第78話「終焉」
薄暗い闇を切り裂くのは雷鳴と共に空間を照らし出す炎の花弁。
それは白刃が衝突し合う際に発生する火花だ。硬質な響きを奏で剣戟を交差させる中央でヴェルデとフランは、刃の向こうで僅かに映りこむ相手の顔を見据える。
刃が離れたと同時に素早く踏み込むフラン。対するヴェルデは正眼の構え。
真横からしなるように伸びる白刃に聖剣が反応する。打ち払わんと空間を裂く刃は、双剣とぶつかり合い火花を散らしつつ弾き飛ばした。
同時にヴェルデの足が床を踏みしめる。
返す刃でフランの左側面へと聖剣を転回。上半身の捻りを利用し遠心力を上乗せした豪の一閃が、フランへ銀の軌跡を走らせる。
だが飛び散るのは鮮血ではなく暗闇を一瞬、照らす焔の光。
金属同士が擦れあう音を響かせフランの左の双剣が聖剣を捌く。「精霊の竜牙」特有の厚みのある刃の背で、滑らせるように致命の一撃を流したフランの体が鋭い軌跡を描いた。
流麗な動きで捌きつつ右手の双剣を逆手に転回。右足の踏み込みと同時に上半身の捻りが生み出す剣閃がヴェルデの首元へと迫る。
一閃。それは精密にヴェルデの首筋を断ち切った。
眼前に舞う鮮血。だがそれはほんの一瞬に過ぎなかった。瞬く間に傷口を修復させヴェルデは距離を取る。
あの死神のような再生能力ではない。人はそのような能力など持ちえない。先の一撃でヴェルデは蓄積された「命」を消費したのだ。
フランの瞳が殺意に輝く。空間を裂き血糊を払った刃を構え身を乗り出した。
「てめぇが何度でも転生するっていうんなら、その命尽きるまで切り刻むだけだ!」
眼前で命を狩らんと牙を剥く双剣聖を見据え、ヴェルデは過去へ想いを馳せていた。
――彼女の言葉通りとなった。
かつて残虐の女王と怖れられた美しき双剣聖レジーナ・エスペランスの言葉が脳裏を過る。
『もしあなたが自らの欲望のために民を犠牲にするのなら、仮に私がいないとしても、私の子孫はあなたを斬るでしょう』
まさに再来という言葉が相応しい。
流れる金糸。冷酷でありながら決意に満ちたエメラルドの瞳。類まれな戦闘力。まさに目の前にいる双剣聖はレジーナの全てを引き継いでいる。
――レジーナ・エスペランスが正しかったのだ。
所詮、ヴェルデは理想郷という夢に捕らわれたただの傀儡に過ぎないのだ。それも汚泥と血で塗り固められ溺死する寸前の哀れな人形。
あるいはレジーナはあの時、すでにこの未来を予見していたのかもしれない。
フランの渾身の斬撃が幾重にもヴェルデの体を切り裂く。
その度に命の蓄積を使用し聖剣を握るヴェルデ。だがついに彼の体は終焉を迎える。
最後の力を振り絞り上段の構えから振り下ろされた聖剣の刃をフランは双剣で抑え込む。交差した刃と衝突し火花を散らしながらヴェルデの瞳と彼女の瞳が混ざり合う。
「……お前に問う。俺を殺すことでお前が求めるものはなんだ? その刃。復讐のみではなかろう」
「あぁ!? てめぇが気に喰わねぇだけだ! 国を守るとかいいながらクソじじぃどもに踊らされやがって! なんで魂吸収なんぞに手を染めた!? あんたほど国王に相応しい人間なんざ他にいなかっただろうが!」
「ならばお前ならこの国を救えるのか? 永遠にこの国を守るなど人には不可能だ」
「だが民の命を吸う外道に支配されるよりはよっぽどマシだ! 命は有限だよ。だからこそ生きるその時に人間は輝くんだろうが! それを己の命を伸ばすために消費し続けるてめぇらを私は絶対、許さない!」
フランの怒号にヴェルデは一瞬、口元をほころばせた。
それと同時に聖剣に加わる力が一瞬、緩む。それをフランは見逃さなかった。交差した双剣の刃を走らせ十字に剣閃が駆け抜ける。
