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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第2章 断罪編
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第70話「燃え盛るは青き炎」

 温かな液体から湯気が立ち昇る。鼻に僅かに香るのは香油の匂い。

 エスペランス邸に設置された広い石材の湯船にリリーナは、一糸まとわぬ姿で肩まで浸かっていた。ほんのり朱色に上気させたきめ細やかな肌の上を、水滴が緩やかに流れ落ちていく。

 

 彼女は大の風呂好きだ。

 手はおろか髪、服に至るまで汚れることを嫌う。臭くて汚い魔物などもっての外、ましてや「臭い」「汚い」「穢らわしい」という三大要素が詰まったスライムなどもはや憎悪の対象でしかない。

 そんな彼女が一日のうちもっとも落ち着くお楽しみタイム。それが風呂である。


 しかしそんなリリーナの脳裏にわずかばかりにこびりついた暗雲。それは紛れもなくシオン・デスサイズの言葉だ。


『聖剣など存在しない』


 彼女のこの発言が本当ならば、聖剣の加護など「真実を隠す」ための誤魔化しにすぎない。

 それならば不死の王とは何なのか? 国王ヴェルデが百五十年もの間、玉座に座り続ける要因は何か?

 一つだけ存在する(・・・・・・・・)。だがそれが真実であってはならない。リリーナはそう考えていた。

 

 その時、突如、リリーナの思考を遮るのは人の気配。

 リリーナは一人で風呂に入るのが好みだが、ここは居候先であるエスペランス邸。当然、「彼女」も入浴する。

 立ち昇る湯気の中、一人の裸の少女が歩み寄る。そして湯船に浸かるとリリーナへと近づいた。

 長い金髪を頭の上に束ねたエスペランス家当主フラン・エスペランスである。

 

 亡き父親トレラント・エスペランスに代わり、わずか十六歳にして当主の座へと就いた彼女は当然、気苦労も多い。

 それをまるで労うかのように体中を暖かさが染み渡るのだろう。フランは大きくため息をついた。


 白い湯気の中、裸の少女達が無言の時を過ごす。

 だが沈黙を破ったのはフランのほうだった。


「……ねぇ。リリーナ」


「うん?」


「リリーナが何をしているかは聞かないよ。私に言わないのも気にしない。リリーナのことだから何か考えがあってのことだと思ってるから。……だけどこれだけは言わせて」


 肩が触れ合う距離でエメラルドの瞳とサファイアの瞳が交差した。


「一人で背負うことはないよ。私も戦うから」


 リリーナはすぐに答えなかった。

 今回の黒幕が国王ヴェルデであることを誰にも告げていない。ましてや若い当主という立場にあるフランになど言えるわけがない。

 フランはエスペランス当主としてヴェルデと接する機会も多い。仮に真実を伝えたら、彼女は自らの父親を殺した黒幕と直に何度も会うこととなるのだ。

 その際のフランの精神状態を考えれば、決して得策ではないというのがリリーナの下した判断だ。さらに知れば彼女にさえ命の危険が及ぶ可能性もあった。


 そしてフランは、リリーナが水面下で動いていることを知っている。さらに舞踏会で現れた見覚えのない謎の男。一目みてリリーナに何かしら協力している人物だと推測したが彼女の勘が告げていた。彼は危険だと。

 フランにしてみればリリーナのみ危ない橋を渡る必要はないと思っていたに違いない。リリーナの友として、亡き父親の跡を継いだ者として、死地へ赴くなら自らも共に行く。

 そんなフラン・エスペランスの決意を表す言葉だった。

 

 彼女のエメラルドの瞳を見つめていたリリーナは、笑顔を見せる。

 口は悪いが面倒見がよく責任感も強く、そして何より友であるリリーナを常に見ている。そこが実にフランらしい。


「ありがとう。私は大丈夫だよ」


 リリーナはそこまで口にすると、湯気が溢れる揺れる水面へと視線を移す。


「……フラン。今は何も聞かずに双剣聖の修行と当主の仕事に集中してほしい。でもいずれは君の刃が必要になると思う」


 リリーナは考えていた。

 最終的にヴェルデへ刃を向けるのはフラン・エスペランスになると。そして、その後にこの国を変える存在になると。

 だが今はまだ……その時ではない。




 翌日。

 リリーナの前にふらりと現れたシオン・デスサイズに連れられて彼女が足を踏み入れた場所は、なんてことはないただの大衆酒場だった。

 それも丁度、夕食時だ。店内は腹を空かせた冒険者や商人で賑わい、給仕の女性が慌ただしく店内を駆け巡る。リリーナとシオンは目立たない奥の席へと腰かけた。

 頼まれた注文の品がテーブルに置かれる。それは干し肉と野菜を煮込んだスープにライ麦のパンと赤ワインだ。

 二人の声がかき消されそうなほど喧騒な場所。そこで重要な情報を話すなどいかにもシオンらしい。


「死神も酒を飲むのか」


「たまにはね。それよりあなた。目立たない恰好でもしてくるのかと思ってたけど、普段通りの服装とはね。王宮魔術師様がこんな場所にいては怪しまれないかしら?」


「自分で誘っておいて何を言ってるんだ。まぁ尾行には注意を払っているよ。仮に客に紛れ込んでいて私がお前と会っているのが敵に知れたとしても問題ない。それで奴らが動いてくれれば逆に尻尾が掴みやすくなる。襲いかかってきたら殺すだけだ。なんなら情報の一つや二つは引き出せるかもな」


