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マリアは転生者を皆殺しにしたい  作者: 魚竜の人
第1章 転生者編
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第6話「プラテリア大戦」

 アミナ防衛戦にて勝利を収めたヴェルデはついに戦線の拡大を模索する。

 彼が目指すは王都だ。王都への直行ルート上には地理的にミゼリコルド領を通らなければならない。しかしミゼリコルド当主「ソキウス・ミゼリコルド」は王都解放軍の通過を許可しなかった。


 だがここまではヴェルデの予想の範疇である。何故ならばアフトクラトラスに存在する五大貴族のうち「エスペランス」と「ミゼリコルド」は、国内紛争に関して傍観を決め込んでいるからだ。

 実際に戦争を起こしているのは「シュトルツ」と「コンフィアンス」「アイディール」だけなのである。


 エスペランスとミゼリコルドは、国王がカスティゴであろうとヴェルデに変わろうと自らの信念を捻じ曲げたりはしない。彼らが第一に優先するものは領地の民である。

 特にエスペランス当主は平民の出であり、尚更その傾向が強い。民に死が及ぶ戦争など「国王が誰であろうと断固拒否」なのである。


 ミゼリコルドはエスペランスと交友関係にあり、当然、彼らの意思を尊重する。王都解放軍を通したとなれば王国騎士団の矛先がミゼリコルドに向きかねない。戦争を回避したいミゼリコルドはそれゆえヴェルデの申し出を拒否したのだ。


 仮に武力による強行手段を取った場合、最悪ミゼリコルドとエスペランスを敵に回すことになる。特にエスペランスは武芸に優れた貴族であり、領地を守護する黒い鎧に身を包んだ猛者達は「エスペランス黒色騎士団」と怖れられた。

 功を焦らずミゼリコルド領の通過を諦め、敵が跋扈するコンフィアンス領の通過を選択した剣王は、冷静だったと言える。


 そしてコンフィアンス領内に存在する草が生い茂る緑の大地「プラテリア」で、王都解放軍と王国騎士団の激突の火蓋が切られた。

 王都解放軍六千人。対する王国騎士団七千人。数の上では王国騎士団に分があるが先のアミナ防衛戦の勝利の影響か王都解放軍の士気は高い。マリアの部隊「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」は千五百の騎馬隊として参戦していた。

 王都解放軍を指揮するは総大将である聖騎士ヴェルデ。王国騎士団は神聖騎士(シュヴァリエ)の称号を持つ老練な騎士「ポルヴェニク」だ。

 

 大将の号令の元、プラテリア大戦開幕。

 当初はお互い密集陣形(ファランクス)を組んだ歩兵による小競り合いから始まる。それにより密集陣形に穿つ穴を生み出すのは狙いだ。もちろんそれを突き通す槍は騎馬隊である。戦局を左右しかねない両者の矛は馬の蹄を駆けるその時を待ち続ける。


 ヴェルデ率いる王都解放軍でその大役を任されているのはマリア率いる「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」だった。マリアの超人的な戦闘能力と大型の馬を駆ける重騎兵はまさに剣王の持つ最強の矛だ。

 しかし当のマリアはというと、こともあろうにその戦場にいなかった(・・・・・・・・・・)。「紫の薔薇騎士団」はヴェルデの待機命令を無視し、本陣より離れ近くの森の中へと身を潜め、ある場所を目指し迂回していた。


 遥か遠くから怒声にも似た戦の喧騒が耳に響く。そんな中、優雅に森林浴をする千五百の騎士に混ざりシオン・イティネルは不安げに眉根を寄せていた。

 かのマリアとの初戦闘。その高揚感に包まれていたのだろう。気合が入っていたシオンを嘲笑うかのようにマリアが言い放った言葉が「散歩でもしましょうか」だ。

 薔薇騎士団としての初陣にして命令無視。さらに大役を仰せつかっているにも関わらず戦闘放棄である。怒り狂ったツヴァイフェルの顔を想像したのかシオンは大きくため息をついた。


「……隊長。私達、こんなことしてていいんですか?」


「別にいいのよ。あんなゴミどのも命令なんて私ははじめから聞く耳持たないわ。それより戦況は?」


 シオンはそっと目を閉じる。

 彼女の索敵の目(サーチアイ)は一般の魔法使用者を遥かに凌駕する索敵範囲を持っている。また手に入る情報は常人のそれより細分化され、遠くにいながらも戦況を把握するだけの性能を有していた。