焔に輝く花弁を咲かせ聖剣の刃が真っ二つに切り裂かれた。吹き飛ぶ切っ先が空中に弧を描くその時、フランの体がヴェルデの懐に飛び込む。
渾身の斬撃はヴェルデの腹部を深々と抉っていった。
鮮血を滴らせヴェルデの体がよろめく。傷は再生していない。もう彼の命の蓄積はとうに尽きていた。
抑える指の隙間から大量に流れる血液量は致命傷の証。死にゆく国王をフランはただ黙って見つめていた。
彼女には聞こえていた。切り裂かれる瞬間、彼が口にしていた言葉を。
――お前が王となれ。
たとえその行いが外道であろうとも、たとえ血塗られた道であろうとも目の前にいる男は、紛れもない「王」だったのだろう。
止めを刺さず無言で見据えるフランにヴェルデは、消え去りそうな声で言葉を紡ぐ。
「……最後は玉座の上で死なせてくれ」
数多の命を喰らい座り続けていた玉座。ヴェルデはそこを死に場所に選んだ。
フランは冷酷でありながらもどこか陰りのある表情を浮かべると、腰元に双剣を収める。そして無言で彼に背を向けた。
「好きにしろよ。今の私には……あんたを斬ることが……できないんだよ」
それが彼に投げかけることができる最後の言葉だった。
この男は本気で国の行く末を案じていた。その方法は間違いなれどこの男は身も心も正真正銘の王だった。永遠に支配することで理想郷が生まれると誰よりも信じていた。それがこの国を守る唯一の方法だと思っていた。
――だったらなんで!
やり場のない怒りがフランを包み込んでいたことだろう。彼女は奥歯を噛みしめる音を僅かに響かせると闇へと姿を消した。
ヴェルデはその後ろ姿を見つめるとよろよろと玉座へ座り込む。
王になる前はひたすら戦い続けた日々だった。魂吸収によって王へなったその時、理想郷が目の前に広がっていた。
そして気が付いた時、彼はただ民の命を貪るだけの人の皮を被った悪魔へと姿を変えていた。
……死がすぐそこまで迫っていた。
過去の映像が脳裏を過る中、ブーツが床を打つ音が響く。
ねっとりと体に纏わりつく死の気配。暗闇に輝く二つの紅玉。それは紛れもない「死神の足音」だ。
ヴェルデは、「彼女」の存在に気が付き微笑む。
「……来ると思っていた。シオン・デスサイズ」
雷鳴に照らされた室内に映し出されるは美しき死神。シオンはゆっくりとヴェルデが座る玉座へと歩み寄る。
生を貪る死に満ちた冷笑を浮かべながら、その手に握られるは漆黒の大鎌。
「この時を待っていたわ。ようやくあなたの元へ来られた」
「見事だ。リリーナ・シルフィリアを裏で操り魂吸収を阻止し、さらにフラン・エスペランスに命の蓄積を消費させ、今、まさに俺の命を狩ろうとしている。全てはお前の策略か」
「彼女は役に立ったわ。さすがは神の子。彼女の魔力の前では人間などというゴミは平伏するしかない。七賢者もあなたもね。彼女と私が出会ったその時、この未来は確定していたのよ」
「そこまでして俺を殺そうとするのは、死んだ部下の無念を晴らす為か」
「認めたくはないけど、確かにそれは確実に私の中にある。だけど私がもっともあなたに対する明確な殺意の根源は、それとは別だわ」
シオンは巨大な刀身の切っ先をヴェルデの喉元にゆっくりと刺し込む。
「私は転生者を皆殺しにする。ただそれだけよ」
一閃。
黒き斬撃はヴェルデの首元を駆け抜け切り離す。血煙が舞い、玉座の背を赤黒い鮮血に濡らしながら、ヴェルデの首が床に転がった。
刹那。シオンのブーツが頭を踏み抜く。残虐な冷笑を浮かべて。
血と脳漿が纏わりついたブーツを法衣で拭き取ると、闇に包まれた天井を見上げる。
殺意に濡れた紅玉に映りこむのは、七賢者の姿。
――まだ彼女の狩りは終わっていない。




