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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第2章 断罪編
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第75話「薔薇の再臨」

 肌を刺す熱気。吹き荒れる熱風。

 人を馬を本能的に怯ませる猛火がプロエリウム軍七千人を包囲した。

 事前に場所を特定していたリリーナによるトラップである。竜の渓谷(ドラゴンズヒル)は地中の底を流動的に溶岩が流れる地域であり、炎の精霊を活発にさせる。

 それを利用した業火は、優に人を瞬く間に焼き尽くすほどの熱量であり、包囲したと同時に兵站線も断つことが可能である。

 残された兵士に撤退という選択肢は奪われた。彼らはただひたすら死へ向けて行進するほかに道はない。

 

 焔の揺らぎをその目に映らせ、シオン・デスサイズは前を見据えたまま言葉を紡ぐ。


「兵站線を断ち孤立させたのね。さて野蛮人の次の手は何かしら?」


「まずは弓兵による遠距離からの牽制だろうな」


 リリーナの声に呼応するかのように空間を裂くのは数本の矢だ。それはらせん状の風を纏って彼女の頭部へ高速で迫る。

 だが矢じりはリリーナを射抜くことなく魔法障壁により弾かれ虚空へ消えていく。


「そして無駄だと悟り騎馬隊の突撃」


 雄たけびが響き渡る。

 大軍が大地を震わす地響きを奏でた。それは馬の蹄が地面を打つ音だ。

 リリーナの小柄な体など吹き飛ばすほどの勢いで騎馬隊が迫る中、彼女は平然と立っている。冷静な表情を浮かべながら、そのサファイアの瞳に無慈悲な光を宿していた。


「だがそれも徒労に終わる」


 刹那。シオンの目の前で閃光が駆け抜けた。

 黒髪をなびかせるのは熱を伴った爆風。連鎖していく爆発は騎馬隊を呑み込み、破砕し焼き尽くす。


 連鎖爆撃弾チェインエクスプロージョンボム

 だがそれはあの「紫の薔薇騎士団パープルローゼンリッター」を壊滅させた威力の比ではない。リリーナとシオンの前に広がるものはまさに地獄絵図だ。

 熱で揺らぐ空間に浮かび上がるのは、バラバラに四散した人体。いまだくすぶる炎の中、運悪く(・・・)生き残った兵士がうめき声をあげながら上半身だけで地面を這いずり回っていた。

 シオンはトマトをかじるのも忘れ死にゆく兵を見据える。


戦争じゃない(・・・・・・)わね」


「そうだ。先程も言った。鏖殺だと。私は戦争をしにきたわけではない。奴らを皆殺しにする(・・・・・・)ためにきたんだ」


 リリーナが冷徹さを帯びた眼で見据える先、揺らぐ視界の向こうで人影が写り込む。プロエリウム兵により構成された密集陣形だ。それは奴隷兵による先陣の全滅を意に介さずゆっくりと距離を詰めてくる。

 シオンはトマトのヘタを放り投げると、リリーナへ語り掛けた。


「それで。例えあなたの魔法で虐殺できるとしても、相手はそれこそ何千人もいる。いくら膨大な魔力があろうといずれは尽きる。それならば最上位魔法で壊滅させるべきじゃないの?」


「その通りだ。だが最上位魔法は即座に行使できるものじゃない。どのみち奴らを抑える必要がある。そのためにお前を呼んだ(・・・・・・)んだ」


 彼女の言葉にシオンは苦笑する。どうやら横にいるど腐れ貧乳は、シオン一人に時間稼ぎをさせるつもりらしい。

 だがその時、シオンは何かひらめいたのか口角をあげた。七千人はいるだろう軍勢をシオン一人で抑えることなどできるはずがない。リリーナはそのことなど百も承知だろう。

 明らかに足りない兵力。ならば作ればいい(・・・・・)のだ。目の前に材料など山ほど転がっているのだから。


「……なるほど。そういうことか」


 シオンは優雅に前へ歩み出ると、燻る大地に舞い降りる。

 彼女の全身を高揚感が駆け巡っていた。それはあのマリアだった時、戦場へ出ていた時の感覚。これから催される死の饗宴を前にして愉悦を感じるがごとく残酷な笑みを浮かべる。

 彼女の右手に闇が収束していく。それは死者より生み出される霊子。そして死を糧に得るものは漆黒の大鎌。


「今こそ再び私に付き従え。死してなお戦場を駆ける薔薇の騎士達よ」


 シオンはゆっくりと言葉を奏でる。


「お前達の魂は私と共にある。たとえ死しても私がいる限りお前達は不滅だ。馬を起こせ。槍を持て。私は謳おう。薔薇の騎士達の再臨を」


 彼女は告げる。シオン……いやマリアの元に集いし百戦錬磨の騎士達の再生を。


中位(ミドルランク)アンデッド・死神騎士作成デスナイトメイキング


 整った唇から紡がれる旋律が響いた瞬間、シオンの周辺に散らばる死体が動き出す。それらは肉片一つに至るまで生きているかのように脈動し、収束していく。

 そこから生み出されるものは、死体により作成された騎士達の姿。


 彼らはアンデッドに違いはなかった。だが明らかに統率された動きは死者のそれではない。

 シオンを先頭に整列した姿は、まさに生者と見紛うばかりの軍勢だ。


 彼女が歩み出ると同時に、一斉に死者の軍勢が動き出す。

 その瞬間、天が鳴動した。折り重なる光の亀裂から打ち下ろされるは眩い光を伴った落雷。それは掲げたリリーナの左手に吸い込まれるように落ちると、光の渦となって収束していく。


「餞別だ。受け取れ」


 まるで投槍のごとく構えたリリーナの左手の中で、稲妻はやがて細長い形を形成していく。

 サファイアの瞳が魔法構成を刻みながら輝いた。その瞬間、彼女の左手から撃ち出されるは光の雷槍。


上位精霊魔法ハイランクエレメンタルマジック雷神の煌槍トールリヒトシュトラール


 瞬きすることすら許されない速度で雷槍が駆け抜ける。


 それはプロエリウム軍の中心で光と膨大な熱量を伴って炸裂した。稲妻で構成された槍は密集陣形を切り裂き、直撃を受けた兵士は外見が判別できないほど焼け焦げ、地面を黒く染めていく。

 恐怖と絶叫が渦を巻く中、シオンは残虐な笑みを浮かべながら密集陣形に開いた風穴を見据える。


「槍を構えろ。ど腐れ貧乳が開けた風穴へ突撃し中央突破。本陣を突き大将の首を落とす」


 シオンは漆黒の大鎌を掲げた。それはあの連隊旗であるかのように騎士達は見上げ、剣を掲げ、槍を構える。

 真紅に彩られた紅玉が冷酷さをもって輝いた。


紫の薔薇騎士団パープルローゼンリッター、紡錘陣形。死棘をもって敵を貫け!」

 

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