


「……化け物か。お前は」


 一筋の汗がリリーナの頬を伝う。斬撃により上位魔法を叩き切るなど彼女の知識の範疇を超えていた。

 驚愕により一瞬、停止した時間が動き出す。リリーナの思考を許すほど死神は決して悠長ではない。

 地面が縮んだかと思うほど素早い踏み込みからの斬撃。リリーナを守護する魔法障壁とぶつかり合い激しい衝撃音を響かせた。

 

 左右から揺さぶられる二連撃を防ぐが続く三連撃目。回転により遠心力を上乗せした豪の斬撃がリリーナを襲う。

 硬質な響きと火花を散らし、彼女は地面を滑るようにはじき飛ばされた。

 未だ余裕のある微笑みを浮かべ、シオンは肩に大鎌を担ぐ。


「本当に固い障壁だわ。どこかの赤毛みたい。あなた、銀の賢者とかいう称号もらったようだけど亀の賢者に改名したら?」


「……銀色には合わないし、可憐な私に亀は不釣り合いだから却下だ」


 減らず口を叩きながらもリリーナの表情は固い。

 上位魔法で仕留められない相手に対抗できるのは最上位魔法(ハイエンドマジック)しかない。だが行使するまでに時間のかかるのが難点だ。目の前の死神は悠長に待ちなどしないだろう。

 術者を守る魔法風は詠唱中に外敵を遮断する役割も持っている。だが炎の嵐を切り裂く化け物相手では、魔法風などただのそよ風に過ぎない。

 絶対絶命。まさにそれはリリーナが陥っている状況に他ならない。


 一方、シオンは口元は笑い呑気に語りながらもその紅玉だけは、一挙手一投足を逃すまいとリリーナを見据えていた。

 リリーナがシオンを仕留めるには最上位魔法(ハイエンドマジック)を行使するしかない。当然、シオンはそれを理解していることだろう。

 防戦一方ではいずれ刃は彼女を切り裂く。問題はどこで仕掛けるか……だ。

 最上位魔法(ハイエンドマジック)はリリーナの最大の武器にして、最大の弱点なのである。もし彼女が詠唱段階に突入したら無防備だ。そこを神殺しの刃で切り裂けば……全てが終わる。

 シオンの狙いはまさにその一点だ。


 じりじりと距離を詰めるシオン。同じ速度でゆっくりと後退するリリーナ。

 ほんの僅かの膠着時間。その時、リリーナはある気配を感じていた。正確には信じていた。

 きっと彼女は来る……と。


 一瞬、訪れる静寂。それを破るのは踏み出したシオンの右足。

 停止したリリーナへ向けて四肢を躍らせた。横に構えた刀身で彼女を切り裂くべく一気に距離を詰める。


 その時、シオンとリリーナの中心に割り込むかのように何かが空中より飛来した。

 黒い戦闘服に腰元まで流れる金色の髪。彼女は美しいエメラルドの瞳をシオンに向け、ドレスの裾を両手であげるかのような仕草で礼をした。

 予想外の乱入者に不機嫌そうに眉根を寄せるシオン。対照的に彼女の後ろ姿を見つめるリリーナは口元をほころばした。


「なんで空から貴族が降ってくるのよ。今いいところなんだから邪魔しないでくれる?」


「それはできませんわ。申し遅れました。私は五大貴族の一つエスペランス家当主フラン・エスペランスと申します……って、てめぇにそんな御大層な挨拶、いらねぇよな? お・ば・さ・ん?」


 品に富み慎ましやかな言葉から一転、吐き捨てるかのように紡がれた言葉にシオンの目が鋭利に輝いた。


「なに私の未来の城に土足で上がりこんだうえに、リリーナに喧嘩売ってんだよ。見ろ。怯えてるじゃねぇか」


「あんたの目は節穴? そこの性格が悪いど腐れ貧乳が怯えるわけないでしょ? それに……年増おばさんとか聞き捨てならないわね。一応、肉体年齢二十歳なんだけど?」


「二十歳? あんた、二十歳なの? 私、十七歳。この子、十五歳。はい。年増(おばさん)確定! 嫌だねぇ。これだから年増(おばさん)は。すぐ若作りしたがるんだからねー」


 フランのその言葉が響いた途端、怒りを体現するかのように体から闇を放出させるシオン。

 殺意に煌めく紅玉を尖らせゆっくりと大鎌を構える。


「……貧乳の女にろくな奴はいないな。決まりだ。お前から殺す」


「やってみろよ。牛ババァ」


 荒れ狂う闘気の奔流を前にしてフランはたじろぐことなく前を見据えた。

 だがシオンから見えない位置、リリーナのみに視界に入る場所で彼女は親指を立ててみせる。それを見てリリーナは口をほころばせた。


 ――本当にフランには敵わないな……と。


 時は動き出す。

 それと同時に身を躍らすは、大鎌を構えたシオンと双剣「精霊の竜牙エレメンタル・ドラゴンファング」を握りしめたフランの姿。

 闘志に漲る紅玉と翠玉が交差し、剣戟の調べが響き渡った。

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