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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第2章 断罪編
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第69話「闇夜の舞踏」

 陽が傾きはじめ、空が赤く染まる。

 紅の光が室内を照らす中、かつての自分の部屋でくつろいでいたシオン・デスサイズを呼ぶのは、小鳥がさえずるがごとく可憐な声音。視線を動かしたその先にいたのはかつての自分と瓜二つの少女マリアだ。

 

「あの。掃除終わったので私、帰りますね」


「そう。家は近いの?」


「はい。歩いてすぐの場所にあります。……あのそれで……」


 何やらごにょごにょと小さな声で話す彼女に、シオンは小首を傾げた。


「何?」


「あの。何か食べますか? 家から持ってこられると思うので……」


 夕陽のせいだろうか? どことなく彼女の頬が上気しているようにも見える。

 恥じらいを纏い視線を泳がせるマリアに、シオンは微笑んでみせた。


「それじゃお言葉に甘えて。トマトでもいただくわ」


「え……? トマトでいいんですか? ……あ、はい。それじゃ持ってきますね。お兄さん(・・・・)


 (お兄さん?)


 パッと明るい表情で笑顔を浮かべる彼女に、シオンは怪訝な表情を浮かべた。


「お兄さんって……あなた。私はどういう風に見えているの?」


「えっと。女言葉を使う不思議な……だけどかっこいいお兄さん!」


 その瞬間、シオンの思考が明瞭になる。

 全て理解した。目の前の少女が頬を上気させる理由も納得だ。どうやら自分は「若い男性に見えている」らしい。

 その時、シオンの脳裏に浮かぶのは、悪戯好きを思わせるしたり顔を貼りつかせた、子憎たらしいリリーナの姿だ。彼女は「幻惑(イリュージョン)」の魔法をシオンに行使していた。

 つまりリリーナは、シオンを男に見せていたである。


 パタパタと足音を響かせ走り去る少女の後ろ姿を見つめ、シオンの体が小刻みに震える。

 その表情は怒りにより眉根を上げ、夕陽のごとく紅色に上気していた。


「あのど腐れ貧乳め!」



 そのど腐れ貧乳ことリリーナ・シルフィリアは王宮の中にいた。

 太陽が沈むと同時に開かれた晩餐会に出席するためである。いつもは白いローブに身を包んでいる彼女だが、今回は舞踏会があるとのことで、純白のドレスで着飾っていた。

 コーディネートしたのはフラン・エスペランスである。ドレスなど着たこともないリリーナは当然のごとく断ったが、「絶対に着せる!」という凄まじい剣幕に押されしぶしぶ身に纏った。


 フランにエスコートされ会場に足を踏み入れたリリーナを「おぉ」という小さな歓声が迎え入れる。恥ずかしさに頬を少し上気させリリーナは視線をそむけた。


「リリーナは勿体ないのよ。元はいいのにローブしか着ないんだから」


「……性に合わない。早く脱ぎたい」


「丁度、数年前の私のドレスにサイズがぴったりでよかったわ。胸周りもピッタリだし」


「つまり貧乳だと言いたいわけだな。盛大に自分に突き刺さっているが」


「女は胸だけじゃない!」


「……エスペランス家の女性は代々、胸が小さいので……」


 付き添いで追従するミッドヴィルが小声でそうつぶやく。その瞬間、彼の表情がひきつった。

 フランの足が彼の靴をギリギリと踏みつけながら、笑顔で語り掛ける。


「ミッドヴィル? 何か言ったかしら?」


「……なんでもございません……」


「誰の? どこが? 小さいって?」


「失言いたしました……。申し訳ありませんんんん」


 痛みに耐え、汗をだらだら流すミッドヴィルを見てリリーナは苦笑した。

 そんな彼女に声をかけるのはミゼリコルド家当主エレオス・ミゼリコルドだ。青い礼服に身を包んだ彼は、リリーナに近づくと軽く一礼した。


「ドレス姿も美しい。まるで神話の女神が盛装し舞い降りたようです」


「ありがとうございます。……ところでエレオス様。例の件はどうなりましたか?」


 リリーナの言葉にエレオスは一瞬、驚いたかのように目を見開いたがすぐ平静さを取り戻した。

 周辺は貴族達の声と音楽で溢れている。二人の会話などかき消されるだろう。だが例えそうであったとはいえ、敵がいるかもしれないこの場で「プロエリウム」の話を切り出すとは思わなかったのだろう。

 彼は若干、声のトーンを下げ言葉を紡ぐ。


「まさかこの場でその話を切り出すとは思いませんでした」


「二人で隠れて会話するとかえって怪しまれます。本来はダンスを踊りながらでも……と思っていましたが、国王が出席する前に済ましてしまいたく切り出しました」


「例の国の動向ですが、現在は沈黙を保っているようです。捕虜殺害もどこまで伝わっているか不明です。念のため、エスペランス内に斥候を送り、軍の動きを監視します」


「私は黒幕までは掴みましたが、相手が相手だけに下手に動けません。例の国が動かないのであれば、今は様子を見るべきかと思います」


「……黒幕が誰かは……聞かないでおきましょう。名を出さないということは今は言えない。そういうことでいいですね?」


「察してくださり助かります」


 そこで会話が途切れた。その時、玉座の前に大臣が姿を現す。彼は国王が訳あって出席できないこと、だが舞踏会は通常通り開催する旨を貴族達に伝えた。

 舞踏会の開始を告げる声と共に宮廷音楽家による旋律が室内に響き渡る。エレオスは笑顔を浮かべ「ダンスでも如何ですか?」とリリーナに語り掛けた。

 彼女は笑顔でうなずき、差し出された手を掴もうとしたその時、まるで遮るかのように声が響く。


「残念ながら彼女は……僕と踊る予定でしてね」


 聞き覚えのある声音。

 リリーナが驚きで目を見開き、視線を移した先に立つのは、黒い礼服に身を包んだ男装のシオン・デスサイズだった。

 思わず「シオン」と口にしそうになったのを必死に呑み込む。目の前の麗しい「男性」の姿から発せられる不可視の圧力にエレオスは、「失礼」と短く言葉を紡ぎそっとリリーナの元を離れた。

