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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第7話「薔薇の棘が穿つは転生者の骸」

 風が突き抜ける。馬の蹄が大地を駆けた。

 戦場に咲く鋭利な薔薇「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」が破滅の足音を響かせ、大地を踏みしだく。

 急速に近づくは数千人はいる王国騎士団の本陣。馬を駆り草原の上を駆け抜けるシオンの索敵の目(サーチアイ)が敵性勢力接近の警笛を鳴らす。

 

「左翼より敵襲!」


 高らかに鳴り響く声と共に王国騎士団は密集陣形を左翼へ展開させる。その瞬間、槍兵の目に映りこむもの。それは冷笑を浮かべた可憐な死神の姿だった。

 一閃。巨大な刀身が生み出す黒き軌跡が、一瞬で数人の兵士の胴体を吹き飛ばす。血の雨が降り注ぐ中、その中心にいるマリアは口元を歪ませた。


穿て(ドルヒボーレン)


 打ち出されるは薔薇の死棘。それは重騎兵によるランスの刺突だ。

 らせん状の風が渦を巻く。大型の馬が生み出す突進力を上乗せしたその一撃は、鎧ごと易々と兵士の体を刺し貫く。押し倒し踏みつぶしその蹄を赤黒い血で染めた。


 重騎兵の先頭を駆けるは半吸血鬼(ヴァンピール)だ。ランスに串刺しにされた兵士の骸を無造作に投げ捨てると、表情が見えないアーメットを前に向け愛馬を駆る。

 彼の目の前ではぼろきれのように分断された人間の胴体が横切っていった。全ては先陣を切るマリアの斬撃によるものだ。


 破城槌のごとく戦陣を切り裂いていく中、シオンはぶつぶつと何かを言いながらひたすら前だけを見つめていた。


「何が起きてるかわからないケド! まぁだいたい予想つくケド! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私、死にたくないしみんなマリア隊長の敵だし、とりあえず死んでお願い!」


 四方八方すべて敵だ。止まれば死ぬ以外他にない状況でシオンは、それでもマリアの言葉を信じ馬を走らせる。

 

 王国騎士団にしてみれば恐怖以外の何物でもない。

 数こそは多くなくとも重騎兵の突撃は歩兵程度では止まらない。すでにランスの標的となっている距離では弓での牽制も不可能である。さらに彼らを絶望の底へと叩き落とすものは、紛れもない死神(デス)マリアそのものだ。


 重騎兵の先陣を切る彼女の斬撃は、その通過点に何人いようが関係ない(・・・・・・・・・・)。問答無用で全てが真っ二つに首や胴体を吹き飛ばされていく。

 その光景が兵に与える視覚効果は絶大だ。恐怖で足がすくみ反撃の手を緩ませる。そしてそれはマリア達にとって障害が少ないことを意味する。

 突き進む生を貪る死神の紅玉には、すでにその鎌が狩るべき対象が映し出されていた。


 少女のような外見の軍服姿が三人。

 そのうちの一人……赤い軍服に身を包んだ赤毛のポニーテールが揺れた。気の強そうなつり上がった眉をさらに中央に寄せ、女は突撃する重騎兵の前に立ちふさがる。


「我は求める。重厚なる激情の盾を。全てを拒絶する城壁の顕現を!」


 女の眼前の空間が歪む。視覚的に捉えることはできない事象だが感覚的に危険を察知したのだろう。重騎兵の先頭を切るチェアーマンは速度を緩め、愛馬の進路を変更させた。

 その動きに対応し彼と同じ進路を取る騎馬隊とは違い、違和感を感じ取らなかった騎士はその瞬間、信じられない光景を目撃する。


憤怒の城壁(サタン・フォートレス)!」


 女の唇がそう奏でた刹那、マリアは巨大な城壁が立ち塞がる感覚を覚えた。

 目視できないが確実に存在する圧力が張り巡らされている。それを裏付けるかのように女の目の前で避け損ねた騎馬隊が、透明な城壁にはじき飛ばされるように馬ごと宙を舞った。


 マリアは速度を緩めることなく死者の叫びザ・デッドオブバンシーを握る手に力を込める。斬撃の間合いに飛び込んだ瞬間、彼女の足が大地を穿つ。

 一閃。妖艶な輝きを帯びた刀身が生み出す強烈無比な斬撃。しかしそれは不可視の城壁とぶつかり合い火花を散らす。鼓膜を震わす衝撃音と共に大鎌の刀身は弾かれ、マリアは後退した。