 とはいえここまで離れてしまっては全体を見通すことなどできない。ほんの僅かだけ手に入る戦の情報を頼りにシオンは言葉を紡ぐ。


「予想ですが戦況は膠着しています。いまだ密集陣形による小競り合いが続いている模様。ただ少しずつ王国騎士団の陣形が縦に伸びています」


「前線が膠着するとより勢いを増そうと後続が乗り込んでくる。そのせいね」


「気になるのは転生者の存在です。こうも膠着状態が続いているところから予想すると今回の戦には参加していないのか。それとも温存しているのか。どちらかでしょうか?」


「その転生者。戦いたくないのかもしれないわよ?」


 マリアのその言葉にシオンは苦笑する。

 今まで彼女が見てきた転生者はルゼーにモーデスというどいつもこいつも好戦的な輩ばかりだった。戦いたくないなんてそんな「平和主義」な転生者がいるのなら、人手が足りず無理矢理引っ張られてきたのだろうか。そんな想像が頭をよぎるのかシオンの含み笑いが深緑に響く。


 何かに誘うかのように隊の先頭を歩くマリアにチェアーマンが語り掛けてきた。さすがの彼も戦となれば全身プレートアーマーに身を包んでいる。


「我が主よ。しかしこのままでは我々に被害は出ませんが戦勝もありませぬ。聡明なる我が主よ。お考えがあるのならお聞かせください」


「戦において流れが存在する。闇雲に突撃するだけが能ではないわ。鋭利な矛を突き通すその時を、獲物を狙う猛獣のように息を潜め待ち焦がれる。それが今の私達よ」


「隊長。森を出ます」


 シオンの声とほぼ同時に森が開ける。彼女の目に映るのは爽やかな風が草を撫でる緑の大地だ。しかしその風には血の臭いがする。死の予感が纏わりついている。

 その瞬間、シオンの索敵の目が反応した。先程とは比較にならない膨大な情報量は戦場に近づいている証である。しかし近くで大規模戦闘を繰り広げている騎士達は王都解放軍ではない(・・・・・・・・・)。それは戦陣が伸び露出した「王国騎士団の本陣」だった。


 マリアはプラテリア大戦開始後、敵、味方双方の戦陣から膠着状態に突入することを予想した。そして息を潜めつつ敵の本陣の側面へと移動していたのである。それはまさに獲物を狙う猛獣のごとく、鋭利に輝く斬爪で脇腹を切り裂かんとしていた。

 マリアの口元が歪む。それはまさに生者を嘲笑う死神の冷笑だ。


「散歩は終わりよ。ここからは暴力の時間だわ」


 彼女は一歩前に出る。戦闘の高揚を湛えたその背中は熱を帯びたように殺意を放出していた。

 マリアの右手に闇が収束する。具現化するのは彼女の身の丈を遥かに凌駕する大鎌「死者の叫びザ・デッドオブバンシー」だ。


「問う。我らのなすべきことは何か?」


 マリアのその問いにチェアーマンが答える。


「暴虐をもって敵を駆逐し、我が主マリア様に屍と勝利を捧げることです」


「YES。目の前のゴミどもは刃の餌食であり血槍の供物だ。己の殺意を磨け。研ぎ澄ませ。破壊の衝動をすべて刃に込めろ。我らは薔薇の騎士(ローゼンリッター)。心の臓を抉りだす鋭利な死棘だ」


 音もなく旗が掲げられる。白の下地に薔薇と死神が描かれた「紫の薔薇騎士団パープル・ローゼンリッター」の連隊旗だ。それは死が纏わりついた血なまぐさい風になびいていた。

 マリアの紅玉が殺意に塗り固められ、血のように赤く煌めく。それは真剣な表情を浮かべるシオンを貫いた。


「シオン。私についてくるのならば、あなたには勝利の美酒というやつを浴びるほど飲ませてあげるわ」


「……お供致します。例えそれが血に塗れた道でも隊長に地の果てまでついていきます!」


 戦場の血で彩られた紫色の薔薇は、その漂わす死の気配と凶刃に似ても似つかない可憐な笑顔を見せる。


「征くぞ。転生者は皆殺しだ」

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