 差し出された手を反射的に握ってしまったリリーナは、シオンと共に舞台へと躍り出てしまう。

 

 舞踏会開始。

 旋律に合わせて踊る男女の中央に、死神と女神が手を取り合い優雅に舞った。身を寄せ合いながらサファイアの瞳とルビーの瞳が交差する。

 

「あなた。思ったよりダンスが上手じゃない。練習したの?」


「……どういうつもりだ?」


「あなたが<男性>に見えるようにしているからそれを利用しようと思っただけよ。それに情報を共有する時、あえて敵地でするのはある意味、正解だわ。まさか相手も自らの懐で作戦会議をするなんて思っていないでしょうからね」


 シオンは流麗な足運びを披露しつつ、素早く誰も座っていない玉座を一瞥する。


「もし剣王がいるならこの場で首を撥ね飛ばしてもよかったんだけど、もぬけの殻か」


「不死の王をか?」


「不死の王? 何それ? あの転生者(ゴミ)はそんな名で呼ばれているの? とんだ笑い話だわ」


「彼は自らが持ちえる聖剣の加護により永遠の命を得ているという話だ。私は信じていないがな」


 リリーナの話を耳にしてシオンは冷笑を浮かべた。


「あなたは正しいわ。聖剣にそんな加護なんてない(・・・・・・・・・・)。それに聖剣なんてものはそもそも存在しない(・・・・・)。何故なら……私が叩き折ったんだから」


「どういうことだ!?」


「……話が長くなりそうね。踊りながらだといつかあなたに足を踏まれそうだわ。晩餐会が終わったら……ゆっくり話しましょう」


 そっと体を離すシオンに逃がすまいとリリーナが身を乗り出す。その瞬間、会場を包み込むのは漆黒の闇。

 突如、全ての人間の視界が奪われ騒めく中、鋭い瞳で前を見据えるリリーナの耳元に死神の声が響く。


「あなたは全てを知るべきよ。私があなたの道しるべとなる。……短い時間だったけどあなたとのダンス。楽しかったわ」


 濃密な闇の正体は死霊魔法。

 会場に溢れる光を暗転させ暗闇に閉ざす「闇夜(ドゥンケルハイト)」だ。


「……お前。死霊魔法の使い手か」


 だが光は闇を切り裂く。

 リリーナが掲げた指をパチンとならした瞬間、光の精霊が闇を払った。会場に光が溢れ貴族達がどよめく中、シオン・デスサイズの姿は忽然と消えていた。





 リリーナとシオンが晩餐会の場にいたちょうどその頃。

 王宮の頂きに鎮座する「賢者の間」にて国王ヴェルデ・シュトルツと七賢者が対面していた。冷静を伺わせるヴェルデとは対照的に七賢者は、今までになく声を荒げていた。


「剣王よ! あの小娘を何故、王宮魔術師などにした!? あれはケンウッドの下にいた小娘に違いない! 生きておったのだ」


「お主。あれがその時の小娘だと知っておったな?」


「はい。女神の現身たる絶大な力を秘めた娘です。危険ですがその力は利用価値がある。王宮魔術師の称号を餌に死神の討伐に向かわせました。仮に負けたら危険因子を排除できるだけ。死神を滅せればそれで問題ありません。共倒れならそれも結構。そして小娘は死神を討伐しました」


最上位魔法(ハイエンドマジック)。我々が七人ががりでも完全に制御は不可能な極大魔法。確かに死神と言えどひとたまりもあるまい。だがあまりに奴の存在は危険すぎる」


「王宮魔術師として手元に置くことで監視が容易となります」


「お主の言う通りだ。だが奴が本気で牙を剥けば我々は成す術がない。そうなる前にプロエリウムの件を進めねばなるまい」


「賛成だ。魂吸収さえあれば我々は何度も転生できる。いち早く戦争を起こし命の蓄積(ストック)を増やさねばならない」


「剣王よ。もしあの小娘が魂吸収を妨害するようならば如何なる手段を用いてもいい。必ず殺すのだ」


「御意」


 ヴェルデは頭を垂れると賢者の間を後にした。

 王宮へと戻るらせん状の白い階段を歩きながら、彼は眼下に広がる王都の街並みへと視線を移す。


 七賢者は保身しか考えていない。

 国の存続など最早、彼らの意図することではないのだ。自らが生き抜くことのみ注視し、民の犠牲の上に立つ玉座にしがみついているただの老人に過ぎない。


 ヴェルデは王となりたかった。この国を永久に導く不死の王に。

 そしてそれはあの戦争により実現した。無数の屍の上に築かれた玉座にヴェルデは腰を下ろした。そして理想郷が生まれた……はずだった。

 しかし彼の心に去来するものはただの虚空そのものだった。


「七賢者の傀儡と化した王という飾りを与えられただけのゴミよ」


 あの日、シオン・デスサイズに言われたその言葉が、いつまでもヴェルデの脳裏を駆け巡っていた。

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