「……隊長の鎌を防ぐなんて……」


 驚愕のあまり馬を止め目を見開くシオン。騎馬隊が速度を落とし、女を中心として左右に裂けていく。そんな中、マリアは鋭い瞳を向けたまま鎌を肩に担いだ。


「まさか、物理的に騎馬隊の突撃を防ぐ馬鹿が実在するなんてね」


 赤毛の女は睨みつけるだけでマリアの言葉に反応しなかった。ただその唇は短く何かを呟く。


「……今だよ。鏡。やっちまえ」


 彼女の後ろで何かが動いた。澄んだ蒼穹のような空色の髪が揺れる。

 マリアの目に映るそれは少女のようだった。宝石のように輝くアメジストの瞳を向け、白い軍服に包まれた白魚のような手が前に掲げられる。

 マリアはその瞬間、確かに感じた。魔力がその右手に収束していくのを。


複製顕現レプリックアドヴェント!」


 渦巻くは闇。マリアにとって隣人とも言える近しい存在。人の死により生み出される魂の欠片「霊子」だ。

 死霊武器の源ともいえる不可視の魔力は、彼女にとって見慣れた姿を形成していく。


「魔力注入。形状終局。……武装顕現!」


 マリアの目が見開いた。さすがの彼女も驚きを隠せなかった。

 目の前の少女の容姿を持つ人物が握るそれは自らが持つ大鎌と同様(・・・・・・・・・)だった。妖艶な輝きを持つ巨大な刀身。黒光りする長い柄。そして死神を象徴するがごとく大鎌の様相を呈している。まさに彼女が愛用する死霊武器そのものだ。

 マリアが震える唇から言葉を紡ぐ。


「お前。私の死霊武器を……複製したのか(・・・・・・)!?」


「朱莉さん。ありがとうございます。あとは……ボクがやります」


 死者の叫びを握りしめ転生者……(かがみ) 鳴落(めいらく)の足が大地を蹴った。反射的にマリアもまた同じ大鎌を振るう。

 黒き刃が交差し激しい火花と共に衝撃音を響かせた。奇しくも同じ斬撃が同様の軌跡をもって剣戟を奏でる。二撃、三撃と刃を交えた後、再びマリアは距離を取った。


 彼女の身体能力は人のそれを遥かに凌駕する。いかに同じ武器をもってしてもそれを覆すことはできない。しかし目の前の人間は、そのマリアの斬撃に一歩も引かず撃ち合っているのだ。


 鏡の後ろで青いセミロングの髪を揺らし眼鏡をつけた可憐な少女が立っている。彼女の口元には杖の先端に鎮座するいばらに覆われた宝玉が輝き、そこから美しい旋律が戦場を震わす。

 (のぞみ) 結愛(ゆうな)の持つ能力「光輝の羨望グランツ・レヴィアタン」である。味方には動体視力その他を含む身体能力を増強。また傷をも癒す聖女の歌だ。しかしそれを耳にする敵には身体能力を減少させる呪いの歌と化す。


 自らと同等の力を持つ斬撃を有し、さらにこちらの刃を拒絶する強固な盾を展開させる転生者。その三人を前にしてマリアは鎌をゆっくり下した。

 笑っていた。自らが戦うに値する敵を前にして歓喜に震えるがごとく口元が歪む。


「隊長!」


 すかさずシオンとチェアーマンがマリアの元へ駆け寄ろうとする。その瞬間、まるで彼女達を制するかのように漆黒の鎌を横にかざした。

 その意味を即座に理解したのかシオンとチェアーマンはその場に停止する。


「手出し無用。あなた達は周りのゴミを排除なさい。私の戦を邪魔立てするものはその首、切り落とされると覚悟なさい」


 一瞬、動きを止めたものの二人はほぼ同時に「御意!」と頭を下げマリアに背を向けた。

 それを見ていた赤毛の転生者……情島(じょうしま) 朱莉(あかり)は少しばかり口元を震わす。


「……大した騎士様ぶりじゃないか。見た目ロリのくせに」


 刹那。闇が炎となって噴き出す。中心にいるのは殺意に輝く紅玉を携えたマリアの姿だ。


「さて。それじゃ採点といきましょうか。お前のその贋物(がんぶつ)。私の斬撃にどれだけ迫れるか……見定めてあげるわ」


 全身を針のように突き刺す殺気と死の匂い。そして体を震わす闘気の奔流を前にして鏡は、整った唇をきゅっと引き締めた。

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