「あなたのそういうところ。私は好きだわ。むしろ堂々としているからかえって相手は下手に手を出せない」


 ライ麦のパンをちぎって咀嚼し、スープを口に含むとリリーナはシオンへ視線を移した。

 ワイングラスに注がれた赤ワインを愛でながら、揺らぐ液体の向こうで真紅の瞳が輝く。


「お前は言った。聖剣など存在しないと。どういう意味だ?」


「言葉通りよ。聖剣はこの世に存在しない。何故なら私が叩き折ったからよ。百五十年前にね」


「それじゃ剣王が持つ聖剣の加護などデタラメか」


「その通り。話を聞いた時、笑いをこらえるのが大変だったわ」


「ならば不死の王とはなんだ? 奴はアンデッドだとでも言うのか」


「いいえ。彼はれっきとした人間よ。……あなたなら知っているでしょ? 永遠に生きられる方法(・・・・・・・・・・)を」


 その瞬間、リリーナの瞳が鋭さを増す。

 ただの人間が永遠に生きられる方法など一つしかない。そしてリリーナもシオンから聖剣の話を聞いたその時、予想はしていた。

 それはあってはならない禁忌。だが常に頭の片隅から離れない。最悪の結果でありながら、おそらくもっとも真実に近い。


「……魂吸収ソウルトランスレイションか」


「御名答」


「魂吸収は、人間の魂を吸収し自らの肉体の維持、転生に変換する儀式魔法だ。それだけ大規模な魔法は剣王一人で成しえるものではない。裏で糸を引いているのは七賢者か」


「その通り。かつてこの国で起こった紛争は全ては魂吸収のための生け贄にすぎないわ。奴らはアフトクラトラスで死んだ人間の魂を根こそぎ集めている。それこそ小さな村で起きている王国騎士団の粛清という名の虐殺も含めて……ね」


 シオンの言葉にリリーナの整った眉がピクリと動く。

 彼女の脳裏に浮かぶのは、自らの幼少期を過ごした村。育ての親であるケンウッドの笑顔。そしてそれらを焼き尽くし踏みにじる王国騎士団の姿だ。

 反逆者を粛清するという名目の下に行われる虐殺行為。それら全ては魂を集めるだけが目的なのだ。


「……プロエリウムとの戦争を起こす理由もそれか」


「それについては私は知らないけど。前回の国内紛争がそうであったように、大量の魂を効率よく吸収するのに手っ取り早いのは戦争よ。そろそろ命の蓄積(ストック)が無くなってきた奴らからすれば、如何なる手段を用いても戦争を起こそうとするでしょうね」

 

 捕虜を救出しようとしたトレラント・エスペランスの殺害。各地で起きる粛清。不死の王。プロエリウムとの意図的な戦争の勃発。全ての点と線が繋がる。

 命の蓄積(ストック)が残り少ない彼らは、戦争によりそれを補填しようとしている。材料である捕虜殺害を阻止しようとしたトレラントの殺害理由は明白だ。


 さらに戦地がエスペランス領なのは、おそらくプロエリウム側にアフトクラトラスの工作員が潜んでおり、裏で操作していると思われる。

 アイディールが暗殺に手を貸していたことを考えれば、トレラントの思想に反対の意思がある貴族が戦地をエスペランスに指定しているのはあり得なくもない。

 戦争が起きた際に少なからず発生する領地の被害を、気にくわない(・・・・・・)エスペランスに押し付けるつもりなのだ。


「ここからは予想の範疇だが、おそらく七賢者はこの国全体に魂吸収の網を張っている。辺境の村ですら虐殺の対象になっているのは何よりの証だ。魂吸収を阻止するならば戦争そのものを阻止するか、もしくは国外にて対処するしかない」


「どうするつもりなの?」


「戦争そのものを阻止するのは正直、困難を要する。捕虜が殺害されたことはすでにプロエリウム本国に伝わっているだろう。向こうに工作員がいるのなら尚更だ。ならば残された道は一つ。国外でプロエリウム軍を抑える」


 リリーナは突如立ち上がると、置かれていたワイングラスを掴み、グイッと一気に飲み干した。

 コツンとグラスの底がテーブルに当たる音を響かせる彼女に、シオンは少し驚いた様子で「あなた。飲めるの?」と語り掛ける。


「飲まずにいられるか! お前の話が真実ならば奴らなど人の皮を被った悪魔に等しい!」


 白いローブをひるがえしシオンに背を向けるリリーナ。その青きサファイアの瞳には、青白い炎が宿っている。


「魂吸収は何としても止めてみせる。あの外道共にはそれ相当の報いをくれてやる!」


 コインをテーブルの上に放り投げ、リリーナは酒場から姿を消した。

 一人残ったシオンは再びグラスにワインを注ぐと、赤い液体をじっと見つめる。


「……冷静な顔をしてなかなかの激情家のようね」


 シオンの口元が口角を上げた。

 銀色の獣は野に放たれた。真実を知ったリリーナ・シルフィリアはおそらくその実力をもって魂吸収を阻止することだろう。

 あとはタイミング。ただそれだけだ。

 命の蓄積が尽きたその時に、剣王へ刃を突き立てるために。そのための前座にふさわしい人物もすでに存在している。


「少し早いけど、祝杯といきましょうか」


 グイッと赤ワインを喉に流し込むシオン。

 その時、何を思ったか彼女はもう一つの空のグラスにワインを注ぎ始めた。そしてそれを自分の向かえの席に置く。

 まるでそこに誰かがいるかのように見つめながら、シオンはワインを口へと含ませた。


「……そう言えば、あんたとは酒を酌み交わすことなんてなかったわね。シオン(・・・)

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